第23話 君は、血を吸うのが得意な友達なんだね

 チュパカブラ。

 主に南米に現れるとされる未確認生物の一種だ。その名前はスペイン語で「ヤギの血を吸うもの」を意味する。全身は毛で覆われ、背中には棘が生え、真っ赤な目をしているという。ヤギなどの家畜や、時には人間を襲い、鋭い牙でその血を吸うと恐れられている。


 今、そのチュパカブラが、モーントの目の前にいた。


「チーちゃん……生きていたのだな! まさか、こんなところで会えるなんて!」


 カプセルの中で真っ赤な目を開いたチュパカブラは、モーントを認めるとその体を大きく震わせた。すると、入っていたカプセルが砕け散り、チュパカプラが外に飛び出して来た。

 モーントに向かって、チュパカブラのチーちゃんはとってもキュートな鳴き声を発した。


「キシャアアー!」


 思わずチーちゃんを抱きしめるモーント。背中の棘が刺さらないよう、慣れた手つきでモーントはその頭をガシガシと撫でた。


「おー、よしよしよし! 元気にしていたかぁ? こいつ、何百年ぶりだぁ? ええ? 少し痩せたんじゃないか? ちゃんと血を吸わんからだぞぉ。よーし、よしよし」

「キシャア! キシャア!」

「何? 彷徨っていたら、クリーチャー型さいぼうぐと間違われて、捕まっただと?」

「キシャア! キシャ……キシャア!」

「それで、なぜか他の犯罪者さいぼうぐと一緒に凍結保存されていた? なんてことだ。かわいそうに! 怖かったねぇ、もう大丈夫だぞぉ、よしよし」

「キシャアアー! キシャ……」


 チャパカブラはよく見ればモーントが飼っていた時よりだいぶ痩せ、毛並みにも艶がなかった。


「むむ……やはりお前もさいぼうぐからは血が吸えんのだな。そして、ヤギもみんなキノコ獣とやらになってしまったのだろう」

「キシャア……」

「かわいそうにな。だが私が来たからにはもう大丈夫だ。一緒に〈無菌郷ステライル〉に行って、生身の人間の血を吸いまくろう。それまでは人工血液で我慢するのだ」


 そう言ってモーントは背中に背負っていたバックパックから、自分用の青い人工血液を一パック取り出し、チーちゃんに渡した。チーちゃんはそれに噛みつき、中身を飲み干した。


「キシャキ……」

「ふむ、まずいか。ごめんなぁ、今は我慢してくれ。そうだ、今、良い眷属候補を従えているのだ。元気な小娘だ。お前を紹介しないとな。きっとすぐに仲良くなるぞ。さあ、こんなところは早く出ような」

「キシャア!」


 モーントとチュパカブラのチーちゃんは仲良く歩き出した。


 ◆ ◆ ◆


 一方その頃。

 アヤメはウォールナット教授と対面していた。場所は〈ウォールナット城〉のにあたる位置に設けられた、ガラス張りのラウンジだ。壁際には五人の犯罪者サイボーグが並び、アヤメを睨みつけている。腰に付けていたメスを打ち出す小型レールガンは奪われてしまった。

 アヤメは、引き攣った笑みを浮かべながら精一杯の強がりを見せる。


「少し見ないうちに、ずいぶん健康的になったじゃないか。私の手術のおかげかな?」

「はん。相変わらず嫌味な人だ。これは僕の理想の姿、健康を体現した姿です」


 ウォールナット教授はガッチリとした体型のスポーツマンといった風貌をしていた。髪は短く切り揃えられ、服装はタンクトップにハーフパンツ、その上に白衣を羽織るという前衛的なものだ。


