盗聴趣味の魔王様
美に磨きをかけて風呂から出たベアトリスは、大事なものが両方消えてしまったことに気づいた。
置いたはずの場所にない金のペンダントに、
なぜか不在の最愛のアイニャ。
「アイニャ!どこ!返事をしてアイニャ!」
部屋のドアが半開きなことに気づき、アイニャが攫われたかもと胃が冷たくなった。
「アイニャ!!」
ベアトリスは魔王城内を叫び回って、あらゆる場所を探した。
だが、アイニャの返事はなかった。
「もう探す場所がないわ、外へ」
ベアトリスは魔王城の玄関前で立ち止まり、外に出るのを躊躇した。
魔狼がうろついているから、夜の散歩はダメと魔王様に言われていたからだ。
魔族には、
言葉を理解する「理性型」と、
言語を使わず殺戮本能にのみ従う「野生型」がいる。
野生型で獰猛過ぎて手がつけられない代表格が魔狼だ。
(私には加護があります。アイニャのためなら魔狼だろうが何だろうが、かまいませんわ!)
ベアトリスは城外へと一歩踏み出した。
その時、背後からベアトリスの腕が掴まれる。
「ベアトリス、なぜ私を呼ばないんだい?」
「魔王様?」
ベアトリスが振り返ると右斜め上からジンの真っ赤な瞳が見下ろしていた。
アイニャが消えて混乱していたベアトリスは、ジンの顔を見てホッと息ができた。
唯一の、味方だ。
だが、ホッとしたのもつかの間、眉をひそめた魔王様は早口で拗ねた声を出した。
「私は魔王城内の声なら何でも聞けるが、君の声は特別に『ツノ』に自動受信しているんだ。
初めて仲良くする気になった妻だから、特別対応だよ」
「ツノに、声を自動で受信?」
「君が使い魔に、魔王様が綺麗で、魔王様が紳士で、魔王様が優しくて!と言っているのを毎日聞いて楽しんでいるというのに」
「いつも……私の声をお聞きに?!」
魔王様のツノには声を聞く力があるという。
(私の声を自動受信って、それは盗聴では?!)
ベアトリスは驚愕の事実に目をしぱたいた。
いつの間にか盗聴ストーカー被害にあっていたらしい。
「城内を大声で走り回って、いつ私を呼んでくれるのかと待っていたんだ。
こんなに私の名を呼んでほしくて焦れたのは、生まれて初めてだよ。
煽り上手な君は、この魔王をも煽る気だね」
ジンは綺麗な顔を不愉快だと歪めて、眉をひそめたまま早口を続ける。
「大声で『他の男』の名前を呼んで私の城を走り回って、まるで私を呼ぶ気配がないのはどういうつもりかな?
君は私だけの妻だよ?
わかってるかい?
君は私のものなんだ。
誰より先に私を呼ぶべきじゃないかい?夫と仲良くする気があるのかい?」
「あ、ありますわ!」
あからさまな嫉妬と独占欲の勢いがすごい。
ベアトリスは自分が思っている以上に、魔王様のお気に入りらしい。
(魔王様って意外と、妻に執着なさる方なのね)
盗聴されて怒るのはこっちの方なのだが、ベアトリスは急務を告げた。
「アイニャがいなくなってしまって、混乱しておりました。
もしかして魔王様のところにお邪魔していませんか?」
ベアトリスの手を掴んだジンは、もう片方の手でツノを擦る。
「アイニャは『男の』君の使い魔だね。
君の使い魔はよく私のツノに呼びかけてくるが、今日は知らないよ」
(魔王様が今まで何度も私の前に現れたのは、アイニャがツノに呼びかけていたからだったのね)
水浴びを見られた時、封印から助けてもらった時。
アイニャがどうやって魔王様を呼び出していたかやっと合点がいった。
ベアトリスの目がキランと光る。
(魔王様の広範囲の声を聞ける能力。
盗聴に使うのは倫理的に問題ですが、
人探しならこれほど有力な能力はありませんわ!)
己が受けたストーカー被害よりも、アイニャの捜索を優先する。
(私は聞かれて困ることなど、一切ありませんから平気です!)
可愛いベアトリスはいつだって正々堂々だ。盗聴ごときでドン引く繊細な女ではない。
利用できるものは利用だ!
「お願いします魔王様」
ベアトリスはジンの前に跪いて、胸の前で両手を組み合わせて懇願した。
「そのツノでアイニャの声を探してはもらえませんか?」
跪いて上目遣いする潤んだ瞳は、ジンのみぞおちをゾクッとさせる。ジンは真っ赤な瞳を細めてゆっくり頷いた。
可愛がっている妻がようやっとジンに請うたので、ジンはころっと機嫌を直した。
「仲良しの妻の頼みなら喜んで」
「ありがとうございます!魔王様!」
「だが、次に大声で走り回る時は、先に私の名前を呼ぶのが条件だ。
それが君の言う仲良くするということじゃないのかい?」
「約束いたします!」
「そうしてくれ」
(魔王様の『仲良く』のルールはわりと細かいですわ)
ベアトリスはジンが差し出した冷たい手に手を重ねて立ち上がる。
「君が走り回っていたおかげで、城内の声は聞き終わってる。
おそらく使い魔は外だろうね。使い魔がいそうな場所も見当がつくよ」
(盗聴能力、グッジョブですわ魔王様!)
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