六、言葉の壁は高い

 勇気を出して話しかけたものの、やっぱり、言葉の壁は高いわ。

 疑わしそうに私を見る武士は低く唸る。


「まことに、そなたが──」

「マグノリア・プレンティスです」

女子おなごの作った薬とは聞いておったが……はて、異邦人の女子はを履いているものではないのか? あの娘のような」


 困惑しながら何事か言い、武士は私の服をまじまじと見たか思うと、エミリーの方に視線を向けた。彼の言葉を半分も聞き取れなかったけど、この見比べられる感覚には覚えがあるわ。本国でも、同じようにひそひそと言う男たちがいたもの。


「あ。あの、マグノリア様……私、何か失礼をしたのでしょうか? 恒和の方々は、お怒りですか?」

「違うわ。どうやら、私を探していたみたい。でも、私の格好を見て、人違いじゃないかって疑ってるのよ。女に見えないのかもね」

「……だから、ドレスをお召しになって下さいと言ったんです!」


 ぷるぷると震えたエミリーは拳を握って声をあげた。これ幸いと、私にドレスを着せるつもりじゃないでしょうね。

 彼女の勢いに気圧されそうになりながら、横を見やると、武士達も一歩、後ずさっていた。


「その話はまた今度にしましょう。貴女の剣幕に、彼らが圧倒されてるわよ」

 

 知らない言葉で怒鳴られたら、私だってたじろぐわ。例え、自分に向けられたものでなくてもね。

 一つ咳払いをして、私は彼らに再び声をかけた。

 

「私は女で、薬師です。この姿は──」


 動きやすいから男装をしているって、どう伝えたらいいのだろうか。言葉に詰まって、開きかけた口を引き結ぶ。服装の説明をどうするか、次までに考えておかないといけないわね。

 それにしても、困ったわ。──言葉に詰まって小さく唸ると、若い武士が「高羽殿」と口を開いた。

 

「武家の娘が男児として育てられた話を聞いたことがあります」

「おお、なるほど。お家の事情で男児として育てられたという話は、私も聞いたことがある。あいわかった」

 

 何を言っているのか、さっぱり分からなかったけど、どうやら、彼が助け舟を出してくれたみたい。

 眉間にしわを寄せていた武士は、頷くと私を見た。

 

 誤解は解けたのかしら。

 でも、この調子では薬を必要としている人が誰なのか、状態を知ることも出来なさそうね。やっぱり、医者のいるところに連れて行く方が──困っていると「お待たせしました」と声がかかった。

 振り返ると、通訳の男性が立っていた。

 もう少し早く到着してくれても良かったのよと、文句か口をついて出そうになった。当然、グッと堪えたけどね。


「エミリー、会計の人を呼んできてくれるかしら? 調合部屋で話を聞くことにするから」

「分かりました!」

「それと通訳さん、引き続き付き合ってください。よろしくお願いします」

「了解しました」


 温厚な笑みを浮かべた男性は、武士たちに自分が通訳として間に立つことを説明してくれた。

 それから薬の調合部屋に移動し、通訳のおかげで、状況をすぐに把握することも出来た。

 武士の話をまとめると──


「貴方が懇意にされてる蕎麦屋の娘さんが火傷痕を気に病んでいるから、その痕を治す薬が欲しいということですね」

「その通りです。どうにか出来ないもんですかね?」

「実際の痕を診た方が良いのですが……」

「やはり、そうですか」


 困った顔で武士──高羽弥吉はつるりとした顎を摩ると、ため息をつくようにふんっと鼻で息を吐いた。


「見られたくないと言って、外に出ようとしないんです。無理に引っ張ってくることも出来やしませんしね」

「だから、薬だけでも……と言うことですか」


 頷いた弥吉さんは少し視線を逸らすと、それにと話を続けた。

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