収集癖の魔王様


魔王執務室にて、執務机に向かうジンがサイラスをムスッと睨む。



「強い王妃を目指せ計画は順調に進んでいて、何が気に入らない?」


「加護様はベアトリスにくっつき過ぎだよ」



ベアトリスの肩に住み始めた加護様、ぷるんの存在がジンは気に入らない。



ベアトリスと言えば、ぷるん様かわいいかわいいと四六時中言っている。妻の声を自動受信するツノにびんびん伝わっていた。



常に共にある存在としてアイニャを失った隙間が埋まるのだろう。ベアトリスのぷるん溺愛っぷりは半端ない。



「一緒にぷるんぷるん寝ているのが、特に許せない!」



魔王が握る羽根ペンが握りつぶされて粉になった。



「ベアトリスが愛しているのはこの魔王だ。わかっていても、受け入れがたいのが男心だろう?」



サイラスは大ため息で肩を竦めた。



「気性が大人しく従順で、上から気質の細胞弟子と相性がいい。使える加護様だ」



ベアトリスの使い魔、ぷるんの性能は文句の付け所がなかった。サイラスはぷるんの性能実験の結果をジンに報告する。



『ぷるん様!もっと大きく!もっと大きくなりなさい!』



ベアトリスの命令に従って、ぷるんは薄青いぷるぷるの身体をどんどん巨大化させる。



『巨大化できる範囲が全て、ぷるん様の加護範囲だ。魔王城くらいは加護できそうだな』


『すごいですわ、ぷるん様!おっきくて強いですわー!』



実験が終わればベアトリスはぷるんにキスして抱きしめて可愛がった。



『ぷるーん!』



初代魔王様の力の一部を受け継ぐぷるんは、言語能力を失することで能力を上げていた。言語を話さないところもペット的でベアトリスのツボだ。



サイラスから実験報告というより、イチャイチャ報告を聞いたジンは頭を抱えて執務机に突っ伏す。



「おっきくて、強いだなんて!私もまだ言ってもらったことがないんだよ?!魔王の魔王だっておっきくて強いのに!」


「下ネタはやめろ」



サイラスにはグチグチ言うものの、ジンはベアトリスに大々的に嫉妬を押し付けるようなことは、まだ、していない。



年上旦那様の矜持である。ベアトリスがぷるんと戯れる姿は至高の可愛さだ。だが、ぷるんぷるんする相手が自分でないことにジンは乱される。



「加護様だけ狡いだろう?私もベアトリスに加護を与えたい」


「勝手にしろ」



嫉妬に狂っておかしなことを言い始めるジンが心底どうでもよい。サイラスは自分の要件を切り出した。



「それより、お前の執務机に入っていたコレは何だ?」



サイラスが持ち出した小瓶には、煌く液体がたっぷり満ちている。ジンは顔を上げてふっと笑う。



「私の机を勝手に漁るなんて酷いじゃないか」


「こんな強い魔力を宿したものが僕の目に止まらないはずないだろ」


「まあ、そうだね。何だと思う?」



液体の入った小瓶を揺らして、サイラスが呟く。



「生贄姫の涙か」


「正解」



ジン赤い瞳が細まり、にやりと笑う。



「もういっぱいまで溜まっているな。生贄姫を人間国に帰すのか?」


「ベアトリスを人間国に帰すなんてありえない。死ぬまで私のものだ」



ジンが間髪入れずに首を振って、サイラスに小瓶を渡すように手の平を出した。



「涙の小瓶は割ったと聞いていたが」


「一度は本当に割ったよ。だけど幼い妻の涙があまりに美しくて美味しいから、また溜めておきたくなってしまった」



ジンがサイラスから受け取った新しい涙の小瓶を恍惚な瞳で見つめる。



「私の愛の収集品さ」



この涙の小瓶は、ジンが再度用意して涙が溜まるように魔術をかけ直したものだ。つまり、二代目の涙の小瓶である。



「二代目の涙の小瓶があるのは、ベアトリスには内緒だよ?」


「気持ち悪い奴だ」



サイラスは先日、エリアーナの涙を溜めておきたいと思ったところだ。だが、ここに先行く奴がいた。気持ちはわかってしまって同族嫌悪である。



「ジンはもう涙を飲んだんだな?」


「瓶の半分くらいは飲んだかな。生絞りで」



ジンは涙の小瓶に溜めることなく、ベアトリスがぼろぼろ零した涙を生絞りで舐めとっていた。



「ベアトリスの涙は飲むたびに、身体が新しくなる感覚がするよ」


「寿命が延びて良かったな」



涙の小瓶【一本分】の涙で、魔王の寿命は【50年】延びる。そのために生贄姫は50年に一度やってくるのだ。



すでに生絞りで瓶の半分を飲んだジンの寿命問題は解決されていた。残りの半分をいつ飲もうかとウキウキしている。



「では今、涙が余っている状態だな?」


「この瓶の半分は実質、余っていると言えるね。これからもっと溜めようと思っている」



サイラスは生贄姫の涙にふつふつと好奇心が湧いた。通常であれば生贄姫の涙はすぐに魔王が飲み干してしまう超希少品だ。



そのため「余っている」状態など、長寿のサイラスとて初めての状況である。



「余っている半分を、寄越せジン」


「は?」



いきなりトンと執務机の上に立ちあがったサイラスに見下ろされて、ジンは首を傾げた。



「寄越せ、僕に生贄姫の涙を研究させろ」


「は?!私の愛の収集品だよ?!」


「うるさい、気持ち悪い、黙れ、寄越せ」


「はぁあ?!私が国で一番偉い魔王様なんだけど、さらに偉そうだよサイラス!」



その夜ジンとサイラスは、生贄姫の涙を巡り、400年ぶりに本気の師弟対決で夜を明かした。



勝ったのはなんと、サイラスである。


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