第22話 再会のチュパカブラ
「アミラーゼ! アヤメさん、あれが……アミラーゼですっ!」
「伝説の犯罪者サイボーグ……あれが?」
アミラーゼと呼ばれたサイボーグはかなり小柄で、身長は百五十センチほど。手足はまるで昆虫のように細長く、上半身だけがアンバランスに大きかった。頭部も細長く、頭頂部はアンテナのように尖っている。砂漠だというのにフカフカのコートを羽織り、その内側はなんと下着姿だ。だが、セクシーさよりも不気味さが優っている。頭部には女性の顔が付いていたが、まるでマネキンのように生気が感じられなかった。
『ピピピ……悪人ポイントを計測中……』
リリの頭の中に電子音声が流れた。アミラーゼを睨みつけ、抱えていた武器を構えようと手に取るリリ。
アミラーゼがその視線に気がつき、ジロリとリリを見た。作り物のような黄色い瞳がリリを捉え、二人の目が合った。同時に悪人ポイントの計測が終わった。
「ひっ……!」
『悪人ポイントは三万以上。判決は死刑です。即刻処刑してください。処刑モード起動』
だが、リリはその場でヘナヘナと座り込んでしまった。
「い、いや……やっぱり、こわい……こわい、こわいよ……いや、いや! いやだぁ! 助けて!」
『精神が不安定です。処刑モード起動不可』
「リリちゃん!」
リリに駆け寄るアヤメ。リリはガタガタと震え、頭を抱えて動けなくなってしまった。
「うう……また、またアイツにお腹が潰される……いやだ、痛いよ、ルリ、助けて……」
「まずいな、戦闘用サイボーグって言ったって中身は人間。トラウマになっているんだ。こうなるとラーレちゃんが頼りだけど……」
ラーレは潰れたホバークラフトバスを無言で見つめていた。アヤメが呼びかけようとすると、先にモーントが叫んだ。
「小娘! ボケっとしてないで、あそこの無礼者を始末するのだ!」
「……あ、ああ、うん。わかってる……わかってるよ!」
ラーレは右腕を構え、アミラーゼを睨みつけた。
だがその時、砂の中から新たな影がアミラーゼの隣に現れた。
「楽しそうだネ、アミラーゼ。お客さんだネ」
現れたのは、身長三メートルはあろうかという大きなサイボーグだった。その頭には鹿の角が取り付けられており、そのせいでさらに大きく見えた。一般的な人工皮膚では無く、鈍く輝く金属の装甲が体の表面を覆っている。体の大きさに対してアンバランスな甲高い声が不気味だ。
リリは目を見開き、さっきにも増して怯えた様子を見せた。
「あ、ああ……グルコース! あいつが、あいつがルリを燃やしたっ! うっ、ゲホ、ゲホッ……ウエェ」
嫌な記憶が蘇ったのか、リリは苦しそうにえずく。サイボーグも脳が人間である以上、体が精神に反応してしまうのだ。
リリの背中をさすりながら、唇を噛むアヤメ。
「くっ、二人同時か……いくらラーレちゃんでも少し厳しいな」
「アヤメさん! 私なら大丈夫だよ。こんな奴ら!」
だが敵は二体だけではなかった。砂漠の中から次々と、サイボーグが現れたのだ。その数は、最低数十人はいた。
「ぐへへへー」
「なんだ? こいつら?」
「お? 女子サイボーグじゃん。ラッキー」
「グルコースの旦那! やっちゃっていいんですかい?」
「まあ、少し待つんだネ」
気がつけば、ラーレ達は砂漠から現れたサイボーグ達にすっかり囲まれていた。
「ありゃ、これは、少し面倒かな……」
「くっ、仕方ない……おおい、ちょっと待ってくれ! ウォールナット! いるんだろ? 私だ! アヤメだ!」
アヤメは大きな声で呼びかけた。すると――
『誰かと思えば、僕の命の恩人で、今の特級サイボーグ技師のアヤメ大先生じゃないですか。どうしたのです? まさか私に会いにきたのですか?』
前方の建物から、スピーカーを通した男の声が聞こえてきた。アヤメは不機嫌そうな笑みを浮かべ、また大きな声で言った。
「やっぱりいたんじゃないか、ウォールナット。まだくたばってなかったとはね。私としたことが、もう少し適当に手術すればよかったよ」
『はん。腕が良いのだけが取り柄のアヤメ大先生には、そんなことできないでしょう。それで、戦闘用サイボーグなんて引き連れて、僕の城に何の用ですか?』
「ちょっと聞きたいことがあってね。お茶でもしないかい? できれば、この愉快なお仲間たちには下がってもらいたいんだが」
『そうか……なるほど』
それきり黙ってしまうウォールナット。周りを取り囲むサイボーグ達を見て、涙目のリリが言う。
「うう……こいつら全員、終身刑で凍結されたはずの犯罪者サイボーグです……なんでこんなところに……処刑しなきゃ……」
フラフラと、ライフルを杖の様にして立ち上がるリリ。ラーレがリリに駆け寄った。
「無理しないで、リリちゃん」
その時、突然ラーレとリリの足元の砂が二人を飲み込んだ。
「えっ?」
「きゃあ!」
蟻地獄に飲まれるように、砂の中に消えていくラーレとリリ。
「ぬ!」
少し離れたところにいたモーントも、同じように砂の中に吸い込まれてしまった。
