エリアーナのごめんね


ジンの命令を受けたエリアーナは城壁の取っ掛かりを跳び跳び、魔王城の中庭に飛び込んだ。


そこでは額の包帯に血を滲ませたベアトリスが、白いブラウスに赤い血をべっとりつけて、血染めのスカートを靡かせて一人で立っていた。



「アンタぼろぼろやん」


「エリアーナ様もですよ。ご苦労様でした。ありがとうございます」



無事に帰ってきたエリアーナにほっとしたベアトリスが、笑顔で労った。



「エリアーナ様、首に怪我をされたのですか?包帯を変えましょうか?」



ベアトリスはエリアーナの首に巻かれた包帯が血が滲んでいるのを発見した。ワニにつけられた傷だ。



「先生に手当てしてもらったから大丈夫や!ごちゃごちゃ言わんといて!」


「お節介をいたしましたわ」


(またツンケンやってもうたー!!)



つい癖でツンとしてしまって、不本意でウサ耳が垂れた。しかし、ベアトリスはいつも通りのエリアーナに安堵しただけだ。



(お元気そうでなによりですわ)



ジンとサイラスがいる森の方からは、カオスの叫び声と地響きだけが伝わってくる。



「魔王様とサイラス様は大丈夫でしょうか」



どんな戦いが行われているのか、ベアトリスにはわからない。ぷるんを使いきったベアトリスはもう両手を組み合わせて待つしかないのだ。



エリアーナは城壁の端にある石の上にひょいと立って、両手をパチンと合わせた。メイド服のスカートがなびく。



「あの二人が揃ってでけへんことなんてない」



エリアーナがぶっきらぼうにベアトリスに答える。



ベアトリスは瞳をぱちくりした。エリアーナの口から出たのはベアトリスの不安を和らげるような言葉だったからだ。



「まさかのエリアーナ様に、優しくしてもらいましたわ」


「や、優しくなんてしてへんやろ!めでたい女や!」



耳をぴょこぴょこ動かしたエリアーナが顔を赤くして悪態をつく。ベアトリスはこんな非常時なのに、可愛い仕草につい笑ってしまった。



魔国民たちも、エリアーナも、素直に変わっていくから愛おしく、愛すべきアホ可愛い存在だ。



「エリアーナ様、何をなさるのですか?」


「うちには封印しかないねん。今まで悪いことばっかりに使ってきたけど……お、お、お」


「お?」


「王妃様みたいに、うちも守るために力を使ってみようってことや!」



またプイッとそっぽ向いてしまったエリアーナの言葉に、ベアトリスの胸が温かくなった。エリアーナが「王妃様」と呼んでくれた。



(認めてくれたのかと聞けば、またツンツンされてしまいますわね)



ベアトリスは持ちあがる口角を隠して小さく笑った。



「ニヤニヤすんな!」



クスクスされたエリアーナは耳をぴょこぴょこ詠唱を始める。


略式の詠唱が身についたエリアーナは、守り専用の障壁を自己流で編み出した。自己流の封印術の構築なんて玄人がやることだ。エリアーナは己の成長を実感していた。



(今やったら、言えるんちゃうかな……)



後ろで静かに見守るベアトリスに、エリアーナは喉を鳴らした。



ワニおじに拉致され脅され傷つけられたエリアーナは、本当に怖くて、悪いことをするのはダメだと心から反省した。そんな経験をして、エリアーナは自分の悪事がどんなに恐ろしいことだったか痛感したのだ。



ずっと謝りたかったアイニャのことを、今ならきっと伝えられる。



「あのな、王妃様。実は……アイニャが死んだのな、うちのせいやねん。ほんまごめ」


「エリアーナ様!!」



ごめんなさいと、


その言葉が最後まで紡がれることはなかった。



「はぁ?!また?!」



ベアトリスの声にエリアーナが振り向くと火球が迫っていた。サイラスがたった一つだけ防ぎきれなった、あの火球だ。



エリアーナは手を鳴らし、用意していた封印壁を発動させる。



「んんんん-!こっちは大事なとこやったんやでアホトカゲぇえ!!」



両手を前に突き出したエリアーナが全力の魔力を込めて壁を維持するが、火球の威力は減らない。ジリジリとエリアーナが築いた封印壁を破壊していく。



ジンはこの火球を片手でいなす。だが、エリアーナは破壊的魔力の持ち主ではない。封印壁の強度だって、ぷるんの加護に遠く及ばない。



エリアーナにはこの火球を跳ね返す力も、消す力もない。だが、背中に庇った王妃の命を守る使命はある。



「負けへん言うたやろトカゲがぁああ!!」



ベアトリスは火球とエリアーナの魔力の衝突で起きる衝撃波に耐えきれず、座り込んでぷるんが飛ばないように胸に抱える。



凄まじい衝撃音と共に火球の軌道が逸れた。火球は魔王城のもう一つの監視塔を少々削ったのみで空の向こうで爆発した。



(エリアーナ様が勝った!)



安堵したベアトリスの横に、バサリとエリアーナの身体が落ちてきた。



「エリ、アーナ様……?」



エリアーナの右半身は酷く焼け爛れていた。かわいい顔の右半面は惨い火傷となり、右眼が焼き潰れ、美しい肢体半分が赤黒く焦げている。



あまりに凄惨な姿に、ベアトリスは息をするのを忘れた。






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