王妃様の日常

脅威は去り、ベアトリスの日常はすっかり変化した。魔王城内を歩いていただけで、ベアトリスはドクロ族カップルのケンカに捕まってしまう。



「こいつが俺の骨を喰ったんですよ、王妃様ぁ!」



魔国民から魔国の王妃として認められたベアトリスには、様々な相談が降りかかってくるようになったのだ。



「違うよ?!コイツは自分の骨を喰って忘れてるんですよ!」


「「どう思いますか王妃様?!」」


「とにかく二人とも、まずは別の場所で頭を冷やすことから始めましょうか」



言い合いに捕まるとなかなか抜け出せない。アホたちの証言では正しい沙汰など下せないのがベアトリスの新しい悩みだった。



「ベアトリス、いちいち彼らに付き合わなくていい」



ベアトリスの後ろに忽然と現れた魔王様がわざとらしく肩を落とす。ツノでベアトリスの声を拾ってきたのだ。



「こうしなさい、と教えただろう」



ベアトリスの腰に手を回したジンはパチンと指を鳴らす。するとドクロカップルは壁に貼り付けにされてしまった。



「「魔王様ぁ!あいつが悪いんですよぉ!」」



まだ言いあうドクロカップルを置き去りにしたジンは、ベアトリスの腰をエスコートして歩き始める。



「ああするしかないのかしら?私は話を聞く王妃でありたいわ」


「アホ可愛い魔族との賢い付き合い方。それはケンカを忘れるまで壁に貼り付けにすることだよ」



ベアトリスの肩の上では薄青色に戻ったぷるんがぴょんと跳び上がった。



「ぷるん!」


「加護様も貼り付けをやる気のようだね」



初代魔王様の力の一部であるぷるんは一度力を消費してしまうと再生がきかなかった。だが、ジンが再度力を吹きこむと以前のような薄青い色に戻ったのだ。


これでぷるんをある程度支配下におけると、ジンはニコニコしていた。



「魔国民のお世話は王妃の仕事ですわ」


「頑張り過ぎないように頼んだよ。ベアトリス、仕事もいいが、いい天気だからデートしよう」


「私も今そう思っておりましたの」



ベアトリスとジンは仲睦まじく寄り添い、魔王城の外へと共に出かけた。





ベアトリスとジンのデート場所として定番の、アイニャの墓に二人はたどり着く。墓にはすでに花が添えられていた。



「エリアーナ様、また来てくださったのですね」


「意外とマメだな」



ベアトリスが笑顔を零して、綺麗に彩られたアイニャの墓を撫でた。全身の火傷から蘇ったエリアーナはきちんとベアトリスに謝罪した。



ベアトリスは彼女の罪を決して許さないと言い、償いの条件を定めた。



『魔国で最初の女の子の友だちになって欲しいのです。ズッ友です』


『え?!そんなんでええん?!王妃様はアホやわ!』



それ以来、エリアーナとの楽しい交流が続いている。ベアトリスはアイニャへの墓参りを償いの条件に付けたりしなかった。だが、エリアーナは花を添え続ける。



そこには彼女の誠意が見える。



「アイニャあのね、この前エリアーナ様と生き血茶会をした時ね」



嬉しそうにアイニャに語り掛けるベアトリスの愛しい横顔をジンはガン見だ。こんな平穏の中、ジンも新しい悩みを抱えていた。





魔王執務室にて、足を執務机に投げ出したジンは天を仰いだ。



「あぁあーベアトリスを抱きたいんだよッ!」


「弟子の下の事情など聞きたくもない」



サイラスは指を鳴らし、あっちこち執務室中を飛び回る書類を分類している。


ジンは毎晩一緒のベッドで眠るべアトリスへの愛しさを思い出しては悶えてしまう。



ベアトリスはジンが魔王の矜持として「まだ手を出さない」と知っている。寝衣から覗く胸も細い足も無防備で、ジンに身体を擦りつけてクークー眠るのだ。



