復活の魔王様
カオスの火球が迫り、死を覚悟したベアトリスは側にいた男の子を抱きしめた。それくらいしかできない。
(魔王様、私、皆を守れなくてごめんなさい……!)
半壊した魔王城の中庭で、ぎゅっと衝撃に備えて目を瞑った。だが、ベアトリスを襲い来るものは何もなかった。
(あれ?)
強い風が吹いただけ。
「ベアトリス、待たせたね」
耳が震えるほど喜ぶ声にベアトリスが目を開けると、黒のマントがなびいた。牡牛のツノ、漆黒の長い髪、尖った耳の愛しい魔王様が振り返る。
「ウソでしょう?魔王様……?」
魔王ジンの右手から蒸気が上がっている。その右手一本で脅威を消滅させた。
「魔王様だぁ!」
ベアトリスがとっさに腕に抱いた男の子がジンに飛びついた。ジンの周りに魔国民が群がる。
「火の玉を一瞬で消すなんて!さすが魔王様!」
「ご無事だったのですね!!」
「みんな、仲良く良い子で待てたね。偉いよ。後は任せてくれ」
ジンはにこやかに彼らを褒めて、地下へ行くように誘導した。肩から腹部に奔った傷は綺麗に治り、血に濡れた服だけが艶めかしく破れたままだ。
鮮やかに国民を捌いたジンの前で、ベアトリスは腰が抜けて立てず放心していた。
「本当に魔王様でしょうか?」
「ああ、間違いなく、君のジンだよ」
ジンがベアトリスの前に跪いて、ぼさぼさに乱れた金色の波髪を撫でて整える。
「ツノで妻の危機を察するのは、魔王の嗜みでね」
(ツノ盗聴は、確かに私のよく知る夫の所業だわ)
ベアトリスの頭に巻かれた包帯に滲む血、頬を彩る赤黒い血をジンは順番に指先で愛おしく撫でた。
「私はこれが死後の都合のいい妄想だと言われても全く驚きませんわ」
「私の幼い妻に先立たれては困る」
まだ夫の生存が信じ難いベアトリスは何度も瞬きを繰り返した。ジンはクスリと笑い、血化粧をした妻の頬を冷たい手でなぞる。
「まだ信じられないなら、この身で証明しよう」
ジンの顔が傾き、ベアトリスの唇に冷たい唇が重なった。
優しいキスの感触に、最愛の魔王様がそこにいることを実感できた。再会のキスを終えたジンはニヤリと笑う。
「私がここにいると、認めてもらえたかな?」
ベアトリスの瞳から涙がぼろぼろ噴き出した。ジンはベアトリスの後頭部に手を回して引き寄せ、涙を全て舐めとる。
「私だけの泣き顔だ。誰にも見せないでくれ」
「魔王様……よくご無事で!!」
ジンが大切に頭を抱いてくれて顔に舌が添う。生温かくザラついた舌の感触にベアトリスは陶酔した。ジンの胸に顔を埋め、背に手を回してマントを握りしめる。
愛する人がここにいると、全身で感じたかった。
ジンの胸に顔を埋めて息をして、ベアトリスは今までどんなに心細かったか身に染みた。涙はとめどない。ジンが全ての涙を執拗に舐め取ると、ベアトリスはやっと小さな声を出した。
「魔王様は亡くなったはずでは」
「私も死んだと思ったけどね。君のおかげでギリギリ生きたよ」
「私のおかげ?」
愛しそうに真っ赤な瞳を細めたジンが、ベアトリスの涙が流れる頬を何度も舐めまわす。
「ギエェエエエ!!」
ぷるんの加護から解き放たれたカオスの叫び声が響き渡る。ベアトリスはジンに縋りついてもっと泣きたかったが、ジンが立ち上がった。
(魔王様がなぜ生きたのか聞きたいけれど、今はまずカオスに対処しなくては)
ジンが差し出した冷たい手に、ベアトリスは手を重ねて立ち上がる。
「ベアトリス、よく頑張ってくれた。引き続き魔王城の指揮を頼むよ」
「全力で務めますわ」
「君がいるおかげで安心して戦える」
(破れた服からチラチラ肌が覗く魔王様がエッチだと指摘する時ではないですわね!)
戦場で乳首チラリズムな魔王様に惑わされぬように、ベアトリスは気を引き締める。ジンはマントを靡かせてコウモリ羽で空に浮き上がった。
「帰ったら、今度は朝までキスをするからね?」
ジンはご褒美を口にしてニタリと笑った。しかし、ベアトリスはまた負ける可能性に顔を歪める。
「大丈夫だよベアトリス。今度は負けない。ここからは全盛期の私だ」
ジンは自信満々に笑って、再び戦地へ赴いた。あっという間に飛び去ってしまった夫にベアトリスは首を傾げる。
(500歳越えの魔王様は全盛期に程遠い。だから一度負けてしまったのに、一度目と二度目で何が変わったというの?)
ジンとキスした唇に指を添わせて考えるベアトリスの背中を、またもや魔国民たちは覗き見していた。
(((新婚のくせにキスした?!)))
羊のツノを持つ男の子は親から目を塞がれている。
(((魔王様はド変態だ!!)))
強い魔王に従う主義の魔国民は、魔王様の貞操観念に抗議したりしない。勝手にやれのスタンスだ。だけれども、新婚魔王夫婦を覗き見した魔国民の心は
「ドン引き」で満場一致した。
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