誓いを立てる生贄姫


魔王ジンが執務室にてツノを鳴らした。


ジンのツノは盗聴機能にとどまらず、魔国中の魔族の脳内へ直接命令を送ることができる。



『魔王城へすぐに来い』



理由説明など一切ないシンプルな入電に、言葉を理解する魔国民たちは動き出す。理由がなくても「魔王様のご命令なら」と動けるのがアホ魔国民の良いところだ。



緊急時の避難所として魔王城は機能する。魔王城に各地から続々と多種多様な種族が集えば、そこら中でモメ事が起きていた。



「お前、今肩ぶつかっただろうが!」


「狭いんだから仕方ないでしょ!そんなこともわかんないの?!」


「てめぇ!俺の分の骨を食っただろう!」


「知らないわよ!アンタが食べたのは自分の骨じゃないの?!」


「自分の骨食う奴がいるかぁ!って骨一本足りないんだけど?てめぇ、俺の骨食っただろう!」


「知らないわよ!」



ジンはツノで魔王城内の喧嘩をいくつも同時に察知する。



魔王執務室で椅子に座ったままパチンと指を鳴らしてアホ魔国民どもを何十人も一度に壁に貼り付けて仲裁した。魔国民はアホなのでしばらく壁に貼り付けておけば、喧嘩は自然と終わる。



「魔王城内が物々しいですわね」



魔王執務室にて、ジンの手伝いに奔走するベアトリスは城内の異様な雰囲気を察していた。



「一気に戦時中だ。仕方ない」


「サイラス様が留守の分まで私が働きますわ」



魔王の補佐として、今までサイラスに教えてもらった知識が存分に役に立っていた。パチンパチン指を鳴らし続け働きづめのジンに、ベアトリスは生き血ジュースを差し出す。



「魔王様、休憩なさってはどうですか?」


「ありがとう、支えてくれる妻の存在は頼もしいね」



ささやかな心遣いにジンのみぞおちがゾクゾクする。サイラスなら休めどころか、倒れても踏みつけて働けと言う。こんな時でも幼い妻が劇的に可愛い。



ジンがパチンパチン鳴らす指を止めて、ベアトリスの手首をつかんだ。



「ベアトリス、お願いがある」


「なんでしょうか。魔王様のためならこのベアトリス、誠心誠意尽くしますわ」


「君の気が強くて頼もしいところに、心底惚れているよ」



魔王執務椅子から立ち上がったジンは、ベアトリスを引き寄せて金の波髪を撫でた。



「ここから私は前線に立つことになる」


「魔王様、自らですか?」


「アホ魔国民が烏合の衆で戦っても、カオスに勝てはしない。私が前に立つのが一番被害が少なくて良い」



ベアトリスはサイラスの講義で聞いた『今の老いたジンなら負け』の言葉が脳裏に浮かび、眉を下げた。



(この戦いで、もし魔王様が死んでしまったりしたら……)



愛する人の死の可能性に身がすくむ。顔をしかめるベアトリスの優しい心情を察して、ジンのみぞおちゾクゾクが止まない。愛しい人に想われるのは快感だ。



「私が戦いに出る間、王妃の君には魔王城を守って欲しい。加護様と共に」


「魔王城の防衛ですわね」


「加護様は初代魔王様の力の一部を受け継いでいる。だがそれも消費し続ければいつかは尽きる。加護様の防衛には限界があるんだ」



ジンの神妙な声を聞いて、ベアトリスは現状の危機をひしひしと身に浴びていた。



(今までぷるん様に物理的に防衛できないものはありませんでしたわ。ですが、その限界を突破させるほどの脅威を魔王様は想定していらっしゃるのね)


「加護様に頼るだけでは時間とともに不利になる。加護様の展開と同時に、私は前線に立つよ」


「ぷるん!」



ベアトリスの肩の上に住まう加護様ことぷるんは、バインと体を揺らしてやる気満々だ。



「サイラスの帰りを待ちたいところだが、相手は待ってくれないからね」


(ついに私の肩に王妃としての役目が……とても、重いですわ)



ジンが前線に立つ間、魔国民の命を預かるのが王妃の役目だ。



「ベアトリス、私は君を最も愛している。だが私は魔族の王で、アホ可愛い魔族を守る使命があるんだ」


「『アホ可愛い』は私の中にない概念ですわ」



クスリと笑うジンに釣られて、ベアトリスも笑ってしまう。



「我が妻は気高くあろうとする強い姿が可愛い。だがアホ魔国民が、アホのまま強い者を純粋無垢に慕う様も可愛いだろう?」


「魔王様の可愛いは範囲がお広いです。でも、私と魔国民の皆様は魔王様を慕う仲間同士だということはわかりましたわ」



ふふと柔らかく微笑むベアトリスの頬を、ジンは冷たい指先で優しく撫でた。



「留守中、私の国民たちを頼むよ、我が愛しの王妃」


「必ず魔国民の皆様をお守りすると誓いますわ」



二人は凛々しく微笑み合い、国民を守ると誓い合った。ベアトリスは授かった愛に忠実な女だ。



「愛する人の願いを叶えるためなら、どんな困難にも立ち向かいます」



それが魔国の人間王妃、ベアトリスの愛の示しだ。








暗い鍾乳洞の奥。カオスの封印石の前で、双子のドクロは緊張にオエオエしていた。

ワーニはぶ厚い舌で舌なめずりする。



「カオスがいよいよ復活だねぇ」



ついにエリアーナの逆詠唱が終わり、封印石にヒビが入った。エリアーナが絶望と共にヒビ割れた封印石を見上げる。

   


「先生、うちホンマにやってしもた」


「いいんだよエリアーナ。僕が来るまでよく頑張った」


「先生?!」


「サイラス様!?」



ワーニは忽然とエリアーナの背後に現れたサイラスに驚き、ギョロ目が取れそうになる。



「最難度の不可侵魔術を何重にもかけてたはずだよねぇ?!」



ワーニは復活の儀に邪魔が入らないように、不可侵を強いる魔術を怠らなかった。なのにサイラスは突然現れた。


ワーニが気づかないうちに魔術を全て解除されたのだ。ワーニがエリアーナにかかった防護魔術を解いたように。



「いきなりここに現れるなんてありえないよねぇ?!」



エリアーナの手首に巻かれた魔術具を即破壊したサイラスは、瞳孔が開いたままワーニを睨む。



「術者に気づかれずに術を解除なんて小技、お前にできて僕にできないわけがないだろ?」



サイラスが背に庇ったエリアーナの傷ついた首筋をチラリと確認する。冷えた声が鍾乳洞に響き、ワーニの背筋がゾクリと終わりを悟った。



「さ、サイラス様、まずは話を」


「お前は魔王に仇を成し、彼女を傷つけた。魔族崇高主義者の成れの果て。主張を聞く気も論議する気もない。賢者の名のもとに、極刑だ」



賢者サイラスの指がパチンと無情な音を鳴らし、ワーニの首があっさり飛ぶ。



「本来の魔族崇高主義とは、どんなに不本意であろうと魔王の命令を常に叶えることだ。この、僕のようにな」



サイラスの子ども顔に血潮が降った。

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