ベアトリスが妻になり1年がたとうとしている。



だが、まだまだ魔族のキッス範囲にも程遠いのがジンの見解だ。



「サイラスはエリアーナのこと抱きたくならないのかい?気が長いからね、長寿族は」


「ハァ、愚問だ。抱いたに決まってる」


「はぁ?!」



弾けるように立ち上がったジンが、腰を折って子どもサイズのサイラスをのぞき込む。ジンの目が激しく白黒した。



「いやいや、付き合って10年でまだ早いみたいな本、書いたよね?!」


「僕とエリアーナは関係を深めて50年だぞ?忘れたのか?」


「両想いになってから10年みたいな本だったよね?!」


「魔族の恋愛は超個人的解釈にのっとっている。しかもあの性教育本はエリアーナから男を遠ざけるための洗脳本だ」


「牽制のやり方がドギツイよ賢者」


「しかし、僕はお前より遥かに紳士だ。50年、彼女の側で彼女を育てて耐えてきた」


「ぐっ……」



サイラスは仕分けた書類を執務机にどんと置いて、魔王の執務椅子を乗っ取った。子どもの短い足を偉そうに組んでニヤリと笑う。



「どうして今さらそこまでサカっている?心当たりがあるのか?」


「そんな顔して、気がついているんだろう?」


「賢者だからな」


「このドスケベジジイ」



ふふんと笑うサイラスがパチンと指を鳴らすと、生き血ジュースが現れる。ジンはしぶしぶ椅子に座った。賢者の方が偉そうな椅子に座っている。



「サカっているのは生贄姫の涙のせいか?」


「ご名答だよ、さすがド変態賢者」



ひとしきり笑ったサイラスは生贄姫の涙についての研究成果を発表し始める。



「生贄姫は50年に一度やってくる条約だ。涙の小瓶一本に50年分『若返る』効果があるということだな」



ジンの予想が、サイラスの解説で確信となる。



「魔王は肉体年齢が100歳になるごとに、生贄姫の涙で肉体を50歳に戻してきた」



ジンは九死に一生を得たあの日を思い返す。重症を負ったジンは、ベアトリスの涙で辛くも生き延びた。



涙の効能に気づいたジンは、サイラスと半分こした涙の小瓶の涙を一気飲みした。そうして全盛期にまで身体が若返ったジンは、カオスに勝つことができたのだ。



「500歳を越えて、今さら全盛期の発情期。サカって仕方ないな」


「今まで抱きたい相手がいなかったからね。この衝動を抑えるのがこんなに苦しいなんて知らなかった」


「長く生きても知らないことはいくらでもある。己の無知を知りて一歩目だ」



毎日可愛い幼な妻が無防備に体をくっつけてきて、全盛期ギンギンのジンは妻を抱きたくて堪らなかった。サイラスが生き血ジュースを飲み干して立ち上がる。



「抱かないと豪語した夫がいきなり豹変して襲い掛かったら、王妃にはさぞ引かれ泣かれ嫌われるだろうな」


「嫌味しか言えないのは年寄りの悪い所だよ」


「しかし、こちらとしては王妃が泣くと涙が増えて助かる。王妃の涙で救える命が増えるからな」



涙の小瓶はジンの愛の収集品ではなく、医師でもあるサイラス預かりの薬となった。涙の小瓶を胸ポケットから取り出したサイラスが、中に溜まった涙を揺らす。



「お前が好かれようが嫌われようがどうでもいいが、王妃を泣かせ続けろ」



王妃が泣いて涙が溜まるほど、国民のためになる。



「お望み通り。可愛い王妃に泣いてもらうために準備して欲しいことがある」


「王妃を泣かすためか?いいだろう、涙はいくらでも欲しいからな」



ジンの提案にサイラスは秒で頷いた。







─────────


あとがき


サカっていきましょー!


\(^o^)/ウェーイ


あと2話!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る