「それで、アヤメ大先生ともあろう人が、この落ちぶれた元特級サイボーグ技師の所に自らやって来るとは、何の用事ですか? まさか私に会いに来たのですか?」

「一つ聞きたいことがあったんだが、一気に増えちまったよ。何から聞こうかね。まず、ラーレちゃん達は無事なのかい?」


 ウォールナット教授は、腕のストレッチをしながら答えた。


「ラーレちゃん達? ああ、あなたが引き連れていた戦闘サイボーグ達ですね。一匹変な生き物も混ざっていたようですが……。あれらは下層部に運んで、犯罪者サイボーグ達の性能調整に活用させてもらっています。データを取ったら、アミラーゼとグルコースがスクラップにするでしょう」

「まあ、そんなことだろうと思ったよ。だが、あの子達を侮らない方が良いよ。それより、なんでアンタが犯罪者サイボーグどもを引き連れてるんだい?」

「ああ、そのことですか」


 ウォールナット教授は、上腕二頭筋をグッと盛り上げながらニッと笑って言った。


「子供を作るためです」

「はあ?」


 困惑するアヤメ。ウォールナット教授は続ける。


「私は、自分の優れた才能が受け継がれないのが悲しくてしょうがないのです。脳が老いて腕が衰え、さらに脳腫瘍で死にかけたせいで、より思いは強まりました。子孫を残したい、という思いが」

「ふん、そんなこと、みんな思ってるよ。それができれば世話無いさ」

「ええ。今のこの世界で子供を作っても、生まれた途端にたちまち〈ナラタケ・ジ・アース〉の胞子に侵されてしまう。では、どうすれば良いか……簡単です。〈減菌フィールド〉の中で誕生させ、そのままサイボーグ化手術が出来る年齢まで育てるのですよ」


 〈減菌フィールド〉とはサイボーグの大規模メンテナンスや、脳や脊髄など生体部分の治療を行う際に用いるものだ。キノコの胞子の侵入を限りなく防ぐことができるバリアだ。


「そんなこと誰だって思いつくさ。だが、生身の、しかも新生児に影響が出ないレベルの〈減菌フィールド〉なんて、かなりの出力が必要だ。とんでもないエネルギーが必要なことくらい、知っているだろう?」

「当然です。それには、大きめの都市丸々一つ分のエネルギーが必要だ。そして、それを最低でも六年間維持する必要がある」

「そんなこと、いくら元特級サイボーグ技師でも許されるわけ……はっ」


 アヤメは何かに気がついて息を飲んだ。ウォールナット教授はニヤリと笑う。


「許されないなら、無理やり奪えば良い……ということです」

「そのための、犯罪者サイボーグ達ってことか」

「さすが、察しが良い。私はアミラーゼとグルコースに提案したのです。私に付いてくれば、都市一つ分の殺戮ができるぞ、とね。彼らは『面白そうだネ』と言いましたよ」

「くっ、なんてヤヴァイやつだ!」

「さらにアミラーゼ達を使って、終身刑で凍結されていた犯罪者サイボーグ達を脱獄させ、従わせたのです。都市を制圧する犯罪者サイボーグ軍団としてね」

「極悪木目三兄弟もその軍団の一員だったってわけかい」


 ウォールナット教授はどこからか取り出したダンベルを上げ下げしながら答えた。


「木目三兄弟……ああ、〈エジソンシティ〉に派遣したあいつらか。下調べのために、いくつかの都市に部下を潜り込ませているんですよ。連絡が途絶えたと思ったら、あなたを連れて来たんで驚きました……まあ、丁度よかったですよ。イタメはお手柄でした」

「お手柄? 何がだい?」


 アヤメの脳裏に、ホバークラフトバスごとイタメが潰された光景が蘇る。ウォールナット教授は、自分を睨みつけるアヤメに向かって、ニッコリと笑った。


「そのうち、あなたを迎えにいくつもりだったのです。私は、あなたとの子供を次世代に残したい……特級サイボーグ技師同士の優秀な子供をね。アヤメさん、私と結婚してください!」


