置いてきぼりの生贄姫


エリアーナがズカズカと裏庭に乗り込んできた。サイラスがエリアーナの登場に即反応する。



「エリアーナ?まさか使い魔のことを謝りに……?」



エリアーナはサイラスを素通りして両手を合わせてパン!と鳴らした。



「って、違ったか」



エリアーナの封印呪文詠唱に伴って、裏庭中のパクンが透明な箱の中に圧縮される。


指輪に謝り倒して地面に這いつくばっていたベアトリスは、封印術の展開にあんぐり口を開けた。パクンが透明箱にぎゅうぎゅう詰めにされ、裏庭は静まり返る。



「これが封印術?すごいですわ」



エリアーナはパクンをあっさり撃退し、涙をいっぱい溜めたピンク眼でサイラスを睨む。



「先生!うちより他の女と遊ぶん?!先生はもう、うちのことなんていらんねんやな!」


(え?!嫉妬カワワワー!!)



大きなピンク眼からぼろぼろ涙がこぼれ、サイラスの尾てい骨がキュンキュンする。



(エリアーナの情緒成長が目覚ましい。一瞬たりとも見逃せないな)



サイラスの50年の片思いがやっと前進を見せる。これこそゆっくり育てる魔族の恋の醍醐味だ。



(え、突然、痴話げんか劇場が始まったのですが……王妃教育は?)



地面に這いつくばるベアトリスは、呆気に取られる。


ぼろぼろ泣くエリアーナの手を握って、サイラスはとびっきり可愛い子どもの笑顔を見せた。



「僕にとっての可愛い弟子も、目に入れても痛くない女も」


「さすがに目に入れたら痛いで先生!」


(ツッコむところではないですわエリアーナ様!)



垂れ耳リアーナが口を膨らませてツンとする。サイラスは余裕の笑みだ。嫉妬も抜群に可愛く感じる年の功である。


すっかり二人の世界から弾かれたベアトリスは見守るしかなかった。



「愛してるのも全部エリアーナだけだ」


「ホンマに?」


「寂しい想いをさせて悪かった。今から一緒に遊ぶ?」


「うん!!」



エリアーナがサイラスを力いっぱい抱きしめると、サイラスは両足が浮く。ふよふよおっぱいに顔面が埋もれて、エリアーナに嫉妬してもらえて。サイラスは長寿に終わりが来そうなほどの幸福を味わった。



「エリアーナ、パクンの封印を解いてくれ」


「ええで!」



コロッと機嫌が直ったエリアーナは逆詠唱を始めて、パクンの封印を解く。封印解除は口頭のみだ。ベアトリスがハッとする。



「サイラス様!またパクパクがスタートですの?」


「パクンを裏庭から退けるのが、お前の課題だ」



サイラスとがっちり手を繋いで、ご機嫌のエリアーナはベアトリスにあっかんべーする。



「ええかパクンも追い返されへん弱々女!先生はうちのんやから手出すなよ!」



ベアトリスは真顔だ。言いたいことが多いのだが、黙った。口にすること、しないことの選別に品が出る。



(エリアーナ様、私にマウントを取る必要はないですわ。サイラス様なんて私から見れば、性悪ジジイそのものですのよ?!)


「ほなな!パクパクされとき!」



悪気はないのだが、アホエリアーナはベアトリスへの謝罪をすっかり忘れていた。



エリアーナは封印呪文の暗記にのみ、頭の容量を全部使っている。なので、その他に関する頭の容量がほぼない。



「細胞、僕は急用だ。この紙に書いてある方法を全部試して、加護様に力を貸してもらえ。自習だ」



サイラスはベアトリスに実験項目の紙を投げつける。そして、ニヤニヤ笑みを浮かべてエリアーナと手を繋いで去っていった。








夜のジンの寝室にて、ベアトリスは生き血ジュースを飲み干した。にこやかなジンに向かって、ベアトリスは今日を熱く語った。



「急用ってデートですわよ?!自習という名の放置です!しかもあの子どもジジ……いえ、賢者様は実験と称して完全に私で遊んでますわ!」


「私はがんばるベアトリスの可愛い声のおかげで、仕事がはかどったよ?」



加護様に認めてもらえるよう奮闘したベアトリスの声を魔王様はしっかり聞いていた。散々楽しませてもらった後である。



「また盗聴……でも王妃として魔王様のお役に立てたなら光栄ですわ。


私はこんなに苦戦しているのに、エリアーナ様はあっさりとパクンを退けてしまいました。力のない私は、魔国の王妃としてダメですわね……」



戦闘面においてだが。ベアトリスはあのアホエリアーナにはるかに劣る。その事実にベアトリスはぐったりした。弱い王妃を誰も認めないのに。



「早く初代魔王様の加護を使いこなせるようになりたいですわ」



肩を落とすベアトリスを見かねたジンがクスッと笑う。



「そんなに焦らなくていい。エリアーナはあれで50年は修行した身だ。


ベアトリスが真摯に王妃教育に取り組んでいることを、私は知っているよ?」


「魔王様……そんな風に頑張ってると認めてもらえるのは、救われますわ」



可愛いを目指して努力すればするほど、嫌われてきたベアトリスだ。努力をきちんと認める魔王様にキュンと癒される。


微笑むジンは、手でベッドの真ん中を指さした。



「ベッドに寝転んでごらん。一日中がんばって、疲れただろう?身体を揉んであげよう」


「揉む?!」



癒されるから、いやらしいへ一直線。ふり幅が激しい魔王様である。


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