四、通行手形をください

 恒和国は交通網がしっかりと整備されている。古い時代で内戦が続き、軍事的、経済的にも整備は重要だったのだろう。要所で厳しくなった監視は、平和となった今でも続いているそうだ。


 そんな人の往来を取り締まる場所を関所と言うらしいけど、恒和国の外から来た私たちも、そこを通るのには身分証の提示が必要になる。それが通行手形だ。

 

「通行手形がないと、仕事にならないです!」

「……分かっている」

「ランドルフ侯爵様の指示は、奇跡の花を探すことです。町を出られなければ、探しようもないじゃないですか!」

「分かっている。私も侯爵様から、仔細を聞いている」

「でしたら、どうにかして下さい!」

「分かっていると言ってるだろう。話は最後まで聞け!」


 はやるなと苦言を呈するドワイト商館長は机に肘をつくと、手を組んだ。


「そもそも、どうして手形が必要か分かっているか?」

「身分証のようなものと認識しています」

「そうだ。私たちは恒和国と交易を重ねてきたから、信用も厚い。だから、今週中には新しく迎えた商人たちへの手形は交付される手筈になっている」

「……交付されないのは、私だけってことですか?」

「あぁ、そういうことだ」

「どうしてですか!? 予定の薬師じゃないからですか? それとも、私が女だから──」


 言いながら、悔しさに胸の奥が締め付けられるようだった。

 どこにいっても同じなのか。女だからという理由で、学がない、仕事なんて出来ないと思われる。子どもを産んで着飾って男の華になれば良いとさえ言われる。それが、女の仕事だと。


 女としての自分を磨かず勉学に勤しむ私を嘲っていた、学園の貴族子女たちの歪んだ顔が脳裏をかすめた。


 私がギリッと奥歯を鳴らすと、ドワイト商館長は静かに息を吐いた。

 

「この国は女性の数が少ないから、基本的には女性に対しての待遇は手厚い」

「……塀の中で安全に過ごせってことですか?」

「まぁ、そんなとこだ。どこの国も同じで、子を成す女は高く売れる。それを恒和国の政府は厳しく取り締まっている」


 つまり、平和に見える恒和国でも人身売買はあって、そのターゲットとなる女性を守るためにも、女性が気安く移動できないようにしているってことね。


「私はこの国の女じゃないです」

「だけど、他国の女性に何かあれば問題になる」

「薬師である前に、私は魔術師です。自分の身くらい、自分で守ります!」

「マグノリア……攻撃魔法適正マイナスだったろう?」


 深々とため息をついたドワイト商館長は厳しい眼差しを向けてきた。それに思わずたじろぎ、私は口籠った。

 痛いところを突かれてしまった。


 そう、私は物質の分解や魔力の物質化、付加エンチャント魔法は得意だけど、魔力そのものをエネルギーとして放つ攻撃は適性がないのだ。そもそも、私が有している魔力量が少ないため、攻撃魔法を連発なんてしたら、あっという間に魔力切れで気を失ってしまう。

 

 私一人で探索に出るのが危険だっていうのは、恒和国に限った話でないのも十分に分かっているつもりよ。だからこそ、早く協力者を見つけ出さないといけない。


「ですが……この関外町にある関所を通れなければ、協力者すら探しに行けません!」


 ドワイト商館長は低く唸る。

 私たちの生活をする関外町は、三角州に作られた異邦人の為の港町だ。この三角州を出るには橋を渡らなければならないが、そこには関所がたる。関外という町名は関所の外にあるという意味らしい。

 つまり通行手形がなければ、ここは恒和国の外も同じだ。


「だが、恒和のルールに従わなければ、本国に戻されるだけだぞ」

「……それを何とかするのが、商館長の仕事じゃないですか!」

「分かっている。そこで、一つ提案だ」

「提案?」

「まずは、関外町の外に出るためだけの手形を手に入れてはどうだ」

「それでは、他の関所は通れないんですよね? 私は、白江城下にある書庫を尋ねたいんです」


 恒和国は地方自治を行っている国だ。ここはその一地方に属している。国外との交易で十分豊かな地方だが、国内の情報がもっとも集まる場所はここではない。そこは間違いなく、将軍と呼ばれる国のトップや政務を行う武士が住むという白江城下だ。

 私を見て、ドワイト商館長は鼻を鳴らすようにして息を吐いた。


「私たちの交易に君を連れて行けるよう、交渉を進めるが、今すぐには無理だと思ってくれ」

「そんな……」

「そうがっかりするな。私の友人にちょっと変わった御仁がいてな」

「……変わった御仁?」

「あぁ。彼なら、君を歓迎してくれると思う。この地方を治めている大名の遠縁に当たる武士だ」

「大名は地方を治める侯爵のようなものですよね?」

「そんなところだ。私の友人は先々代の従弟いとこに当たる」


 まさか、そんな大層な人とドワイト商館長が友人関係になっているとは思いもしなかった。

 その御仁とやらも大名に近しい権力者なのだろうか。とすれば、この地方の情報には精通しているはずよね。もしかしたら、私の協力者になれる人を知っているかもしれないわね。


「まずは、彼に会ってみないか?」


 仕方ないですねと呟くと、ドワイト商館長は胸を撫で下ろした。

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