生贄姫vs愛猫
勇者アイニャ
魔王様ジンと仲良くしませんかと提案してから、ジンはベアトリスと本当に仲良くしてくれている。
魔族には必須だという肌の触れ合いは時折手を繋ぐにとどめ、夜の生き血お茶会で楽しくお喋りを続けていた。
さらに、ジンはベアトリスに清潔で広い部屋を与えてくれた。
大きなベッドはふかふか。床はツルツル。もちろん壁に隙間などない。
豪華な客室と言っていいレベルだ。
しかもなんと、念願の風呂付個室である!
食事も衣服も上等なものを提供されるようになり、各段に暮らしの質が向上した。
ベアトリスは純粋に魔王様と仲良くなりたかっただけだが、幸運な副次効果だ。
「アイニャー?一緒にお風呂に入るかしら?」
「ニャ」
アイニャはプイッとそっぽを向いてイヤイヤした。ベアトリス大好き従順なアイニャとあれど、水浴びはご遠慮する。
ベアトリスはそんなプイッとアイニャも愛しくて、一糸まとわぬ姿でアイニャの頭をよしよし撫でた。
「じゃあいい子で待っててにゃ?」
「ニャ」
アイニャのいってらっしゃいを受けて、お風呂の扉が閉まるまでずっとベアトリスはアイニャに小さく手を振り続けた。
お風呂に入るだけなのに大層な別れだ。これがベアトリスとアイニャの通常である。
「ニャ!」
お見送りの任を終え、アイニャはお気に入りの布の中に包まった。愛するベアトリスの帰りをいい子で待つ任務に移行する。
すると、部屋の扉がひとりでに開いた。
部屋に侵入者である。
アイニャは布から飛び出し扉の前に立った。
「ニャ」
「こんばんは、アイニャ。今日はネズミくれても帰れへんよ?」
ふふふと厭らしい悪人顔を貼り付けたうさ耳メイド、エリアーナの訪問だった。
ふよふよ浮かんだエリアーナが、風呂に向かっていった。
「また今度遊ぼな。今日、エリアーナ様はお仕事や」
ベアトリスのピンチを感じ取ったアイニャは、エリアーナの前に立ち塞がるが素通りされてしまう。
「ニャ!」
「アイニャ、静かにしときや。エリアーナ様はあの女に痛いことはせぇへん。
まあ、加護のせいででけへんやけどな」
ベアトリスの脱いだ衣服を堂々と漁るエリアーナは、きょろきょろと脱衣所を見回しソレを発見した。
「見ぃつけた」
ニンマリ悪い顔で笑ったエリアーナのうさ耳がぴょこぴょこ悦ぶ。
エリアーナの手でシャラッと音を立てたのは、ベアトリスのおじい様の形見『金のペンダント』だった。
「ニャ!」
アイニャは金のペンダントが大事なものだと知っている。
エリアーナがチェーンを持って右へ左へと揺らすペンダントに、アイニャは右へ左へ飛びついた。
風呂で体を清めるベアトリスには、アイニャの奮闘が伝わらない。
「このエリアーナ様を止めるのは、アイニャには無理やで」
エリアーナはまたふよふよ浮かんでベアトリスの部屋をあっさり出て行く。アイニャは懸命にエリアーナのスカートにひっついて抵抗を試みた。
だが、全くエリアーナのふよふよ進行は止まらない。
アイニャはエリアーナのスカートにくっついたまま部屋を出て、魔王城内を進んでいった。
エリアーナは魔王城の二階バルコニーに出た。
「到着っと」
エリアーナがバルコニーの端っこの柵の上に堂々と立つと、アイニャも柵の上に着地した。
エリアーナが闇夜の空中に、ペンダントを揺らす。
「こんなもん、何が大事なんやろな」
エリアーナはそのまま何の感慨もなく金のペンダントを空中に放り投げた。
ペンダントは重力に従って階下に落ちていく。
「最近この下には魔狼が出るんや。
アイニャ、危ないからあいつらに寄ったらあかんで?」
どこに落ちるのか、エリアーナはバルコニーの柵の上から真っ暗な階下を覗く。
「魔狼は光もん大好きでな。たぶんアレを巣に持って帰るで。
そしたらきっともう、二度と見つからんなぁ?
あの女が泣くのが楽しみや」
ペンダントが無事に地面に落ちたことを確認して、エリアーナはうっとり笑う。
「また遊ぼうなアイニャ。ほな、またな」
ふふっと愉快さが口に収まりきらないエリアーナはメイドスカートを翻した。
アイニャはバルコニーの柵に乗り、エリアーナと同じように階下を覗き込む。
エリアーナが消え、一人になってもアイニャは闇を見つめていた。
今ならまだ、金のペンダントはそこにある。
「ニャ」
アイニャは勇敢にも、闇夜に飛び降りた。
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