仲直りの王妃教育


「憂鬱顔で許されるのは、エリアーナだけだと知らないのか?!」



魔王城の裏庭で、しかめっ面のサイラスが、エリアーナハラスメントを炸裂する。



「サイラス様がエリアーナ様をお慕いだとは存じませんでしたわ」


「不勉強な細胞弟子め。パクパクされてろ」



舌打ちしたサイラスがパチンと指を一つ鳴らすと、ベアトリスはパクンのテリトリーに運ばれた。パクパク開始だ。



先日と同じように狂暴な歯でパクパクされる。だが、ベアトリスは叫ばなかった。



「今日は叫ばないのか?」


「パクパクでは加護は破れません。叫ぶだけ無駄ですわ」


「よし、襲われ慣れは合格だ」



サイラスはフンと鼻を鳴らした。



「戦闘経験がない奴は襲われる行為自体に怯えて戦意喪失するからな」


「つまり、パクパクされて攻撃され慣れろってことでしたの?」



パクパク領域内でベアトリスが首を傾げると、サイラスは頷いた。



(イビリかと疑いましたが、パクパクに意味はあったのですね)


「不本意だが、今日は内容を変更だ。先に教えることがある」



サイラスがパチンと一つ指を鳴らす。



パクンはサイラスの魔術で眠り、ベアトリスは歯音地獄から解放された。もう一度パチンと音が鳴ると、裏庭に不似合いなテーブルセットが現れる。



「座れ」



ベアトリスが恐る恐る着席すると、またパチンと音が鳴る。



「次は、生き血ジュース攻め……!」



ベアトリスの前に魔族のもてなし恒例の、禍々しい生き血ジュースが出現した。


狂暴パクンが眠るヒリヒリした裏庭で、


生き血茶会が突如開催、


相手はサイラス。


全てが攻めている。王妃教育は常にメンタルに厳しい。



「飲め」



飲めませんと言いかけたベアトリスよりも早くサイラスが諭す。



「王妃になるなら、魔国に染まれ」



ベアトリスは赤黒い生き血ジュースを見つめ、喉をゴクリと鳴らした。



「王妃なら人間と魔族の文化、価値観の違いを誰よりも深く知り、誰より魔族に寄与しろ」



サイラスの意見は真っ当だ。



「サイラス様の言う通りですわ。魔国に入れば魔国に染まれですわね」



ベアトリスは避け続けた生き血ジュースに思い切って口をつけた。どろっとした舌触りだが、甘酸っぱい香りと爽やかな口当たりだ。ベアトリスの瞳が自然と見開く。



「美味しいです……私、もっと魔国に親しまないといけませんね」



魔国の文化に強制的に触れさせる。サイラスの実践指導だ。



「己の無知を知りて一歩目だ」


「先生らしい物言いですわ」


「先生『らしい』だと?お前、僕を舐めてるのか?


魔王に従うのが魔族の誇りだ。ジンから直々に王妃教育をと命令されたならば、最善を尽くす。


僕は正式に、お前の師だ」



サイラスの魔族としての誇りに忠実で、ベアトリスは目をぱちくりした。



(意外と本当に、良い先生なのですわね)



サイラスの物言いは刺々しい。だが、彼はやるべき教育をキッチリやる。



「昨夜の件はジンに吐かせた。仕事が滞ってウザかったからな」


「え"」



魔王様は新妻がキスしてほしくてオギャった話を賢者に吐かされたという。賢者、魔王様に自白させて、さらにウザいとか尊大過ぎる。



「キスを強請るお前は、細胞痴女だな?」


「違います!私を赤ちゃん扱いする魔王様に怒っているのです!私は人間としては大人ですわ!」


「己の事情だけを喚き押しつけるのが赤ん坊だ」



サイラスのド正論に、ベアトリスはぐっと唇を噛んだ。たしかにジンが優しいので、ワガママぷんすこしてしまった。



「赤ん坊をして許されるのはエリアーナだけだ、愚弟め」


(エリアーナハラスメントが玉に瑕な先生ですわ)



サイラスがパチンと指を鳴らすとベアトリスの前に薄い本が現れた。



「読め。今日は以上だ。質問は明日受ける」


「ご指導ありがとうございました。サイラス様」


「お前と揉めたジンが不貞腐れると、仕事が滞る。魔王の邪魔をする王妃は必要ない」



サイラスは痛い所を的確に突く。



「和解できないなら死ね。明日までの課題だ」



極端な選択肢しかなく、物言いは常に厳しい。



(でもサイラス様……早く仲直りしろと、私には聞こえましたわ)



サイラスが去った裏庭で、ベアトリスは読めと言われた本を読み始めた。



「サイラス様は意味のないことはなさらないのかも。この本に仲直りのヒントが?」



本の題名は『魔族の性教育』


作者はサイラスである。


サイラスがエリアーナに読み聞かせるために独断と偏見で書いたものだ。



「え、ええ?!」



ベアトリスは読み進めるほどに、己の行為が痴女まがいであったことを知った。


魔国に染まれ。


サイラスの指導が身に染みた。








魔族の性教育本を読んだベアトリスは、アイニャの墓の前に座り、語りかけた。



「魔王様は私を大事にしてくださっていたのに」



赤ちゃん扱いするのね!なんてオギャったのが恥ずかしい。ベアトリスは膝を抱えて顔を埋めた。



「魔国では生殖行為はゆっくりなんですって。魔王様が触れあいから仲良くが始まると言ったのは魔王的年上ジョークだったの!


魔国では触れ合いが早いほど、


ド変態なのよ!?」



アイニャの前では本音を吐ける。ベアトリスは穴に入りたい想いをぶちまけた。



「ああもう!魔国に入れば魔国に染まれなのに!私がキスを強請ったのは早過ぎる痴女行為だったなんて。消えちゃいたいわ!」



情けなさに沈むベアトリスは、ジンにどう謝っていいのかわからなかった。



「知らなくて痴女ってしまってごめんなさい!とか言えばいいのかしら。恥の上塗りだわ!」



己に溜まったものを吐ききったベアトリスは、アイニャの墓に小さく息をつく。アイニャはいつもベアトリスの心を落ち着けてくれる。



「魔王様と仲直りしたいにゃー」


「それは私に直接言って欲しいニャ」


「ま、魔王様?!」



幼な妻の背後に忽然と現れるのは、魔王様の嗜みのうちだ。



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