生贄姫vs陰謀

暗躍するワニおじ


視線を泳がせておろおろし始めたベアトリスを見て、ジンは心底いい気分だった。久しぶりにベアトリスがジンでいっぱいになった。



「魔王様が変態認定されてしまいますわよ?」


「これは儀式だよ?断じて肉欲ではない」


「魔王様がキスしたいがためのこじつけでは……」


「我が妻は賢過ぎる」



ニヤニヤするジンがベアトリスの両頬に冷たい手の平を添える。ベアトリスは逃げ場がない。月夜の下で妖艶に微笑む超年上旦那様を見つめる。



「唇を通して、加護を与える」


「あの、その、待ってくださいませ。心の準備が」


「待てない」



恥ずかしくて口で抵抗しようとするベアトリスにうっとり笑いかけて、ジンは低く静かな声を響かせた。



「我が妻、ベアトリス」



ベアトリスは口を閉じて唾を飲み込み、今から訪れる口づけに大いに期待してしまった。恥ずかしさが脳天から飛び出しそうなベアトリスの瞳に自然と潤みが溜まる。



互いの鼻先がつんとひっつき、ジンの息が顔にかかった。顔がくっつきそうなほど近づいてもジンは真っ赤な瞳を閉じない。ベアトリスの顔はどんどん熟れる。覚悟を決めたベアトリスはぎゅっと目蓋を閉じた。



「幼い妻の全てが愛しい」



幼な妻の初心な反応を大いに楽しんだジンは、ベアトリスの目尻に滲んだ涙を舌でひと舐めする。



「私だけに見せる涙を、特に愛している」



妻の涙は命が伸びるほど美味しい。



「我が加護を、我が君に」



涙を舐められてビクリと体を揺らす妻の反応を楽しんでから、ジンはゆっくり、ゆっくりとベアトリスの唇に唇を重ねた。



ベアトリスの唇に冷たいジンの唇が重なって、はむと一つ食べられる。唇から熱いものが胃に落ちた。



そっと離れた唇を惜しく思ってしまう。ベアトリスが目蓋を持ち上げると、柔和なジンの笑顔が待っていた。



「御馳走様。一回しかできないなんて……あまりに可愛くて困ってしまうね」



初めてのキスの後なんて、ベアトリスはどうしていいかわからず頬はまだまだ熱くなって瞳が潤み続けた。夫の余裕綽々の笑みが悔しい気さえする。



「か、可愛いくてごめんあそばせ!」


「それが聞きたかった」



照れ隠しでプイッと顔を背けたベアトリスに、ジンが声を上げて笑った。



「ぷるん!」



すっかりぷるんの透明化も終わっていたが、ジンはぷいぷいするベアトリスの顔を追いかけて何度ものぞき込む遊びに夢中になった。






夜のテラスですっかりベアトリスに夢中のジンは、睨む視線に気がつかない。ドクロ族の双子が顎をカタカタ鳴らして顔を見合わせる。



「見たか?」



ドクロ族は顔も身体もスッカスカの骨で、骨が服を着ている。ドクロ族を個人として見分けるのは不可能に近い。ドクロ族の双子の弟が吐き気をもよおす。



「魔王様が生贄姫にキスなんて気持ち悪……オエッ!」


「大丈夫か弟。生贄姫がこのまま本物の王妃になるかもって噂は本当だったのか」


「人間が?王妃?……オエッ!」



吐き気がちなドクロ弟に、兄は背中を擦ってやる。二人で顔を見合わせて、後ろに立つ男をふり返った。



「「どう思うワーニ」」


「気持ち悪いよねぇ」



ワーニの大きなギョロ目に縦長の瞳孔がギラリと光る。屈強な身体は戦士のものだが、口が大きく裂け、全身を鱗が覆っているワニ顔。通称、ワニおじさんだ。



「魔族どころか人間。さらに弱いだなんてありえないねぇ」


「「どうするワーニ?!」」


「死んでもらうのが、いいだろうねぇ」



細長く突き出た顎を鱗で包まれた手で擦って、長く太い尾っぽを引きずったワーニは城の廊下を歩いて行く。



「生贄姫に悪いことしたらダメって魔王様言ってたよな」


「魔王様の命令に背くなんて……オエッ!」



魔王からの正式な命令に背くことは、魔王を敬愛するワーニの主義に反する。



「生贄姫に直接危害を加えることはできないねぇ。でもやりようはあるよねぇ」



だが、魔族崇高主義のワーニは魔王様を敬愛するからこそ、あの女の存在を絶対に許せない。



「ある日、大きな厄災がやってきて、巻き込まれた人間がうっかり死ぬならそれは……弱いから仕方がないよねぇ」


「でもワーニ、生贄姫の加護ってのが強いんだろ?」


「加護より強いものも、歴史にはあるんだよねぇ」


「「さすが頭いいワーニ!」」


「生贄姫抹殺準備はじっくり、進めてきたんだよねぇ」


「「さすが陰湿さなら誰にも負けないワーニ!」」



裂けた口から鋭い牙を覗かせて笑うワーニに、双子のドクロはカラカラ骨を鳴らした。


魔王城内の私室にたどり着いたワーニは、引き連れた舎弟のドクロ双子に「手枷」を見せつけた。



「狙うは、エリアーナだねぇ」



重い手枷を受け取ったドクロ双子たちは顔を見合わせる。



「え?!アホ糞エリアーナ?!オエッ!」


「大丈夫か弟、どうしてアホエリアーナ?」



ワーニはワニ用の頑丈なソファに深く座って、ニタニタと鋭い歯を光らせる。



「アホエリアーナの利用価値がわかる奴が、賢いんだよねぇ」


「「全くわからん!」」


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