独占命令の魔王様


魔王に呼ばれたうさ耳メイドのエリアーナが、ウキウキ参上する。



「うちが盗った金のペンダントで、あの女がギャン泣きしたこと褒めてもらえるはずや!」



エリアーナがわくわく魔王執務室に入る。魔王椅子に座るジンの右側にサイラス、その前には屈強な身体のワニおじさんが揃っていた。



「ワニおじやん。どうしたん?怒られたん?」


「アホエリアーナとは永久に話したくないねぇ」



エリアーナがカチンときて騒ごうとしたが、サイラスが指を鳴らして口を塞いだ。魔王様がさっそく用件を伝える。



「今日呼び出したのは禁止命令を伝えるためだ。全魔族に対して、生贄姫を泣かせる行為を禁止する」



ワーニの爬虫類独特の縦長な瞳孔からスッと光が消える。


魔王様の寿命を延ばす生贄姫の涙を、奪わない魔族がいるか。そう顔に書いたワーニにジンはにこりと笑った。



「ベアトリスを泣かすのは、私だけだからね」



ジンはベアトリスの涙を反芻する。



喉の癒える美味な涙に、


強気なベアトリスのとびっきりか弱く可愛い泣き顔、


それをジンにだけ晒す愛しさ。



全てを反芻し終える頃には、つい顔がにやけてしまう。ベアトリスの涙を浴びるほど舐めてから、ジンは若返ったような気持ちさえする。



美味しい妻の涙を独占するために「生贄姫を泣かせるな」命令が発令された。


魔王様の独占欲を満たし、ベアトリスを守れる。一石二鳥だ。



「魔王様が泣かせて追い返すから、余計な手は出すなということだねぇ?」



ワーニの確認に、ジンは首を横に振った。



「いや、もうベアトリスは人間国に帰さない。正式な王妃とする」



ワーニが縦長の瞳孔をかっぴらく。



「愛してしまったんだ。もう誰にもやらないよ」



鱗の鎧を着た屈強なワーニが、ズイと魔王の執務机に近寄った。



「人間に懸想して、人間を王妃に?魔王様、失礼ながら正気かねぇ?」



ワーニの低い声に、ジンが頷く。


次の瞬間、ワーニの威圧だけで執務机がべっこりへこんだ。



「魔族は純血崇高であるべきだよねぇ」



ワーニが話すたびに、執務机が潰れ、ぺったんこになる。



「人間なんて何の価値もなく、魔族こそが至高なのは明らかだよねぇ?」


「私の執務机が御臨終したよ、ワーニ」



ワーニの血走った目が激昂を主張する。



「人間王妃なんて絶対に許すべきではないねぇ」


「人間を王妃として認めない熱烈な意見は伝わった。しかし、生贄姫を泣かすために危害を加えるのは禁止する。この魔王からの命令だ」



いくら不本意な命令であっても、魔族にとって魔王の命令は絶対だ。



「魔王様の命令だからねぇ……泣かすの、止めようねぇ」



左右に裂けた口から覗く牙を噛みしめたワーニは、長い尻尾を引きずって退室した。


ワーニが消えた扉をサイラスがみつめる。



「ワーニのような魔族崇高主義に、生贄姫を泣かすなは屈辱的な命令だな」



魔族と人間が仲良くなんて言語道断!人間は下等!魔族こそ至高の生き物!の魔族崇高主義は一部で色濃く息づいている。



その代表が陰湿ワニおじさん、ワーニである。



アホ脳筋が9割以上を占める魔族において、ワーニは珍しい知者だ。優秀さと偏った思想を兼ね備えたものは危険を孕む。



「血迷ったことをしなければいいが」


「ワーニは優秀な男だよ。魔王には従う。大丈夫さ」



ジンはサイラスににっこり笑う。厄介事を起こせば容赦なく滅す。だが、それまでジンは基本的に信じる立場をとる。


魔国民は敬愛する魔王様の命令に従う。


魔王は魔国民を守る。


そのシンプルな秩序が魔国の均衡を保っているからだ。



「でもワーニのような魔族崇高主義にも認めてもらえるように、我が妻に強さは必須だ。頼んだよサイラス」


「ちょっと、魔王様!うち全然話わからんねんけど!」



話が難し過ぎて飲み込めなかったエリアーナが、やっと発言権を得る。今までサイラスに口を塞がれていた。



エリアーナにはさらに別件があった。



「ベアトリスから大事な金のペンダントがなくなったと聞いた。盗ったのはエリアーナかい?」



ジンがエリアーナを問いただす。



「そうやで!褒めてくれてええんやで!魔王様」


「そのときの状況を説明しなさい」



美貌の魔王様がひんやり睨むと、エリアーナはきょとんとする。



「あの人間の部屋に入って、盗って捨てただけやで?もうどこいったかわからん」


「使い魔はそれを見ていたのかい?」


「アイニャ?見てたよ?」


「おそらくそのペンダントを探しに出たのだろう。使い魔は、死んだ」


「え?ウソ……アイニャが?」



エリアーナはあの時アイニャがジッと階下を見つめていた姿を思い出す。エリアーナの反応が鈍ったことにサイラスだけが気づいた。



「私の当初の命令の元にやったことだ。今回は不問にする」



エリアーナは「生贄姫を丁寧に泣かせ」という、ジンの命令に従って行動した。


椅子から立ち上がったジンは、エリアーナのうさ耳を両耳ひとまとめにギュっと片手で握った。



「ひゃぁ!」



エリアーナはへなへな力が抜けてしまう。ジンがへなへなのエリアーナを冷たい瞳で睨みつける。



「これからベアトリスを傷つけることは一切許さない。次はないよ、エリアーナ」


「ふぁい、まおうしゃま」



ジンがエリアーナの耳が千切れるほど強く握ってから手を離すと、エリアーナはくったり地面に寝転がった。






ジンが去った執務室で、不問と言いつつお仕置きされたエリアーナはその場に座り込んでいた。しゅんと耳が垂れたエリアーナにサイラスが優しく声をかける。



「エリアーナ、どうかした?まだ耳が痛い?」


「ちゃうねん先生、あのな……うち、アイニャと友だちやってん。死ぬなんて思わんかった」



垂れ耳エリアーナは、目に涙を溜めた。



「アイニャと一緒に狩りして遊んで楽しかって……あの子、ホンマにええ子やってん。うちがペンダント捨てたせいであの子、死んでしまったん?」



ウサギ眼から、ぼろっと大粒の涙が零れ落ちた。



「先生……うち、悪いことしてしまった」



赤ちゃんエリアーナに初めて罪悪感が生まれた瞬間だった。



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