勝利の魔王様

魔王城からやや離れた森の中で、カオスの下半身を魔術陣に捕えていた。封印詠唱中のサイラスの背後で、エリアーナが手足バタバタダンダンして慌てている。



「先生、もう封印詠唱105番も終わるでぇ!次どうすんねん!」



封印詠唱は108番まで継続完了しないと、カオスがまた自由に暴れ始めるだけだ。



「ああもう、また火の玉出るで!加護はもうないんやでぇ!みんな死ぬでぇ?!ってギャァア!こっち向くなアホ!」



上へ上へ逃げようと暴れ狂っているカオスが、いきなりギロリとエリアーナを睨んだ。再び発射された火の玉がエリアーナたちを襲う。



「ちょお!先生これヤバ!」



真顔で封印詠唱を継続するサイラスの背中にエリアーナが抱きつく。すると火の玉がかき消え、エリアーナの視界で黒のマントがなびいた。



「魔王様ぁああ!?」



サイラスはちらりと視線を向けるだけで詠唱を継続する。今、死人が帰ってきたとしても手も口も離せないくらいに忙しい。



「おかえりもないのか、サイラス」



カオスの火球を蹴散らすジンの右手は重症の火傷を負い蒸気が上がっていた。



「魔王様つっよ!生きてたんやよかったぁあ!!」


「ベアトリスのおかげでね。さて状況は?」


「封印詠唱が105番までしかでけへん!魔王様なら108番いけるんちゃう?!」



これがサイラスが待っていた奇跡か!と期待したエリアーナだが、ジンは首を振った。



「私の封印術は嗜み程度だ。100番までしか行けない。封印は無理ということだね」


「ちょおお!!魔王様ほんまに言うてんの?!」



エリアーナはガックリ四つん這いだ。カオスの鼻先に浮かび、カオスから一切目を離さないジンは詠唱を続ける地上のサイラスを呼ぶ。



「サイラス、封印は諦める。私が首を狩ろう」



サイラスは詠唱を続けつつ首を縦に振る。封印できない以上、殺すしかない。



「マジで?!そんなんアリなん?!できんの?!」



殺す発想がまるでなかったエリアーナだが、二人の秒の合意にできるんだ!とワクワクしてしまった。魔王様と賢者のタッグマッチである。最前列観覧を決め込みたかったエリアーナに、ジンが命令を出した。



「エリアーナ、城に戻ってベアトリスを守りなさい」


「ギュガァアアア!」



叫び狂い、火球を撃ち続けるカオスからジンは魔王城を守る。両の手が真っ黒に焼け爛れていこうが、一瞬も隙を見せられない。



「しゃーないな!」



エリアーナは全く口答えせず、すぐに移動を開始した。



「うちらの王妃様やからな!守ったるわ!」



エリアーナだって、ベアトリスが誰よりもあの火球を退けた力の主であることを知っていた。この戦いの最前線に立ち続けた王妃の強さを認められないほど、エリアーナはアホではない。



(どんどん成長するエリアーナは最高だ)



エリアーナの背を見送り、サイラスは詠唱に忙しい口で言えない想いを胸で弾けさせた。



(僕の嫁、生き残って絶対抱く!)


「ギュガァアアア!!」



封印詠唱が進み、カオスの体が魔術陣にジワジワと沈む。


生存危機の高まりと共にカオスは火球を連射し続ける。カオスも生き残りをかけて決死の反撃だ。ジンは火球をいなし続けるが、両手はすでに焼け爛れて感覚もない。



「サイラス、首を狩れるほど竜剣に魔力を纏わせるのにどうしても時間がいる」



カオスの体表を覆う鱗への攻撃が通るのは「竜剣」だけだ。だが火球から魔王城を守るために労力を持っていかれ、竜剣に魔力を割けずにいた。



「ギュガァアアア!!」



カオスは、もはや一時も休まない。ここが勝負所とお互い心得ている。



「完了だ」



両手を合わせてパチンと鳴らしたサイラスがやっと口を開く。105番詠唱が完了した。カオスの周り360度を七色の光が包み込み、全方位の障壁に閉じ込めた。



「105番詠唱の全方位障壁に、カオスを捕えておけるのは1分だ」



カオスを障壁に任せ、やっと地上に降りたジンは膝をついて竜剣を抜いた。竜剣に焼け爛れ黒焦げた手の平を添えて魔力を込め始める。



「竜剣の準備は2分だよ」


「105番詠唱の効果が切れた後の1分間。僕が自由になったカオスを捕まえて城も守る。大役だ」


「賢者サイラスならできる」



サイラスは事の大きさに息をついて身を整える。



「お前こそ一度負けたのに勝てるのか」


「今の私は、全盛期だからね」



サイラスはジンのハッタリに大きく笑った。



「カオスの首を狩るなんて伝説級の所業だが……魔王ジンならできる」



カオスだけを睨みつけ、お互いに視線を交わさないまま信頼だけを交わす。頷き合うと仕事に取り掛かった。



竜剣は魔王の強力な魔力を纏わせてこそ力を発揮することができる。長い「溜め」の時間が必要なため、どうしても一人で使うのは不利な剣だ。



準備に時間が必要なジンの竜剣の弱点を、サイラスが埋める。魔王城を必ず守る想いを乗せて、ジンは真っ黒の両手で竜剣に魔力を宿した。



(ベアトリス、勝利して君の元に帰るよ)



魔王と賢者の連携と死力により、カオスは首を落とされることになる。だが、賢者サイラスであろうとも自由になったカオスを完全に防ぐことは難しかった。



一発だけ。



たった一つの火球だけがサイラスの隣をすり抜けた。その最後の一発が招いた結末は、酷く惨いものだった。

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