大勝利の王妃様


半壊した魔王城の中庭でジンが幼な妻に歩み寄る。



「魔王様お願いします!私をどんどん泣かせてください!」



妻は強烈なギョロ目姿ではあったが必死にがんばっていて可愛い。生きているだけで尊い。



「今は緊急事態だ。痛みを伴っても?」


「いいですわ!痛くて涙が止まらないようにしてください!こんな生温いやり方では涙の量が圧倒的に足りませんわ!」



ぷるん協力の元、必死に充血ギョロ目を続けるベアトリスに、ジンも頷く。



(拷問で涙が止まらないようにする手などいくらでもある。可愛いベアトリスにそんなことしたいと微塵も思わなかったが、今は仕方ない。そう、仕方ない)


「生贄姫の涙……?」



つい妻の泣き顔を想像して興奮を覚えるジンが、身体に傷が残らないように、爪と皮膚の間に針を突き刺す案を採用しようとした。だがそれより早くサイラスが立ち上がった。



「ジンから奪った涙の小瓶がある!」



サイラスが指をパチンと鳴らすと、その手にはいつか見た涙の小瓶が握られている。サイラスが研究目的で、ジンと血みどろの争いをして手に入れた生贄姫の涙だ。



(なぜ割れたはずの涙の小瓶がここに?いや、でも今はそんな場合ではありませんわ!)



ギョロ目のベアトリスが確認すると、その小瓶の中には半分も涙が溜まっていた。


サイラスがすぐにエリアーナの一番火傷が深い部分に重点的に涙を垂らして、薄く全体にも伸ばす。



「本当に効くんだろうな」



サイラスが不審な声を出す。涙は患部に染み込んだはずだが、劇的に変化を起こす様子はない。充血ギョロ目のベアトリスは自信を持って頷く。



「癒しの発動まで時差があるのですわ。おそらく魔王様もそうだったのではないかしら?」


「正解だよ」


ジンがベアトリスの目蓋を固定し続けていたぷるんを引きはがして普段の可愛い顔に戻す。ジンは頷いた。



「カオスにやられて瀕死だった。ベアトリスに泣きつかれたところまで記憶があるが、次にベッドの上で目覚めたときは傷が癒えていた」



ジンはベアトリスの肩を優しく抱きよせる。



「癒えた場所が温かくてね。すぐにベアトリスのおかげだとわかったよ」



二人の情報を掛け合わせて、サイラスの中でも辻褄の合う理論が構築できた。



「そうか。細胞が……」



魔王の寿命を延ばすと言われてきた生贄姫の涙。



(魔王の寿命を延ばすとは、老いた細胞を元気な状態に戻すという意味だったのか)



生贄姫の涙には、細胞を元気な状態に戻す効能がある。ならば外傷に直接塗り込めば、傷ついた細胞が元に戻る。



つまり、傷が治っても不思議ではなかった。



サイラスは徐々に火傷が癒え始めたエリアーナに呼びかける。



「起きて、エリアーナ」



小瓶の涙を全部塗り込んだエリアーナの身体は、どんどん癒えていった。



焼け爛れ赤黒かった肌がピンク色にまで再生する。エリアーナのヒューヒューと途絶えそうだった息が安らかに戻ると、エリアーナの目蓋が動いた。



「せんせぇ?」



エリアーナの間抜けな声にベアトリスもジンも心から安堵した。サイラスは寝転んだままのエリアーナの胸に顔を埋めて大ため息をつく。



「今すぐ結婚するよ」



サイラスの大胆な台詞にベアトリスとジンは顔を見合わせた。胸に顔を埋めたサイラスの後頭部を左手で撫でたエリアーナは、へらっと締まりない顔で笑う。



「うん、ええよ。へへ、なんか先生に甘えられてるとか、変な感じや」


「良かった、無事で良かったですわぁ!!」



魔王城に集った魔国民、全員を守りきった。


ベアトリスの大勝利だ。


ベアトリスから今度は自然な涙がこぼれ始めた。ジンが肩を抱き寄せてくれるままに、やっとジンの胸に抱きつけば、ジンがぎゅっと抱き返してくれる。



「また魔王様に抱かれる時がきて、本当に良かったですわ」


「私の王妃のおかげだよ。よく頑張ってくれたね。ありがとう」



ベアトリスの涙顔にジンの冷たい手が添った。ジンの手の平が黒く焼け焦げていることに気づいたベアトリスは、涙をジンの手の平に擦りつける。



ベアトリスの癒しを与える神々しい仕草に、ジンはみぞおちがゾクゾクした。



「ベアトリス、キスの約束を果たすよ」


「たくさんして欲しいですわ。一晩中」


「望むところだね」



ベアトリスがすっかり受け入れ態勢で目を閉じ、ジンに身体を委ねる。ジンは興奮を胸に収めて、幼な妻の唇に約束を乗せようとした。が、そのとき。



「魔王様!!」


「王妃様!!」



地下から、勝利を察知した魔国民たちがぞくぞくと飛び出してきた。有象無象の魔国民たちがわらわらとベアトリスとジンの周りを取り囲んだ。



「「「大勝利ぃいー!!!」」」



大騒ぎし始めた魔国民たちは魔王様に大いに感謝を告げた後に、ベアトリスに視線を集めた。命の危機が去った爆発的興奮を誰も止められない。



「王妃様、来て!」


「な、なんですの?!」



魔王様からベアトリスをひったくった魔国民たちは、わっしょいわっしょいとベアトリスを胴上げし始めた。ベアトリスの叫び声が響く。



「キャアアーー!!」



脳筋魔族のスーパー胴上げは空まで届きそうな勢いだった。



「「「王妃様、ありがとう!」」」


「キャアアーー!!」


「「「王妃様、万歳!」」」



荒っぽい胴上げにベアトリスは宙を舞って叫びまくったが、アホ魔国民たちは延々とベアトリスをわっしょいし続けた。



(生贄姫を卒業して、王妃として国民に愛され始めたね。しかし、ベアトリスを一番愛してるのはもちろん、この魔王だ)



キスを止められて不満だったジンだが、魔国民に遊ばれるベアトリスを見て盛大に笑った。



「魔国の愛され王妃、ここに誕生だね」









───────────


あとがき


次回、愛され王妃の日常とは。


あと3話で終わり!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る