三、男装の薬師
私の使命は奇跡の花を探すこと。
その花姿は宝石のごとく輝きを放ち、透き通るような白さだという。見た目は百合のようだが、私たちが知るエウロパの百合とは似ても似つかない美しさだと、植物学者ストックリーの旅行記にも綴られている。
ひっそりと満月の夜に開花するという記述もあり、見つけるだけでも困難だ云われている。だが、より大変なのが、海を越えることだ。
未だに誰一人として、花を恒和国から持ち帰った者はいない。あのストックリーさえも持ち帰れなかったのだから、その価値は胡椒や紅茶を上回るものになるだろう──って、上流貴族の方々は躍起になっているのよね。
「……恒和国と交易を結んでいるエウロパの国は、三つ、だったかしら」
きっと、どこの国からも私と同じように渡航している研究者がいるはずだ。出し抜かれるわけにはいかない。その為には、協力してくれる現地の人を見つけないと。
エミリーに、友達の一人でも作ると良いなんて言ったけど、言葉の壁を考えると先が思いやられるわ。
ふと昨日の、お堅そうな役人たちを思い出し、つい、ため息を零してしまった。
本国から来た通訳の人たちは商館での仕事が優先だし、恒和国の通訳は役人だから個人的に繋がるっていうのも難しそう。
だからって、弱気になっても仕方ないわ。
鏡の中に映る自分を励ますように「しっかりしなさい!」と声をかけ、頬をぱしっと叩く。
商館長に、外との繋がりをもつ手立てはないか相談してみよう。恒和国との交易は三度目だって聞いてるし、もしかしたら丁度いい人を知っているかもしれない。
前向きにいこうと自分に言い聞かせていると、ドアがノックされた。迎え入れると、シンプルなエプロンドレス姿のエミリーが顔を出した。
「マグノリア様、おはようございます」
「おはよう。今日はお休みでしょ? メイド服じゃなくていいのに」
「マグノリア様こそです!」
「私? 私はいつもの通りよ」
ぷうっと頬を膨らませたエミリーは、小走りに私の側に寄ってきた。
「男装も素敵ですが、せっかくの美貌がもったいないです!」
「美貌って……着飾るのは好きじゃないの」
鏡の中に映る自分の姿を見て、そんなに変かなと首を傾げる。
紺のパンツに白のブラウスに合わせたベストも紺という格好は、まるで執事のようだと母が嘆いた姿だ。当然、男受けも良くない。
お洒落と言えるような装飾品は、首元を彩る紺のスカーフを留めている
それに、恒和国は
横を見ると、エミリーの小さな唇がちょんっと突き出されている。明らかに不満そうだわ。
「せめて、もっと華やかな色のものをお召しになってください。紺は地味すぎます!」
「エミリーだって紺じゃない。それに、恒和国は質素倹約こそが美徳とされてるって聞いたわ。地味で良いのよ」
「ぐぬぬっ……それなら、髪を編み上げて飾りましょう!」
「これで良いのよ。飾り立てたら邪魔でしょ」
「髪を飾るのがお好きでないのは存じ上げてますが……無造作に一本に結ぶのは、よろしくないです!」
失礼しますと言って、私の髪に触れるたエミリーは紐で結んでいた私の髪を解いてしまった。
鏡の中で、艶やかな赤毛がふわりと広がる。
まるで薔薇の花のようだと、幼い頃から褒め称えられてきた赤毛だけど、私にはその価値がよく分からない。
エミリーの白い指が、私の髪を優しく梳く。こうして彼女に髪を結われるのは、長い航海の間で慣れたけど、最初は嫌で仕方なんかったのよね。
そもそも、長い髪なんて邪魔でしかないもの。
自ら髪を
物思いに耽っていると、目の前で、リボンや宝石の詰まった箱が開けられた。
「白いリボンを編み込んで結ぶのはどうですか?」
「だから、飾り立てなくていいの」
「でも、編み込むと髪がほつにくく、邪魔になりませんよ」
「……リボンが解けたらどうするのよ」
「そのようなヘマは致しません!」
これは編み込む気、満々ね。
渋々、承諾するとエミリーは慣れた手つきでブラシを髪に当て、手早く結びなおした。キリキリと結ぶよりも編み込んだ方が、髪も引っ張られなくて楽ではあるのよね。ただ、リボンを編み込んだりすると、派手じゃないかしら。
鏡の中で出来上がる髪型に、私は思わず頬を引きつらせた。
この髪色もあって派手に見える気がする。何よりも、リボンが解けたら自分で直す自信がないわよ。
もしも解けたらどうしようかと、エミリーに尋ねようとして鏡の中の彼女に視線を向けた。すると、よからぬモノが目に映ってしまった。
どうやら彼女は、リボンだけでは満足していないようだ。
「ちょっと、エミリー。その手に持っている飾りは何?」
「あ……バレちゃいました?」
「余計なものはいらないからね」
宝石を飾ろうとしているエミリーにちくりと言えば、彼女はそそくさとそれを宝石箱に戻した。
それから髪を整え終えると丁度、商館長から呼び出しがかかった。
相談したいことが山のようだし、丁度良い。すぐに向かった商館長の執務室には、渋い顔をした商館長ことドワイト・セルビーが待っていた。そこで、私が相談を持ち掛けるよりも先に、彼はとんでもないことを告げた。
「マグノリア、すまないが、通行手形の交付が遅れる」
「そうですか。どのくらい待てばいいんですか?」
「分からん」
「……は?」
分からないってどういうことよ。それって、実質発行されないというのと同じじゃない。
渋い顔をするドワイト商館長が「困ったな」とぽろっと零した。
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