成長期のエリアーナ


魔王執務室の床に座り込んでぼろぼろ涙をこぼすエリアーナに、サイラスは釘付けだ。



(今まで僕の入れ知恵で、散々悪いことをしてきたのに。今回の件はエリアーナに響いたのか)



エリアーナの情緒の成長に、サイラスは驚いてしまった。



「反省、してるのか?」



エリアーナが頷くのが素直で可愛い。サイラスの尾てい骨がキュンする。悪人顔でヒャッハーするエリアーナも大好きだが、手がかかる可愛い子の成長は美味だ。



「うち……あの女に謝らなあかんと思う」



サイラスはエリアーナのピンク眼から落ちた涙を指ですくう。涙の小瓶に溜めておきたい尊さだ。



「うち、誰にも謝ったことない。どうやって謝ったらええん?先生教えてくれる?」



賢者サイラスなら、謝る方法など百通り思い浮かぶ。だが、賢者なればこそ、弟子から手を離す瞬間も心得ている。



(エリアーナは伸び盛りだ。変わろうとする彼女を……一番近くで見ていたい)



サイラスはエリアーナのふわふわ耳を優しく撫でる。



「この問題は、エリアーナひとりで考えてみようか」


「うちにできる?」


「できるよ、エリアーナなら。僕もついてる」



ピンク眼を腕でゴシゴシ拭いたエリアーナは、顔を上げた。アホだからこそ、空っぽだからこそ、素直に変わっていく彼女はこんなにも愛おしい。







王妃教育場所である魔王城の裏庭で、ベアトリスは今日もパクパクされていた。



(今の課題は、私が初代魔王様の加護を使いこなして、パクンを裏庭から追い出すことですわ)



パクパク中のベアトリスは、裏庭に置かれた勉強机の前でサイラスの野外講義を受ける。


(でもパクパクのままの授業は……サイラス様の趣味では?)



パクパクに何時間耐久できるのか。加護の強度実験をしながらの講義だ。サイラスは時間を無駄にしない。



「最強の魔族として恐れられているのが、竜族の『カオス』だ」


「竜族とは、ドラゴンですね。ドラゴンは言葉を理解しない野生型でしたよね」



パクパクベアトリスはぶ厚い魔族の歴史書に描かれた赤いドラゴンを見つめた。



「竜族に交渉は無意味。強過ぎるので抹殺は諦めて、今も封印に甘んじている」



サイラスは竜の特性、殺すために用いる竜剣の弱点など細かい情報を授ける。



学生時代に嫌われ者の先端を走ってきたベアトリスは、成績で舐められないように勉学は怠らなかった。


ベアトリスにとって勉強は得意分野だ。勤勉な弟子のベアトリスは、サイラスに問う。



「カオスが最強と言うならば、魔王様よりお強いということでしょうか?」


「全盛期50歳のジンなら互角、老いた今のジンなら負けだな」



ぶ厚い本を閉じたサイラスは淡々と答える。



「魔王様は老いておられるのですか?」


「老いてなければ、寿命を延ばす生贄姫の涙などいらない」



それはそうだとベアトリスは腑に落ちる。サイラスの回答は実に端的だ。



「魔王様の寿命って、生贄姫の涙がなければどれくらいですの?」


「100年だ。魔王族はその強力な性質と引き換えに、魔族の中でも命が極端に短い」



魔王ジンは現在500歳超えだ。ベアトリスはあの美しい旦那様がすっかりご老体だと知って目を丸くした。



「何かと引き換えに、何かを得ているのが魔族の特徴なのですか?」


「正解だ。僕は身体が子どものまま成長せず腕力も人間の子ども程度しかない。だが、賢者の頭脳とあらゆる魔術を操る。


エリアーナは至極可愛いが」


(偏見が入りましたわ)


「彼女は情緒発達が幼く、理性型魔族なら誰でも使える基本的な魔術が使えない。だが、封印術だけは天才的だ」



ベアトリスは学んだことを紙に書きこみ、ふと気づく。



「では、私も何かと引き換えに、初代魔王様の加護を使いこなすことが可能なのでしょうか?」


「僕はその可能性が高いと考えている。だが、初代魔王様の加護がお前に何を求めるかは未知だ。色々と試そう。そう、イロイロとな」



サイラスが研究者としての好奇心を抑えられずにニヒヒと気味悪く笑う。



「さあ、初代魔王様の加護様を使いこなせるように、今日の実験を始めよう」



実験体のベアトリスは、楽しそうなサイラスを冷ややかな気持ちで見つめた。


だが、ベアトリスは切り替えて立ち上がり、宣言した。



「私は魔国の王妃です!何でもやってやりますわ!」


「活きの良い実験体だ」


「王妃です!」



ベアトリスは王妃として加護様を使いこなす必要がある。サイラスの指示により、加護様を使いこなすための実験に気合十分で取り組んだ。



裏庭にベアトリスの声が響き渡る。



「あ~初代魔王様の加護様〜!お願い〜申し上げまする〜!祈りと引き換えに~何卒お力をお貸しくださいませ〜!」



ベアトリスは恥をかなぐり捨てて、地に頭を擦りつけ、加護が宿る指輪を崇め奉った。



(常に高みを目指して研鑽しているかどうか。その姿勢が『可愛い』ですわ!)



滑稽な姿でも、その心意気は可愛いのだ。ベアトリスはまだまだ頑張る。



「初代魔王様の加護様♡ベアトリスが可愛くてごめんあそばせ!ベアトリスの可愛さと引き換えに、ぜひ力を貸して欲しいですわ♡」



指輪にキスしたり色仕掛けする実験に懸命に取り組んだ。ベアトリスの愉快な姿を、サイラスが大いに笑い飛ばす。



「ケッケケケケケ!」


「サイラス様!本当にこんなことで加護様を使いこなせるのですか?!」


「魔族の力を使役するためには、祈りや対価を捧ぐのが基本だ。端から試すしかない。他に代替案があるのか?言ってみろ」


「ぐぬぬぬ……思いつきませんわ」



片っ端から実践するしかない。サイラスの指示で、今度は指輪に謝り倒す。



「初代魔王様の加護〜!本当にごめんなさい~!」


「ケッケケケケ!」



真剣に滑稽なベアトリスに、サイラスが楽しそうに笑う。


そんな可笑しな裏庭をうさ耳エリアーナがジットリ睨んでいた。



「あの女に謝ろうかと思ったのに!何で先生と楽しそうに遊んでんの?!先生はうちだけの先生やのに!」



嫉妬爆発エリアーナが、ズカズカと裏庭に乗り込んできた。



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