愛猫のアイニャ


魔王城の周りの森の中。行方不明のアイニャを探したジンとベアトリスは手を繋いで闇夜を進んだ。



「使い魔の声は聞きづらいが、ざわついた場所がある」



今夜は月のない暗い夜。


犬の遠吠えのような甲高い声が響く。


ベアトリスが縋るようにジンの手を強く握るとジンの尖った耳ピクついた。



(アイニャがもし魔狼に襲われたら)



恐ろしい想像がベアトリスに憑りついていた。



(アイニャに何かあったら、私はどうしたら)



ベアトリスは不安を飲み込み、雑草を踏みしめて夜道を歩いた。前を歩くジンがふと立ち止まる。



「君たちが私が定めた規定区を……勝手に出た魔狼どもだね」


(あれが魔狼?アイニャの何倍も大きいわ)



ジンの目の前には二十頭を越える数の魔狼が群れを成していた。魔狼は茶色の長い毛足に包まれた大きな犬のような姿をしている。



ジンがベアトリスを背に庇う。



加護に守られたベアトリスが傷つけられることはない。



それでもやはり、大きく裂けた口から涎と大きな牙を覗かせる魔狼の群れを前にすると身が竦んだ。



「私は足元のソレに用がある」



ジンは冷たい声で魔狼に語り掛ける。ベアトリスには足元のソレ、が見えなかった。



魔狼は敵意をむき出しに荒い息を繰り返して、ジンとの距離をはかった。



魔族最強の魔王と対峙する気があるのだ。



「この魔王に対してさえ牙をむいてしまう野生型の阿呆さが、理性型魔族から嫌われる最大要因だよ?」



一匹の魔狼が一歩踏み出した次の瞬間、ジンが手を前にかざす。ジンの手先から目も眩むほどの閃光が発した。



ベアトリスが思わず目を瞑りジンのマントを掴む。



「私は歴代魔王の中でも柔和な方さ」



眩しい閃光が止み、ベアトリスが目を開けると砂煙が満ちていた。



「だがどんな理由があろうと、私の定めたルールを犯すなら死だ」



煙が風に流されて視界が晴れる。魔狼の群れは消え、肉が焦げた臭いだけがその場に残った。



(容赦ないわ。魔王様のルールに反するなら殺す。これが噂に聞く冷酷非情の魔王様……)



自称柔和な魔王様によって、魔狼は瞬殺殲滅だ。



(あれは……?)



先程まで魔狼がいた場所に、


小さな黒い塊が一つ、


地面に横たわっていた。




ベアトリスはジンの後ろから飛び出し、もつれた足で黒い塊に走り寄った。


まさか、そんなと否定しながら、黒い塊の横に膝をつく。



「アイニャ?」



ベアトリスが抱き上げた黒い塊、





アイニャの後ろ足は


一本だけだった。





齧り取られた片足の根元から血が滴り落ちる。


片足のアイニャを抱き上げて、ベアトリスはスカートに包んだ。



アイニャの金色の目は閉じたまま、動かない。



「嘘でしょうアイニャ」



アイニャの血がベアトリスのスカートに染み込む。まだ温かいアイニャを抱きしめてベアトリスは唇を震わせた。



ジンがベアトリスの隣に片膝をついて、アイニャを覗き込む。



「喰われたか」



現実を示したジンの言葉にベアトリスが首を振った。



目に溜まる涙を飲みこんで、ジンを見上げる。



「魔王様、お願いします!


たくさん泣きます、涙の小瓶いっぱいに泣きますから!どうかアイニャを助けてください!」



今にも流れ落ちそうな涙を、瞳に押しとどめる。ベアトリスがジンに交換条件で差し出せるものは生贄姫の涙だけだ。




アイニャを救える切り札は、この涙だけ。



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