誘拐された魔王様


王妃教育場所の裏庭に、煌びやかな魔王椅子がわざわざ設置された。裏庭に不似合いの偉そうな椅子に座ったジンがクスクス笑う。



「どこからどう見てもワーニだよ、サイラス」



魔王椅子の傍らに立つのは、屈強なワニの戦士、ワーニの姿に「変身」したサイラスだ。



「無論だ。僕の変身術を見破ったものはいない……ねぇ」



サイラスがワーニの姿、ワーニの声で口真似をする。


これから始まる【魔王様が誘拐されたぞ茶番】の犯人を、ベアトリスと仲が悪いワーニに配役した。こいつなら魔王誘拐とかエグいことガチでやりそう……のヒリヒリなリアル感を演出するためだ。



「ベアトリスが私のために、どんなことをしてくれるのか楽しみだよ。泣き叫んで私を恋しがってくれるかな」



魔王様の周りを伺ってうろつくパクンを優しく撫でたジンに、ワニサイラスが苦言を呈す。



「わが身可愛さに、逃げ出すかもな」


「私の王妃を見くびってもらっては困るよ。私が惚れ倒すほどに気高く愛情深い子なんだから」



ジンは自信満々に笑った。



「私の予想では魔王を守りたいと願う王妃の慈愛に満ちた涙に感激した加護様が、力を貸してくださる」


「新しいパターンを試す価値はある」



サイラスがパチンと指を鳴らすと、パクンがトゲトゲの蔦で魔王様を椅子ごと締めあげる。



「お手並み拝見だな、細胞王妃」



ジンの体にパクンのトゲがめりめりと食い込み、血が滲んだ。



「わりと本気で痛いんだけど」


「お前が望んだことだねぇ」



魔王様、大根芝居に、身体張ります。





『お前の魔王様を殺されたくなければ裏庭に来い』


「なんですのこれ?!」



私室の扉に挟まれた手紙の悪質さに驚いたベアトリスは、すぐに駆けだした。



裏庭に駆け込んだベアトリスの目に、パクンにぐるぐる巻きにされた血まみれ魔王様が飛び込んだ。



「魔王様!」



目を見開いたベアトリスが両手で口を覆った。悲壮な顔をするベアトリスの前で、ジンは気を失ったフリをする。


練習の際に、あまりに大根役者なのでサイラスに黙ってろと言われてしまった。



「ワニオジサマ!どうしてこんなことを?!」



ジンの傍らに立つワニサイラスをベアトリスは悲痛な声で問いかける。



「私の望みは、魔王様をそそのかすお前の死だねぇ」



ワーニになりきったサイラスは魔族崇高主義論を繰り出す。



「私は誰よりも魔族と魔王様を敬愛している。だからこそ、私は人間に懸想する前の魔王様を取り戻したいんだよねぇ。


お前さえいなくなれば魔国には以前の秩序が戻る……よねぇ」



ワニサイラスは真に迫った低い声を出す。意外と演技派だ。



「生贄姫に危害を加えるのは禁止されている。だから、お前『自ら』がパクンに噛まれて死んで欲しいんだ……よねぇ」


「自ら加護を解けということですわね?」


『君は殺されるような目にあうだろう。それでも私の隣は、君のものだ』



魔王様のプロポーズが思い出される。ベアトリスに脅威が迫る状況は予期されていた。



(力を持たぬことが、口惜しいですわ)



ベアトリスはぎゅっと拳を握り締める。



「お前が自ら死なないなら、魔王様に死んでもらうのも致し方ないねぇ」



ワニサイラスが指を鳴らすと、パクンが大きな口を開けて魔王の首筋に歯を添わせた。ベアトリスは鋭い歯にゾクッとする。



「人間王妃を認める魔王様はもう、私が求める魔王様ではないから……ねぇ」


(魔族に治癒の魔術はありませんわ。お強い魔王様であれ首筋を噛まれては致命傷……)


「さあ、どうする?」


「もちろん、私が死にますわ!」



ベアトリスは間髪入れずに答えを述べる。魔王様の死か、己の死かなんて天秤にかける必要もない。惜しみない愛をくれた魔王様のためなら命を張ってこそ、可愛いだ。



「では加護を解いて魔王様に触れてみろ。触れた瞬間、パクンがお前を襲う」


「やってやりますわ」



ベアトリスはくったりした魔王様の前に足をすすめ、自らの手でパクンの蔦を解こうとする。



だが、魔王様に触れようとしても、触れられない。透明の壁がある。



パクンの危険性に反応した初代魔王様の加護様が、守りの壁を解除しないからだ。



「加護様、私は魔王様に触れなければいけません。私を守る壁を解いてくださいませ」



ベアトリスは己を守り続ける指輪に向かって懇願する。



「私のために魔王様が傷つくなんて耐えられませんわ。わが身が可愛いくて震えるだけの女の、どこが可愛いのでしょうか。


私の死で魔王様が助かるなら、噛み砕かれようと本望なのです」



ベアトリスの懇願に、指輪に宿る加護様は無反応である。


生贄姫を守るのが指輪に宿った加護様の使命だ。だが、生贄姫自らが加護を放棄するときだってある。



(愛する魔王様の命を守るために、今、加護様は邪魔ですわ。それがなぜわからないの?)



ベアトリスは初めて加護様に腹が立った。魔族にだって、魔王様にだって、己の前に立ちはだかる相手には啖呵を切ってきた。



それがたとえ、魔族の誰もがへりくだるような初代魔王様の加護様であっても、ベアトリスの態度は変わらない。



正々堂々。


それがベアトリスの貫く『可愛い』だ。



「偉大なる初代魔王様の加護様が相手だからと、今まで散々へりくだって参りました。


祈ったり崇めたり色仕掛けしたりもしましたが、もう終いですわ。飽き飽きいたしました!


いいですか、加護様。あなたは指輪です。指輪の主人は私ですわ」



ベアトリスは左手を前に突き出して、右手でビシッと指輪を指さす。



「あなたの主人は魔国の王妃、ベアトリスです。歯向かうことは許しませんわ」



凛とした声が威風堂々と裏庭に響き渡る。




「いい加減に、私に従いなさい!!」




ベアトリスの激しい命令に度肝抜かれたのは、魔王様と賢者、魔国のツートップである。



(初代魔王様の加護様はジンより高貴なんだぞ?)


(なのに、私の妻!泣くどころか加護様に命令しちゃったよぉ?!)



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