エッチな王妃教育


(ま、まさか、今からエッチな王妃教育なんてことが?!)



変な期待に火照ったベアトリスがジンの寝室に入る。ベッドの端にラフなシャツ一枚の無防備なジンが腰かけていた。



微笑んだジンが手を差し出す。



「こちらへおいで、サイラスにしごかれて疲れただろう?」


「初手から容赦なく厳しくて驚きましたわ」



ベッドに腰掛けるジンは手を重ねたベアトリスを引き寄せて、隣に座らせた。ジンがクスクスと思い出し笑いをする。



「君の叫び声が可愛くて笑っていたのは、内緒にしておくよ」


「またツノで私の声をお聞きになったのね!」


「自動受信だからね」



パクパクされて取り乱していた自分を思い出してベアトリスの頬が熱くなった。



「怖い目にあって可哀そうに、助けてあげる!とはならないのが魔王様ですわね」



ベアトリスがつい悪態をつくと、ジンがまた笑う。幼な妻の悪態などふわふわな枕の感触だ。



「サイラスは私の師でもある。信頼できる師だから指導方法は間違ってない。


それに私はベアトリスの強さを信じているから、心配はしていないんだ」



ジンはきょとんとするベアトリスの肩を抱き寄せる。



「我が王妃は強く、美しく、そしてか弱くて可愛いからね」


「強くて、か弱いだなんて、矛盾してますわ」


「矛盾こそ、愛だろう?」



ジンの細くて冷たい指先が頬を添うと、ベアトリスの心臓が早鐘を打つ。ジンはベアトリスの鼻先に鼻先を近づけた。



「君の叫び声がとても耳にクるものだから」


(ち、ちち近いですわ!)


「男を誘う声を出す君の唇を、齧ってみたくなってしまったよ?」


(叫び声が誘いにって仕組みはよくわかりませんが、やっぱりエッチな王妃教育をなさるおつもりですのね!)


「こんなに早まってしまいそうな自分を知らないよ」



たとえ種族が違えど婚姻済み、愛を囁いて愛がこみ上げるこの関係にキスは当然だ。


人間国では出会ったその日に重なるものだっている。



(魔王様のキス教育、受けて立ちますわ!)



愛する人の願いに全力応えたい。それがベアトリスの愛の示しだ。



ベアトリスはジンの息がかかる距離にキスを期待して、目蓋を閉じた。受け入れ態勢万全キス待ちのベアトリスに魔王様はギョッと目を見開く。



「べ、ベアトリス、君は私を試すのかい?」


「試す?」



幼な妻の唇を食むことはなく、ジンは細い肢体をそっと抱きしめた。首筋に顔を埋めて欲を逃がす。



目を開いたベアトリスは声色に寂しさを乗せて、魔王様の背中に両腕を回した。



「キスしてくださらないのですね……私が、幼いからですか」



いつも勝気に上がるベアトリスの眉がしゅんとハの字に倒れた。ジンの背中に細腕の弱々しい圧力が伝わると、ジンのみぞおちは苦しいくらいにゾクキュンする。



「魔王様からすれば、私など赤ん坊ですものね。サイラス様は細胞だなんておっしゃいますわ。やはり魔王様もそう思って」


「そうではない。我が妻にキスしたいに決まっている」


「私、目を瞑ったりして恥ずかしいですわ。魔王様は私の顔をぺろぺろなさったことがあるのに」


「ぺろぺろ……」


「キスはダメですの?」



ジンはベアトリスの涙を舐めまわした実績がある。だが、あれは慰めの好意。キスは肉欲の入り口ではないか。



「キスはまだ早い。ベアトリス、わかってくれ」


「わかりましたわ。私を赤ちゃん扱いなさるのですね!」



頬を朱に染めたベアトリスは、唇を噛んでプイッとそっぽ向いた。


キスするために目蓋を閉じたのに流されてしまったなんて、恥ずかしくてたまらない。



(そんなにいじらしく拗ねられたら、キスどころか、今すぐ抱いてしまいたくなるじゃないか)



ジンは性欲を飼いならし、ベアトリスを潰さないように優しく抱きしめる。



(今すぐ抱いて野蛮だと思われたくない。この抱擁さえ、ありえないほど早計だというのに)



魔族の恋愛観念は超個人的見解であり、多種多様だ。だが、基本的に長寿な魔族は恋愛に対して悠長な傾向にある。



そのため、婚姻し、番になってから1年や2年で生殖する方が珍しい。



早いほどド変態である。



ゆっくりと片思いを楽しみ、両想いになって手を繋ぐまで3年なんて短い方で、抱きしめ合って5年、キスして10年、20年で生殖?まだ早い?というのんびりさが通例だ。



長寿族のサイラスは、エリアーナに片思い50年目だ。気が長い。



魔族で婚姻してすぐの生殖行為は「野生型の野蛮な典型」と蔑すむ意識がある。



もちろん超個人主義の魔族において、通例を踏み越えようが踏み止まろうが自由だ。



だが超個人主義であるがゆえに、個人に根付く、自分なりの価値基準。


つまり「マイルール」が何より重い。



魔王様の超個人的見解では「早いは野蛮」で大切に扱っていないことになる。



魔王ジンは幼な妻が、大切なのだ。



「ベアトリス、君はこれ以上なく愛らしく、私は君に心酔している。だからこそ、私は君に紳士でいたいんだ」


「妻を辱めないのが紳士でなくって?私は魔王様が恋しいですのに、赤ちゃん扱いは酷いです。今日はもうお暇いたします!」



ベアトリスは部屋を出て行ってしまう。仲良くお喋りするはずの夜の生き血茶会はお預け、初めてのケンカだ。



取り残されたジンは背中からベッドに倒れて、両手で顔を覆った。



「ああ、我が妻が何しても可愛い……!」



幼な妻があんまり可愛く拗ねて誘惑してくるので困る。



大切だから。


初めて名前を付けた愛だから。


時間をかけて育みたい。



(500歳も年上だよ?幼な妻に余裕を見せて紳士に思われたいじゃないか)



強引に逃がさないとプロポーズしたくせに、生殖行為は慎重に。魔王の男心も繊細だ。







次の日、ベアトリスは陰鬱な気持ちを引きずって、パクパク修行のために裏庭を訪れた。サイラスはすでに裏庭で待っていた。



(魔王様とケンカして、パクパクに対応策もなくて、私、全然王妃できてませんわ……!)



しょんぼり落ち込むベアトリスを一目見て、サイラスは眉をひそめた。



「細胞のくせになんだその憂鬱顔は?!


ウッッッザ!


果てしなくウッッッザ!」



先生は、今日も厳しい。



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