煽り上手な生贄姫


背後に現れた魔王様を見て、ベアトリスは今さらジンの盗聴趣味を思い出す。



「全部聞いてましたの?!」


「もちろん」


「もう、私ったら恥ずかしいことしかしてませんわ!」



ベアトリスはまた膝に顔を埋めた。頭上から魔王様のクスクス笑いが降る。ジンが隣に座り、ベアトリスの頭を優しく撫でた。



「優しくされると泣きそうです」



ベアトリスはジンのナデナデに涙腺が緩む。



「魔王様に軽蔑されたらと思うと、気が気でありませんでしたわ」



絶対泣かないと豪語していたベアトリスが、恋するとこんなに簡単にウルウルしてしまう。



「異種間の文化の違いだ。私も説明が足りなかったね。君は何も悪くない」


「それでもキスして欲しいって勝手に怒ったりして、とんだ赤ちゃんでした。怒っていますか?」


「私の幼い妻が可愛過ぎて困っただけだよ。怒りなどまるでない」



ベアトリスが涙顔を上げると、ジンの慈しみに満ちた視線が注がれる。ジンの顔が優し気に緩んだ。



「私の魔王様は本当にお優しいのですね」


「優しいのは我が妻にだけだよ」



ベアトリスが安心して顔をほころばせると、ジンはベアトリスの金色の波髪を一房指に絡めた。



ジンがベアトリスの髪を細い指にくるくる絡めて、指先で慈しむ。髪先まで愛されてベアトリスの心臓が落ち着かない。



「私たちはそもそも種族が違い、文化が違い、思想も感覚も違う。だが、愛しい気持ちだけは常に共通している」


「間違いありませんわ」



愛を伝え合ったのは、揺るがない事実だ。お互いに愛しく見つめ合って微笑み合う。



「仲直りの儀式を定めようか」


「儀式ですか?」


「私たちの間でどんなに意見が食い違い、ぶつかった時でも君が『この言葉』を言えば、私は全てを許す。そういう儀式だ」


「私は……なんと言えば?」



ジンが歩み寄る言葉を、ベアトリスは耳に焼き付けた。



「可愛くてごめんあそばせ、と」



思わず破顔したベアトリスの自然な笑みにジンは満たされる。



「それでいいのですか?」


「君が最高に可愛くて愛しいと刻みつけられる、私のお気に入りの言葉だ。儀式に了承するかい?」


「もちろんですわ」



アイニャの墓の前で、二人でクスクス笑いあった。ジンが立ち上がりベアトリスに冷たい手を差し出す。ベアトリスはその手を取り、立ち上がった。



「手を繋ぐのも、実は早いのですよね?」


「私は君に対してかなり早計だ。これ以上の加速は私の矜持を持って止めたい」


「大事にしているからと解釈してもかまいませんか」


「紛れもない事実だ」



二人は手を繋いで、お互いが大事に想い合っていると確認し合った。二人は並んで魔王城へと歩き始める。


ベアトリスはふと思い立ち、立ち止まってジンを引き留めた。



「あの、魔王様、少し屈んで頂いてもよろしいですか?」


「なんだい?」


「尖ったお耳を貸して欲しいのです」


「いくらでも」



ジンはベアトリスの隣で腰を屈めて顔を低くした。ベアトリスの顔の高さに下がる尖った耳に、ベアトリスは甘く囁きかける。



「魔王様」


「ん?」


「貴方様の幼い妻が、可愛くてごめんあそばせ?」



ベアトリスがふっと息を吹きかけると、ジンの耳が急に熱を持ってピクピク騒いだ。みぞおちのゾクゾクが背を通って腰にクる。


慌てて耳を手で覆ったジンに、ベアトリスはしてやったりと華麗に笑った。



「これで仲直りの儀式は完了ですわ!」


「私の妻は悪戯好きで困ったな」



ジンは熱を持つ尖った耳を手で擦る。頬さえもうっかり朱に染まってしまった。



「私を煽るのは大概にしてくれ奥様」


「一度、痴女ってしまいましたから、ベアトリスには怖いものがありませんことよ。どんどん煽らせて頂きますわ、旦那様」



ベアトリスが仲直りと悪戯成功にクスクス笑って、魔王城へと先に歩いて行く。スカートを翻して振り返ったベアトリスは大きな声で宣言した。




「魔王様、ベアトリスは王妃ですわ!魔国に入れば魔国に染まります!」




ジンは輝かしいベアトリスの美しさを受けて、未だに熱い尖った耳がピクピク動くのを手で抑えつけた。




「魔王様にキスしてもらえる日を待ちます!でも、あまりに待ち過ぎてシワシワになっても困るので、煽るのはやめませんわ!」




手を出さない超年上旦那様を、幼い奥様は強気で煽る。可憐に笑うベアトリスは軽快にスキップして魔王城へ向かった。




「参ったな、全く……煽り上手な奥様だ」




ジンはベアトリスの背中を見つめて甘いため息をついた。今すぐハチャメチャに愛したくなるほどに、幼な妻は可愛い。









夜は可愛い妻と楽しい生き血茶会を過ごし、翌朝元気フルスロットルで魔王様が執務室に出勤した。ご機嫌な魔王様に、サイラスは吐き捨てる。



「機嫌がイイと、それはそれでダルい」


「サイラスは文句言わないと気が済まないからね。性悪ジジイの特徴だよ?」



魔王専用の執務椅子に座り足を組んだジンが、さっそくサイラスに指示する。



「エリアーナと、あとワーニを呼んでくれ」


「ワーニも?」



ワーニとは、クロコダイル族の知者と呼ばれる屈強な戦士のことだ。



通称、ワニおじさん。



ベアトリスが魔王城内を歩くと、決まって通りすがりに「早く死んで欲しいねぇ」と呪いを言い残すあのワニおじさんだ。



「大事な命令を、直々に伝えようと思ってね」



ジンの人選は、いまだ執拗に生贄姫に害を成す二人である。サイラスは人選からジンの命令に察しがついた。



「ワーニがぶちキレる様が目に浮かぶ」


「荒れる会談になるのは、間違いないだろうね」



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