プロポーズな賢者様


ベアトリスは、サイラスとエリアーナを従えて魔王城で一番高い監視塔に上った。カオスの顔の真ん前だ。



カオスはぷるんに火の玉三連射を繰り出し続ける。火球の燃料が尽きない体力馬鹿は止まらない。



「ぷぎゅー!」



疲労が滲むぷるんの声に、サイラスが助言する。



「加護様にも限界がある。力を使い果たせば消滅するぞ」



ぷるぷる奮闘するぷるんが消えるなんて、想像するだけでベアトリスの胸は縮んだ。



「ぷるん様が限界を迎える前に、カオスを封印いたしましょう」



エリアーナは魔王城の監視塔から、カオスの顔面に向かってあーん?と定型通りのメンチをきる。アホの怖いもの知らずすごい。ベアトリスはサイラスにだけ話を通す。



「魔王城の加護をやめて、ぷるん様でカオスを取り込みますわ。ぷるん様の体内に閉じ込めれば、外からも中からも不可侵を強要できます」


「加護を逆手にとってカオスを拘束。時間を稼ぐ間に、封印作業だな」


「お二人ならカオスを封印でき、かつ二人がかりで時間を短縮できるという前提ですが」


「最善の人選だ」



ベアトリスとサイラスは頷き合い、最速で作戦内容に合意した。ベアトリスがカオスを足止め、その間にサイラスたちが封印する。シンプルな話だ。



「行くよエリアーナ、楽しい封印の時間だ」



エリアーナはサイラスに引っ張られて塔から飛び降りた。二人を見送ったベアトリスは監視塔で叫ぶ。



「ぷるん様!カオスを体に取り込み拘束なさい!」


「ぷるーん!!」



ぷるんが魔王城の加護を解き、すぐにカオスを取り込む。



「ギュオ?」



取り込まれた生温い感覚に身体をばたつかせたカオスが魔王城から後退する。


だが、すぐ違和感を忘れたカオスはぷるんの体内を齧り始めた。カオスは終始無策だが、ぷるんに着実なダメージが蓄積されていた。



「ぷるるるー」



カオスを取り込んだぷるんの声は苦し気で、薄青いはずの身体が灰色がかってきた。



(ぷるん様の限界が先か。封印が先か。時間との勝負です。お願いしますわ、お二人とも!)






カオスの頭上、ぷるんの障壁の上に立ったエリアーナはパンと両手を叩き、封印詠唱を開始した。



「イくでぇ!アァ!この瞬間はいつもたまらんわ!」



時間との勝負だとサイラスに言いつけられた。エリアーナは持てる封印技術の限りを使いこなして詠唱を省略する。



(封印詠唱中のエリアーナは至高)



サイラスはカオスの足元で、魔術陣を錬成していた。サイラスが指を鳴らすと、カオスの足元に淀みなく七色の文様が現れる。


エリアーナはカオスの頭上から、カオスの足元にいるサイラスに疑問をぶつけた。



「先生!カオスの特別封印詠唱は108番までやで!うち100番までしかいかれへん!」


「優秀だ。50番でも驚かなかった」



カオス封印のために過去の賢人がつくった108番までの封印詩歌がある。全てを諳んじ、魔力を乗せて操作することで封印は完了する。番数が上がるほど高等技術だ。



「でも108までいかな意味ないやん!封印失敗すんで!先生できんの?!」


「僕でも105が限界だ」


「うそやぁ!どうすんねんこれぇえ!」



エリアーナはパンパンと手を叩き、会話を挟んで封印詠唱を継続する高等テクを披露する。だが、封印完了までの算段が立っていないことが露呈した。



「これ以上できることが僕たちにはない。ベアトリスの判断は最善だ。だから従った」


「だからぁ!そっからどうすんねん先生ぇ!」



頭上で騒ぐエリアーナを、カオスがぎょろっと金色の瞳で睨む。エリアーナは足の下のカオスに最速で唾を吐きかけた。



「あ"?こっち見んなや、アホトカゲが」



脊髄反射で繰り出される煽りが強い。いずれ負け確でも、現在のヒャッハーは忘れないエリアーナの肝の太さに、サイラスは励まされる。



「僕たちのやれることは全部やって、奇跡を期待する」


「先生ってそんなテキトーなん?!」


「長く生きれば生きるほど、いつだって命の瀬戸際だと気づく。肝は据わる」


「何言うてるかわっからーん!」



エリアーナは全力で詠唱を省略する。カオスの頭上でぴょんぴょん飛び跳ねて手を打った。まるで舞っているようだ。



(この窮地でエリアーナの封印能力が研ぎ澄まされている。なんて美しい)



エリアーナは日に日に成長し変わっていく。だからこそ、彼女はサイラスの心をつかんで離さない。



「エリアーナ、もし生きて帰れたら」


「それ死ぬ奴が言うやつ!あかんって先生!」


「結婚しよう」


「えぇえ?!」



エリアーナはパンパン手を鳴らして、サイラスは指を鳴らし、封印作業を全く滞らせることなくプロポーズである。高等技術のオンパレードだ。



「僕のこと、好きじゃない?」


「そんなん大好きに決まってんやん!でもうちは魔王様が好きやねんで!」


「じゃあ、助けて欲しいときに呼んだのは誰だった?」



思い出してみれば、拉致された時にエリアーナは一切ジンの名を呼ばなかった。



「先生やったわ!」



心で何度も語り掛けたのはサイラスだけだ。みんな大好き魔王様への恋なんて、みんなが通る憧れの通り道なだけ。エリアーナの心はすっかりサイラスのものだった。



「もう僕でいいでしょ?」


「うわぁ!先生ズルすぎん?!てかちょっと今から口が忙しいで!」



エリアーナがカオスの頭上で両足を踏ん張り、ピンク眼を血走らせて猛烈に詠唱を加速させる。



「アァン!コレきもっちえぇわあ!」



パチン!とエリアーナが大きく手を叩くと同時に、サイラスも魔術陣を完成させた。



「100番いったで!」


「ギュガァアアア!!」



魔術陣が七色の光を放ち、カオスを地の中に引きずり込む。初めてカオスの雄叫びが響いた。だが、カオスが魔術陣に埋まったのは身体の半分、下半身のみだ。



「良い感じだ。続けよう。返事を聞かせて、エリアーナ?」



カオスの頭上から地面に飛び降りたエリアーナに、サイラスが子どもの顔で笑いかける。エリアーナはニカッと笑い返した。



「うち先生のこと大好きやったんやな!結婚するわ!」


「その言葉、ずっと待ってたよ」



サイラスが手をパチンと叩いて、封印詠唱101番を引き継いだ。



(僕の嫁、絶対抱く。こんなところで死ねるか!)



ショタエロジジイ賢者のどさくさまぎれプロポーズが、おめでたく決まったとき。





魔王城の中庭で、険しい顔のベアトリスは城壁端の石の上に立っていた。身体半分が地に沈んだカオスを包むぷるんを見つめる。



(ぷるん様がもう限界だわ……!)



ぷるんの薄青いはずの身体が今ではもう灰色を通り越して、黒ずみ始めていた。


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