 アヤメは何も言えず、ぽかんと口を開けて固まった。


 ◆ ◆ ◆


 一方その頃、ラーレとリリ。

 二人は迫り来る犯罪者サイボーグどもを一体当たり平均四秒で返り討ちにしていた。


「はあ、はあ……もう、何体いるのー!」

「もう、来ないかな……ごめんね、ほとんどラーレちゃんに戦わせて……」

「そんなことないよ。だんだん調子が戻ってきたんじゃない? それより早くアヤメさんやモーントと合流しないと」

「そうだね。ここ、なんなんだろう……」


 薄暗い通路を歩き続けると、やがて二人は広い空間に出た。天井が高く、大きな乗り物の格納庫を思わせる。室内には背丈ほどの高さの何かの装置が無数に並んでおり、まるで迷路のようになっていた。

 ラーレが面倒くさそうに言う。


「ええい! こうなったら壁を片っ端からぶっ壊そう! そしたら外に出るでしょ」

「や、やめようよ……多分ここ地下だから、砂が流れ込んできて埋まっちゃうかもよ……」


 その時、薄暗い室内がパッと赤い光に染まった。


「あ、危ない!」


 リリを抱えて、横に飛ぶラーレ。次の瞬間、ラーレ達のいた場所は炎に包まれた。その炎を見たリリが目を見開き、ガタガタと震え出す。


「あ、ああ……あれは、あの炎は……」


 暗闇の中に、頭に角が生えた巨体のサイボーグが現れた。その目は不気味に緑色に光り、こちらを見つめている。甲高い声が室内に反響した。


「まさかみんな倒すとはネ。なかなか強いネ、そこのドレスの娘は」


 リリは荒い呼吸をしながら、涙目でラーレの腕にしがみついた。


「ひ、ひぇ……グ、グルコース……! はぁ、はぁ……こわい、こわいよぉ」


 無言でグルコースを睨みつけるラーレ。

 グルコースは、ラーレの腕にしがみついて震えるリリを見て、バカにするように言った。


「そこの娘は何かネ? 怖くて漏らしちゃったのかネ? 汚いネー」


 グルコースがニタリと笑う。その口の中に並ぶ歯は七色に発光していた。ラーレがグルコースを指さして言う。


「やい、七色前歯! リリちゃんをバカにするなっ」


 グルコースはそのゲーミングPCのような前歯をさらに剥き出した。


「サイボーグにそんな機能はなかったネ。ごめんネ! 今度、アヤメって技師にお漏らし機能を付けてもらうと良いネ。まあ、その今度はもう来ないと思うけどネ!」


 その時、慌ただしい音と不気味キュートな鳴き声と共に、何かが部屋に駆け込んできた。


「走れ! チーちゃん!」

「キシャア!」


 それは、チュパカブラの背にまたがったモーントだった。


「え、モーント? 何? それ?」

「おお! 小娘達! ここにいたのかぁ!」


 よく見ればモーントは何かに追われている。モーントを追いかけるヒョロリとしたシルエット。アミラーゼだ。

 その姿を見てグルコースが言った。


「おや? 何をしているのだネ? アミラーゼ」

「この変な生き物が、さらに変な生き物に乗って逃げたのだワ。ちょこまか逃げて面倒なのだワ」


 それを聞いてモーントが言う。


「私は吸血鬼だ! そしてこの子はチュパカブラのチーちゃん! あと、逃げたのではない! 後ろに前進したのだ!」


 ラーレはため息を吐きながらも、安心したように笑った。


「まったく、何やってるんだか。でも無事でよかった」


 ラーレは自分にしがみ付くリリの手を優しく握り、言った。


「ここで待っててね。悪いやつはみんな私が倒すから」

「うう……ラーレちゃん……ごめん」


「丁度良いネ。この部屋でみんな仕留めるネ」


 グルコースは歯をチカチカと点滅させた。それが彼の笑い声の代わりなのだ。グルコースがパチンと指を鳴らすと、ガラガラと音がして部屋の出入り口が塞がれた。


「さあ、楽しい狩りの時間だネ」

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