ガンギレ賢者様


深夜のジンの寝室にて、ベアトリスとジンは夜の生き血茶会に勤しんでいた。


日課の茶会で、一時ぷるんの姿を消して夫婦二人きりの時間を満喫するのがジンの楽しみだ。妻を愛でていると



突然、寝室の扉が吹っ飛んだ。



「キャア!」


「ぷるん!」



ぷるんがベアトリスを体に取り込み、扉の破片を跳ね返す。ジンもベアトリスを背に庇った。襲撃の埃の向こうで気配を隠すどころか威嚇殺戮オーラを存分にまき散らす相手に、ジンは声を張り上げた。



「サイラス!どういうつもりだい?!深夜だよ!?」


「エリアーナはどこだ」



サイラスの眉と目がつり上がり、黄緑色の目が充血して痙攣する。いきなり魔王の寝室の扉を吹っ飛ばすイカれっぷりだ。



「いないな。チィイイッ!!」



サイラスから殺意が高過ぎる舌打ちだけで、寝室の花瓶が吹っ飛んだ。ジンの顔を掠めた。



((賢者、怖ぁああ!!))



ジンはベアトリスをぎゅっと抱きしめた。賢者サイラスのガンギレ、ガチ怖い。



「ツノで聞いてみたけど、魔王城の中にエリアーナの声はないよ」



半壊した寝室のベッドで、ぷるんに加護された魔王夫婦は身を寄せ合う。サイラスの顔の痙攣は止まらず、怒りで魔術を使わなくても壁にボコボコ穴が開く。



「エリアーナには居場所がわかる魔術も、防護術も何通りもかけてある。だが、全て無効化された。相手は珍しく知恵も技術もある」


「相手?エリアーナ様は誘拐されたということですか?」


「エリアーナが誘拐されたら魔国終焉の危機だ」



サイラスの魔力が揺れる。魔力を認知できない人間のベアトリスでも腹の底がビリビリした。



「エリアーナを誘拐か。確かに知恵も策略もあるね」


「僕がエリアーナの警護にかけていた魔術を全部かいくぐるズル賢さもだ。忌忌しい」



ジンはベアトリスの肩を抱きよせて、眉を寄せた。サイラスも珍しく参ったと額に手を置いてため息をつく。状況を把握したジンがサイラスに素早く指示を出す。



「魔国民を集めて、魔王城は私が防衛する。サイラスはクロコダイル族の治める封印各所を回ってエリアーナを探してくれ」


「承知した。最悪の事態を想定して動くべきだろう」



淡々と魔王とこれからの動きを確認したサイラスは、ベアトリスに顔を向けた。パチンと目が合う。



「僕がいない間、お前がジンを助けろ」


「私で良いのですか?」


「僕は人間を好かないが、評価は公平にだ。今まで師事して、お前は気丈で頭が良いとわかっている。王妃としてよく働けると僕は判断した。


しっかりやれ、ベアトリス」



サイラスが踵を返しパチンと指を鳴らすと、忽然と姿が消えた。返事をする前に消えてしまったサイラスの命令に、ベアトリスは目を丸くする。



「は、初めて名前を呼んで頂きましたわ」


「サイラスが人を褒めるなんて100年に一度だよ。王妃として資質は認めてもらったね」


「期待に応えなくてはなりませんね」



ベアトリスは拳をぎゅっと握って、師からもらった任を全うする覚悟を決めた。ジンに腰を抱かれて、二人は半壊した寝室を後にした。





魔王執務室への石廊下を足早に歩きながら、ベアトリスは考える。



(エリアーナが誘拐されると魔国が終わるとは、どういうことなのでしょうか?)



深く考えたベアトリスはジンに答え合わせを求めた。



「魔王様、エリアーナ様は稀に見る封印術の使い手でいらっしゃいます。つまり、厳重な封印を解く技術もあるということですわね?」


「さすが、我が妻は賢いね」



ベアトリスは王妃教育で培った知識で、最悪の状況をきちんと予期することができた。



「エリアーナ様によって、封印された歴史の脅威が解放されてしまう。歴代最強と名高い竜族『カオス』の復活もあり得る……」



ジンは前を見据えて足を進めながら頷いた。



「魔王様たちには犯人に目星が?」



ジンは迷いなく指示を飛ばし、サイラスは即時対応した。二人には言わずとも共通の答えがあった証拠だ。



「犯人は魔族崇拝主義だ。動機は魔国の大部分を破壊することになっても『人間王妃を殺したい』だろう」



ベアトリスはゴクリと息を飲んだ。



「私が君に直接危害を加えることを禁じたから『カオス』を復活させて君を巻き込んで葬る策だ。悪知恵がある」



魔国全土を破壊する魔物の封印を解いてはいけない。などとイチイチ魔王様は命令しない。そんなもの不文律だ。


魔王様の命令には逆らってませんよ?という屁理屈を通す気なのだ。ベアトリスはグッと顎を引いて、現状を飲み込む。



「王妃として誰からも認められていませんからね、嫌われ者の私は」


「だが、私の認めた王妃だ」



燻ぶっていた「弱い人間王妃を認めない」問題がついに実害として動き出した。


ベアトリスが強い王妃として認められたいという努力は間に合わなかった。



「君は悪くない。収めきれなかった私の力不足だ。だが始まったものは止まらないからね。ここからは夫婦らしく共に戦おうじゃないか」


「力の限り尽くしますわ」



魔王執務室にたどり着く。手を握りあった魔王夫婦は夜の楽しいお茶会から一転、殺伐とした魔国防衛作戦に挑むこととなった。







エリアーナはある鍾乳洞に連れてこられた。鍾乳洞の一角に封印石が鎮座している。



「お前にはこの『カオス』の封印を解いてもらおうねぇ」



跪くエリアーナの頭を、ワーニが鱗で覆われた太い足で踏みつけた。



「うぐぅ」



エリアーナは頭を踏まれ、地面を舐めさせられる。口の中が砂でジャリついた。



「封印術も知識としては学んでいてねぇ。もし、違う詠唱をしたらすぐに首を掻っ捌くからねぇ」



先ほどワーニに傷つけられた首からまたジワリと血が滲む。エリアーナは涙が止まらない。痛みと惨めさに、ジャリつく口の中を噛んだ。



(死にたくない。先生、うち言われた通りにしてええん?)



エリアーナはサイラスに、脅された時は相手に従えと教えられた。サイラスはエリアーナの命が第一だからだ。



『うちが封印解いたら怖い奴が出てくるんやで?ええの?』


『大丈夫だよエリアーナ。僕が何とかする。お願いだから生きて帰ってきて』



サイラスの優しい笑顔が思い浮かぶ。



(うち、アイニャを殺して、こいつ復活させて、悪いことばっかりして……それでも生きようとしてごめん……ごめんなさい)



首を真っ赤に染めたエリアーナは涙を零す。砂でジャリジャリの口で、カオスの封印を解く逆詠唱を始めた。




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