誘拐エリアーナ


明るい青空の下で、エリアーナが花を摘んではアイニャの墓にせっせと飾っていた。アイニャの墓を色とりどりの花で囲み、エリアーナがふんと鼻息を出す。



「どうや、アイニャ。綺麗やろ?ネズミ持ってこようとしたら、先生がそれはあかんって言うから花にしたんや」



うさ耳をしゅんと垂らして跪いたエリアーナは、アイニャの小さな墓を撫でた。



「アイニャ、ごめんな。死ぬなんて思わんかった……うちのせいでホンマにごめん」



エリアーナが金のペンダントを盗んだせいで、アイニャは死んでしまった。アイニャにはもう何百回と謝った。



「あの女には、何て言うたらええんか。うちわかれへんねん」



まだベアトリスには何も言えていなくて、エリアーナは悩んでいた。



「先生はな、話は聞いてくれるんやけど『誠意』を見せるしかないって言うだけやねん」



大雑把な助言に、小さな脳みそ容量でどうやって謝るべきかずっと考えている。



「うちアホやから考えるのは苦手や」



情緒成長期のエリアーナは今、サイラスから考える時間を与えられている最中だ。サイラスは弟子に必要なものを過不足なく与える。



「そうや!!あれがあったらええと思わん?!」



しばらくアイニャの墓の周りをうろついてうんうん唸っていたエリアーナに、天啓が降ってきた。封印術以外をすぐ忘れてしまう脳みそで考え続けたかいがある。



「アイニャが探そうとした金色のペンダント!うちが探してくるわ!うち、魔狼の巣で遊んでたから場所知ってんねん!」



アイニャの墓を覗き込んだエリアーナは、こそっとアイニャにだけ本音を漏らす。



「許してもらわれへんやろうけど、ペンダントだけは返すわ。それが先生が言うてた誠意ってやつちゃうかな?」



アイニャに別れを告げて、エリアーナはメイド服を翻して走った。






エリアーナは薄暗い魔狼の巣に入り込んでいた。奥の深い洞穴で、昼でも暗い。夜目の効くウサギ眼で、エリアーナは魔狼が巣に持って帰っただろう金のペンダントを探す。



「あいつらは光もん大好きや。きっと持って帰ったはず」



顔や手足を土まみれに汚して、エリアーナは必死だった。エリアーナは本物の赤ちゃんで、欲のままに悪いことを繰り返して遊んできた。



ただ楽しかった。誰かに謝りたいと思うことなんてなかった。しかし、生まれながらに持つ赤ん坊の純粋な悪は、時と共に成長して変わっていく。



「絶対みつけるで!!」



掘り返した跡のある地面を片っ端から掘り返し、魔狼が収集した光りものを漁る。薄暗い洞穴でエリアーナは集中し過ぎた。


夜になったことにも、背後の存在にも、サイラスがエリアーナにかけた防護術の数々が丁寧に解かれていくのにも全く気づかなかった。



「あった!これやこれ!やったぁあ!」



エリアーナはついにベアトリスの金のペンダントを発見した。金のペンダントを抱きしめると、うさ耳がしゅんと垂れる。



「これで許されるわけやないけど……でもあって良かったぁ」



エリアーナがメイド服の左胸ポケットにペンダントを入れて立ち上がる。



「よぉっし!一発謝るで!」



勢い勇んで振り上げた両腕を、骨の手ががっしり掴んだ。



「ってなんや?!」



突然、両手が骸骨の手に拘束される。ペンダント探しに必死で気づかぬ間にドクロ族の双子に背後を取られた。



「なにすんねん、スカスカ骸骨が!」


「アホ糞エリアーナだ、オエッ!」


「大丈夫か弟」


「手ぇ離さんかアホ!」



ドクロ族の双子が二人がかりでエリアーナの両腕を拘束すると、すぐに両手首に手枷の魔術具が装着される。



「離せぇええーー!!」



魔術具が発動し、エリアーナの両手首が背中の後ろで拘束される。背中を蹴られて地面に無理やり座らせられた。



「封印使われへんやんかッ!!」



魔術具によって背中側に回った両手ががっちり拘束された。両手をパチンと叩くことから始まるエリアーナの封印術をあっさり封じられてしまう。



「「ここからどうするワーニ?!」」



地面に両膝をついたエリアーナを、縦に長い瞳孔が開いたギョロ目が見下す。ワニおじさん、ワーニは裂けた口から尖った牙をギラリと見せて笑った。



「何すんねん!ワニおじ!!」


「サイラス様がお前にかけた術は全部解かせてもらったんだよねぇ。サイラス様の庇護がなく、封印術を使えないお前は弱いねぇエリアーナ」



地面に両膝をついたエリアーナの前にワーニがしゃがむ。ワーニの鱗まみれのゴツい指先が、エリアーナの白い首筋に触れた。



「勝手に女の子の肌に触ったらあかんねんで!?」



ワーニは、エリアーナの白くてか弱い首筋に鋭い爪をプツリと立て、鎖骨までツツツと赤い線を描いた。



「痛ッぁ!なにすんねんアホ!」


「このまま首を裂かれて死にたくないよねぇ?」



エリアーナの白い首筋に赤い傷が入る。傷口から血が流れて、鎖骨を伝ってメイド服の胸元を赤く濡らした。エリアーナは痛みと赤い血にゾッとした。



(嫌やナニコレ、痛い、怖い)



封印術を身につけたエリアーナはアホアホ言われつつも襲われたことはなかった。実際強かったからだ。



だが、両手を奪われるだけでこんなにも弱い。知恵のある相手には為す術がない。このまま首筋を裂かれる恐ろしさにエリアーナのピンク眼から涙がこぼれた。



(先生、助けて……いやや、うちこんなん怖い)


「言うことを聞いてもらおうねぇ。賢くできるかねぇ?」



裂けた口から鋭く尖った歯を覗かせて厭らしく笑うワーニは、指先についたエリアーナの血をベロリと舐める。エリアーナは震えながら静かに頷いた。










エリアーナが連れ去られた夜、賢者サイラスは自室で待ちぼうけをくらった。



「エリアーナが来ない」



エリアーナはサイラスとの約束は忘れない。それだけでサイラスはエリアーナの身に起こったことを察す。



「チィイイイッッ!」



子どもの顔したサイラスの口から殺意が高過ぎる舌打ちが繰り出され、子どもの口から出たとは思えない地を這う声が響いた。



「エリアーナに触れた奴は、滅す」



サイラスの黄緑色の目から、光が消えた。



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