過去話に品がある生贄姫


「私が、義姉の婚約者を寝取ったから」


「やるじゃないか」


「というのが義姉の主張です」



魔王がニヤリと笑うが、ベアトリスはクスクス軽快に笑った。



「私はそんなこといたしません。


義姉の婚約者が、うっかり私に惚れてしまったのを義姉が勝手に寝取られたと騒いだだけ」


「君が魅力的過ぎたからってことだね」


「その通りですわ。誘惑など一切しておりません」



ベアトリスは全く謙遜せず、ハキハキと事実を語る。



「私を恨んだ義姉があまりもねちねち文句を言いに来るので『私の方が、可愛くてごめんあそばせ?』と言ってやりましたわ」


「最大限に煽るね、君は」



ジンはケラケラ楽しく笑い飛ばしたが、サイラスは真顔だった。


惚れた腫れたで揉めているところに「可愛くてごめんね?」と謝ったベアトリスは、傷口に塩どころか、傷口をナイフで抉ったようなものだ。



「『人間国に帰ってきたら、チビデブハゲ糞エロ変態汚職伯爵と結婚させてやる、このビッチが!』と呪いかけられて。


復讐として魔王様の生贄姫に推薦されました」


「どっちに嫁いでも悲惨だ」



やっと口を開いたサイラスの一言に、ジンが眉をひそめる。



「おい、サイラスどういう意味」



サイラスはツンと口を閉じた。ジンが心外だと腕を組んだ。



チビデブハゲ糞エロ汚職伯爵の嫁になるか、


500歳年上の細胞好き異常性癖の魔王の嫁になるか。



どちらにしても惨い選択だと、このサイラスでも生贄姫の事情に多少同情した。


ジンはベアトリスに興味津々で過去話を掘り下げる。



「義姉と仲が悪いのは昔からかい?」


「血が繋がっていないことで、幼い頃から煙たがられていました」


「なぜ人間は血の繋がりを重視するんだい?くだらないと私は思うが」



魔族では異種交配が基本だ。異形は次から次へと生まれ、誰がどの種族の誰の子かなんてすぐ忘れてしまう。


そうして超個人主義は栄えてきた。血の繋がりなんて吹けば飛ぶほどに軽い。



「魔王様に同意いたしますわ。血の繋がりなんて形式的なものです」



ベアトリスは金の波髪を揺らし、にこりと綺麗に笑う。



「唯一私を愛してくれたおじい様と、私に血の繋がりはありませんでしたわ」



首元を飾る『金のペンダント』を、ベアトリスが大切に握り締めた。



「私は血の繋がりよりも、授かった愛を重視いたします」



ジンにもサイラスにも、ベアトリスが握りしめたペンダントがおじい様由縁のものであることがすぐに伝わった。



(ソレだな。生贄姫の大事なもの)



サイラスの目が鈍く光った。可愛いエリアーナの声を反芻する。



『先生!うちはあの女泣かすの諦めてないからな!次の作戦立ててな!』


(細胞と話すのは苦だが、エリアーナのための良い情報収集にはなったな)



サイラスがふっと口端を上げる隣で、ベアトリスは出自についてどこまで話すべきか熟考した。なんでも口にするのは可愛くない。



(私の生い立ちなど、面白い話ではありませんわ)



伯爵であったおじい様は家族の反対を押し切り、道端に捨てられていたベアトリスを拾った。なんていう人間貴族で言えばビックリ話である。



だが、魔国では持って帰りたかったんだろで済む話だ。



(終わった過去を長々と話すのは性に合いません)



ベアトリスの生い立ちは人に比べれば障害の多いものだ。だが、そんな過去を可哀そうでしょとひけらかすなど、品がない。



(過去を話すなら簡潔に短く的確に。それが『可愛い』ですわ)



おじい様はどこの生まれかもわからないベアトリスを正式に伯爵家に迎え入れた。


そしてなんと、家系にいる子どもの中で誰よりベアトリスを溺愛したというオチだ。



おじい様の最期を看取ったベアトリスは「お前のせいでおじい様が死んだ」と難癖をつけられて、さらに家族中から疎まれた。



(魔王様に聞いていただきたいのは、私がどう生まれたかではなく。


どう、生きてきたか)



生き血ジュースを見つめたベアトリスは、出自については全て飲み込んだ。



話すこと、話さないことの選別に品性が出る。



顔を上げて、ジンに向かってクスッと笑って切り替える。ジン一人だけが、ベアトリスを真剣に見つめていた。



「敬愛するおじい様が亡くなって、さらに嫌われ者街道を突っ走って参りましたが」



おじい様が亡くなったあと、遺言で入学した貴族学校でも有名な嫌われ者だった。


拾い子だと義姉に言いふらされたベアトリスは、血統を重視する貴族の中で蔑まれ完全に孤立した。



だが、孤独な過去など忘れてしまったかのように、ベアトリスは余裕の華々しい笑みをジンに魅せつける。



「私は、向かって来たもの全員に言ってやりましたわ」



ベアトリスの強さと上品さが光る微笑みに、ジンのみぞおちがまたゾクッと痺れた。



「可愛くてごめんあそばせ、と」



ジンが思わず破顔して笑うと、ベアトリスもクスクス笑った。おじい様が言った「強く生きて、幸せになりなさい」の願いにベアトリスは真摯に寄り添い、生きてきた。



ベアトリスは授かった愛に、忠実な女だ。



「醜悪な戯言を言う奴より、間違いなく君の方が可愛いな」


「その通りですわ、魔王様。貴方様の妻は可愛いのです」



全く謙遜しないベアトリスに、ジンは尖った耳をピクピク揺らして最大限の好意を見せつけていた。



サイラスは生贄姫の過去に全く興味はない。しかし、サイラスは賢いがゆえにベアトリスの美点に気づく。



(過去の苦労話は男の気を惹く絶好の機会だ。だが、話が端的な所だけは、悪くない。細胞のくせに)



夜の生き血茶会は終わり、ジンは御丁寧にベアトリスを部屋まで送って行く。



「ベアトリス、最近は魔狼が増えて危ないから部屋まで送ろう」


「魔狼は言葉を話せないタイプの狂暴な魔族でしたよね?でも魔王城内にはいないのでは?」


「賢い君にはバレたか。もう少し君といたい口実だよ。見逃してくれ」


(細胞好き魔王キッショ)



クスクス笑いあう二人の背中をゲロ顔で見送ったサイラスは、踵を返す。



(魔狼か。エリアーナも魔狼の巣を探して遊ぶと言っていたな)



サイラスはエリアーナのために、生贄姫を泣かす作戦を決めた。



「狙うはおじい様の『金のペンダント』だな」



大切な「モノ」にまで初代魔王様の加護が適応されるのかも、見ものである。



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