私もヤりたい魔王様
夜の魔王城のテラスで月夜を愛でて、ジンとベアトリスはお喋りデートしている。ジンの綺麗な顔にクッキリ平手打ちの痕がついていた。
「サイラス様とケンカなさったのですか?」
「あの爺さんは本当に強情なんだ。結局、折れたのは私だよ」
「まあ、爺さんだなんて!魔王様が譲ったなんて意外ですわ」
「サイラスの機嫌を損ねてボイコットされると、魔国の政治機能が停止してしまうからね」
「頭が上がりませんのね」
ふふふと楽し気に笑うベアトリスだが、ジンには不満の残る結果だった。生贄姫の涙をジンとサイラスで半分こしたのだ。
そんな夫婦の会話の横で、初代魔王様の加護様ぷるんはベアトリスの肩の上で当然と存在している。
「加護様、夫婦の時間は遠慮していただけませんか?」
「ぷるん」
ぷるんはぷるぷる拒否を示す。ぷるんは初代魔王様の力の一部なので、ジンでさえ敬語を使う。初代魔王様は偉大なのだ。
さらに、ぷるんは王妃様に命令されたい癖であり、魔王には従わない。何度もこのやりとりを見ているベアトリスは、テラスの柵に腰を掛けてクスクス笑った。
「ハァ、いつ二人きりになれるんだい?」
「ぷるん様は肩に住むのが条件ですからね」
にこにこ微笑むだけで、まるで迷惑そうにしないベアトリスにジンはため息をついた。仕方ないとあきらめたジンは、パチンと指を鳴らす。
「失礼いたします、加護様」
「あれ?ぷるん様どこに?」
ベアトリスの肩の上から一瞬でぷるんが消えてしまった。ベアトリスは慌てて立ち上がって首をきょろきょろするが、ジンはふふんと笑うだけだ。
「私たちの目に見えないようにしただけだよ。加護様はそこにいる」
「魔術は多彩ですわ」
「しかし加護様の力は強いから、これもほんの一時だ。ベアトリス、話がある」
やっと見かけだけでも二人きりになったジンはベアトリスに一歩近づいて、その頬に手を添えた。最近ベアトリスはぷるんに夢中で、ジンに潤々してくれていない。
「私は毎日、加護様が君を独り占めして狡いと思っているんだ」
「加護様は肩に乗っているだけで私はいつも魔王様のものですわ」
無垢にまっすぐ告げるベアトリスに、噛みつきたい衝動を抑えて、ジンは頬を撫でるにとどめる。
(もう変態の誹りを受けてもいいから、襲い掛かってしまいたい。野生型に堕ちることさえ魅力的に思えてくるよ)
だが、超年上旦那様の矜持としてそれはできない。堂々巡りだ。
「君が愛しているのは、もちろんこのジンだ。わかってはいても、苦しいものは苦しい。狡いものは狡い」
眉間に皺を寄せるジンの嫉妬を浴びて、ベアトリスはつい満たされてしまう。愛を求められると、心の隅々まで嬉しくなる。
「このどうにもならない苦しさをおさめるために、私も君に加護を与えたいんだ」
ジンの冷たい指先がベアトリスの頬を優しく撫で、ジンが苦し気に詰まった声で言葉を紡ぐ。
「二人の魔王様から加護を頂くなんて贅沢ですわ」
「受け取りなさい。私の荒ぶる気を収めると思って」
ベアトリスはジンの大きな想いが嬉しくて、つい頷いてしまう。加護の内容も確認せずに軽率である。だが、軽率こそ恋なのだ。
「いただくのは魔王様の愛、と解釈してもよろしいでしょうか」
「愛以外の何物でもない」
「魔王様がくださるものは、全て頂きたいですわ」
ジンは美しく微笑むベアトリスを抱きしめて、何度も金色の波髪を上から下まで撫でた。愛しいこの存在に、魔王の加護を刻みつけたい。
「ベアトリス、君に魔王の加護として『魔国民への命令権』を譲渡する」
「命令権?」
きょとんと丸くなる瞳が愛らしい。その瞳に映っているのはこの魔王だけ。それがみぞおちを貫く快感だ。
「言葉が通じる魔国民を言いなりにできる。一時だけどね」
「ものすごい力ですわ」
「現役の魔王だけが使える力だよ」
大きな力に戸惑うベアトリスに、ジンは安心させるように笑いかけた。
「私の加護を受ければ、君は初代魔王様の最強の加護と、命令権の両方を操る人間となる」
武力と権力を一手に持つ、魔国の王妃に相応しい力の持ち主となるのだ。
二人の魔王に加護され愛され力を奮うベアトリスを「弱い」と罵れるものは、そうそういなくなる。
「私の愛がベアトリスを武装し、王妃として威厳をもたせる。素晴らしいだろう?」
魔王は高価な宝石やアクセサリーではなく、愛する妻に権力を贈る。
「魔王様の隣に相応しくあるように、権力を着飾ると思えば誇らしいですわ。魔王様に頂いた力に応える王妃であろうと、背筋が伸びました」
「常に向上心あふれる君はいつも気高く、可愛い。私の与える力が似合うのは君だけだ」
ベアトリスは月下で麗しく微笑んだ。さらに、加護を受け取ることで夫がぷるん様への溜飲を下げることになるなら断る理由はない。
「魔王様からの加護は、どうやって受け取ればいいのですか?」
「キスを」
「いいのですか?え?!」
何年でも待つ気でいたキスが不意に降ってくるなんて、ベアトリスは目をしぱたいた。
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