戸惑うアヤメ。
「お、おい! ウォールナット! 何をしてるんだ?」
『面白そうなサンプルを連れて来たみたいなので、お土産として受け取っておきます。あなたはちゃんと私のところにご案内しますよ、ご安心ください』
ウォールナット教授がそう言うと、〈ウォールナット城〉の口がゆっくりと開き出した。やがて、開き切った口の中から砂漠の地面に向かってベロリと巨大な舌が突き出され、巨大なスロープになった。
『さあ、お入りください』
「なんて悪趣味な入り口だ……拒否は出来なさそうだね」
顔を顰めるアヤメの背中に、犯罪者サイボーグの指が突きつけられていた。
アヤメは両手を上げ、〈ウォールナット城〉の口の中へと入って行った。
◆ ◆ ◆
気がつくと、ラーレとリリは薄暗い地下の空間にいた。ラーレ達の頭上には大きな丸い穴が空いていた。おそらく砂漠の砂に吸い込まれた後、パイプのような物を通ってここに運ばれたのだ。目の前に続く廊下の先は真っ暗で、何も見えなかった。
ラーレの横では、リリがぐったりとしている。
「リリちゃん、起きて!」
「ううん……」
目を覚ますリリ。本能なのか、その手にはしっかりとライフルと刀が握られていた。
「あ……ラーレちゃん。ごめん、私、戦えなかった……」
「大丈夫だよ。無理しないで。一緒にやっつけよう」
「……うん、ありがとう」
その時、下品な笑い声が地下に響いた。
「ゲヘヘヘヘ! 女の子二人じゃないか。ラッキーだぜ」
現れたのは、上半身裸でスキンヘッドの男のサイボーグだった。
「なんだよ、名も無いモブキャラ! 今、私は機嫌が悪いんだ」
モブキャラを男を睨みつけるラーレ。隣でリリが言った。
「アイツは、暴行の常習犯だよ……気をつけて、悪人ポイントは五百」
「気になってたんだけど、それって戦闘力みたいなモノ?」
「いや……悪さのポイント? 私もよくわからないんだよね」
「そうなんだー」
名もなきモブキャラは突然奇声を発した。
「キエェーイ! こっちを見ろぉ!」
「うわ、なにさ? 気持ち悪いなぁ」
「ゲヘヘヘヘ! その気持ち悪いやつにお前はやられるんだよ。まずは両手、両足を切り落とす。そこからがお楽しみだぁ、キエェーイ!」
名もなきモブキャラは両手の指から一斉にビームを発した。
ピュピュピュン!
「無駄だよ」
バシィ!
ラーレはサッと腕を振るい、男の放ったビームをかき消した。
「瞬間的にスキンバリアーの出力を上げて相殺したか! だが、そう何度も上手くいくかな!」
男は両腕の指から次々とビームを連射した。だが、ラーレはその全てを完璧なタイミングで防ぐ。
ピュン、ピュン、ピュン、ピュン……
バ、バ、バ、バ、バ……
「な、なにぃー」
全てのビームを軽く片手を振るだけでかき消したラーレは、いつの間にか男のすぐ目の前に立っていた。
「えいっ!」
「キェグアボッグヘィ!」
ラーレが顔面をぶん殴ると、男は珍妙な断末魔をあげながら回転して吹っ飛び、壁に突き刺さった。ラーレはため息を吐きながら振り返る。
「はあ。さあ、行こうか、リリちゃん」
「ラーレちゃん……あれ」
「ふぇ?」
リリが指差す方を見ると、そこにはさらに別の犯罪者サイボーグがいた。ナイフを舌で舐め、イカれた雰囲気を演出している。
「へっへっへっ……ぺろり」
呆れて肩をすくめるラーレ。
「はあ。何がぺろり、だよ」
「ラーレちゃん、私も戦うよ。調子が悪くて処刑モードにはなれないけど……」
「うん。多分、五秒で倒せると思うよ」
立ち上がり、刀を抜くリリ。それを合図にナイフ舌舐め男との戦闘が始まった。
予想に反し、その戦いは三秒後にラーレ達の勝利で終わった。
◆ ◆ ◆
一方その頃。
モーントは一人、人工血液を吸いながら薄暗い地下を彷徨っていた。チューブの中の人工血液が暗闇でぼんやりと青く光っている。
「一人か。この時代で目覚めてからは久しぶりだ。今の私では敵のさいぼうぐが来たら少し困るな。早く小娘を探さねば……」
モーントはハッとして自らの胸を押さえた。
「私が、不安を感じているのか? この私が? ありえない。気のせいだ」
さらに彷徨っていると、いつの間にかモーントは広い空間に出ていた。そこにはカプセルに入ったサイボーグが何体も保管されていた。
「ふむ……封印された狂戦士たちか。む?」
カプセルの間を歩いていたモーントは、一つのカプセルの前で立ち止まった。
「こ、これは……!」
そのカプセルに入っていたのはサイボーグではなかった。
人と同じくらいの大きさのその生物は、全身が真っ黒い毛に覆われ、背中からは鋭い棘が生えていた。
すると、まるでモーントの存在に反応するように、生物が突然目をクワッと開いた。その真っ赤な目を見て、モーントは驚きの声を上げた。
「お、お前は、私が飼っていたチュパカブラ! チーちゃん、チーちゃんではないかぁ!」
続く
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