才能開花の生贄姫


「いい加減、私に従いなさい!!」



ベアトリスがきっちり上から命令すると、古臭い結婚指輪が光り出した。


光に包まれたベアトリスは、気がつけば光の空間の中にいた。




加護様に呼ばれた光の空間では、何をどうすればいいか、全てベアトリスの頭に入ってくる。



(これが加護様の御力ですのね)


「ぷるん!」



ベアトリスの目の前に、丸くて薄青いぷるぷるした生物が急に現れた。ベアトリスが手を差し出すと、ぷるぷるの生物は手の平にちょこんと乗った。



「ぷるん!」



薄青いぷるぷる生物の形状は、ベアトリスが講義で習った「スライム」という魔生物に似ている。



「貴方が初代魔王様の加護様ですわね。やっと姿を見せてくださった。私の命令がお気に召したのかしら?」


「ぷるん!」



薄透明の丸くてぷるぷるした加護様は目も口もないのに、どこからか声が出る。楽しそうな高い声を、ベアトリスはYESと受け取った。



「私に力を貸してくださいますか……いえ、違いますわね。私に従い、力を奮いなさい」



加護様は身体をバインと跳ねてベアトリスの肩にちょこんと乗った。



「私の肩に住まうのが条件ですね?よろしいですわ」



ベアトリスは肩の上に乗った加護様に、品よく微笑む。



「貴方様を『ぷるん』と名付けます」



ベアトリスはぷるぷるの加護様に名を与えた。名を与えることで、主従契約が成る。



「この王妃ベアトリスの、使い魔となりなさい」


「ぷるーん!」



気高き王妃様に加護様の具現生物、ぷるんが「使い魔」となった。





まばゆい光が収まると、ベアトリスは裏庭に戻った。



(我が妻の肩になんか住んでる!)



気絶演技を止めた魔王様が目をひん剥いた。まさか自分が仕掛けた誘拐作戦のせいで妻の肩に使い魔がつくとは、予想外である。ベアトリスはワニサイラスに言い放つ。



「ワニオジサマ、申し訳ございませんが、やはり王妃は死ねません」



光の空間でベアトリスはぷるんの能力を知った。初代魔王様の力の一部を受け継ぐぷるんは強力な魔生物だ。



(ぷるん様の御力を使いこなせるかどうかは、私次第)



ベアトリスには常に、ぷるんが認め、従いたくなるだけの気高さと知略と命令が求められる。



「強い王妃となるべく、あなた方には実験台になって頂きますわ」



ベアトリスは肩に乗ったぷるんに命令する。



「ぷるん様、大きくなって二つに分裂を!ワニオジサマと、裏庭のパクンの両方を取り込みなさい!」



肩から跳び上がったぷるんは巨大化し、分裂した。



「ぷるーん!」



ぷるんの巨大化した体の半分が、ワニオジサマを包み込む。



「ほう?」



ワニサイラスは抵抗せず素直にぷるんの薄青い体に取り込まれた。好奇心だ。



もう片方のぷるん体は魔王様の体に絡みついたパクンだけを弾き、裏庭のパクン全てを吸い込んで丸い水袋のような体の中に圧縮した。



(先日、エリアーナ様に見せていただいた封印術の模倣ですわ!)



鮮やかに救出された魔王様ジンは、ベアトリスの勝利に魅せられた。



(さすが初代魔王様の加護様。それに強烈な使い魔を従える我が妻の才が素晴らしいじゃないか!)



ベアトリスもぷるんの性能を目の当たりにしてグッと拳を握り締める。欲し続けた強い王妃になるための「力」だ。



(ぷるん様の基本性能はスライム状の体の中への『取り込み』ですわ。


私自身を取り込めば守りに特化して、相手を取り込めば拘束、圧縮して殺すことも可能。攻守ともに優秀ですわ)



体中に血の跡をつけたジンが魔王椅子から立ち上がり、パチパチと手を叩く。



「華麗なる勝利だね、ベアトリス」


「魔王様!ご無事で良かった!」



走り寄る幼な妻の笑顔を、ジンはぎゅっと抱き締めた。ベアトリスはジンの血の付いた胸に抱き寄せられて危機を脱した実感に浸る。



「これを解け」



熱い抱擁に溺れるベアトリスを、先生の声が現実に引き戻す。



「え?サイラス様?」



ぷるんが取り込んでいるのは、ワニおじさんではなくサイラスだ。サイラスを解放し、誘拐事件ドッキリのネタバラシを受けたベアトリスは肩を落とした。



「悪趣味な発案ですわ、魔王様」


「私の見立てとは違ったが、結果は上々だ」


「ぷるん!」



ベアトリスの肩の上でぷるんが声を上げる。サイラスは加護様が使い魔になる前代未聞の出来事に興味津々で、ぷるんを360度観察した。



「細胞弟子は調教師テイマーだったか。実験しがいがある」



ぷるんの使い道に頭を巡らすサイラスはニヤつきながら帰って行った。



(「テイマー」って何でしょうか?でもあの顔……またどんな実験をするのやら)



一瞬、不安がよぎったベアトリスの頬に、ぷるんがぷるぷるの体をすり寄せる。



「ぷるーん」


(こ、これは!動物特有の慰め!癒されますわぁ!)



水袋のような柔い感触が頬にくっついてくすぐったい。ベアトリスは思わず頬が緩んだ。イチャイチャする二人を眼前に、ジンは納得がいった。



「ベアトリスには使い魔と絆をつくる才がある。死んだ使い魔との絆も深かったのだろう?」


「アイニャとの絆ですか?それはもちろん」


「使い魔との絆が深ければ深いほど、強い忠誠心とともに強い力を引き出し、使役することができる。それが君の持つ調教師テイマーの才能だ」



アイニャがただの猫より明らかに聡明だったのは、ベアトリスが知らないうちにテイマーとして能力を引き出していたからだ。



「魔族は使い魔との絆を築けないから、テイマーは希少だ。それが君の武器だね」


「人間的に言えばペットと仲良くなればなるほど、ペットが助けてくれるということですね。ペットを愛すのは大得意ですわ!」



人間ならペットを愛すのが得意な者は多い。だがさらに、魔国に居座り続ける強メンタルと、偉大な魔族に命令する豪胆さを兼ね備えた人間王妃は、ベアトリスだけだ。



「気高い王妃様に命令されたい癖」のぷるんは、ベアトリスを大いに気に入った。生き物の独特な性癖に刺さって愛されるのも、テイマーの才能のうちである。



新しい仲間を得たベアトリスはやる気に満ちた。



「魔王様、見ててください!私はぷるん様とともに強くなりますわ!」



ベアトリスは強い王妃になるために、沸々と闘志を燃やし始める。



「使い魔とぷるぷるほっぺした回数の百万倍は私がスリスリすべきだ。それが夫の権利だ!」



魔王様も使い魔に対して、嫉妬の闘志を燃やし始めた。


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