ピリピリ生き血お茶会


魔王ジンに封印から助けてもらったあの日から、ベアトリスは週に一度ほどジンの部屋を訪れて仲良くお話するようになった。



「こんばんは、魔王様。今日もお招きいただき感謝しますわ」


「ベアトリス、よく来たね。待ちわびたよ」



ジンは快く迎えてくれて「私の妻」ではなく、名前を呼んでくれるようになった。


得体のしれない生き血ジュースも毎回盛大に振舞ってくれる。



(私たち、順調に仲良くなれていると思いますわ!)



ベアトリスもジンとお話して笑顔を交わす夜のお茶会を楽しみにしていた。ジンは多少の意地悪を口にしてベアトリスをからかいはするが、本気で嫌なことはしない。



魔国に来て初めてきちんと話のレベルが合う紳士だった。



ジンとの会話は楽しい。


だが、生き血ジュースは一滴も飲んだことがない。


これは食文化の違いだ。




丸いテーブルを囲んで、ベアトリスの隣に座っていたジンが急に立ち上がる。



「ベアトリス、今日はもう一人、茶会に招いてあるんだ。君を紹介したくて」



ジンがそう告げ、ドアを開く。


ドアの前には人間の顔をした子どもが、ブスッとした顔で立っていた。



ベアトリスはその顔に、見覚えがある。



(私を暗闇地獄へ突き落としてくれた、


エリアーナ様の『先生』ですわね)



ベアトリスは魔族の見た目と年齢が一致しないことを学んでいる。


彼は、子どもの顔をした明確な殺意ある大人だ。



ベアトリスは外交用の笑顔を崩さない。



(貴族の社交上、確執のある相手との会話なんて常識ですわ。彼が「ちょっと」私の精神を壊そうとしたくらいで、私は怒ったりいたしません。


やられたことを忘れないだけですわ!)



ジンがにこやかに彼を紹介する。



「彼はサイラス。私の側近と医師や研究をやっている。魔族の賢者だよ」


「初めまして、ではありませんわね。


ごきげんよう、サイラス様。


人間国から参りましたベアトリスと申します。肩書を聞くからに聡明なのが伝わってまいりますわ。


先日は……お世話になりました」



ベアトリスは入室したサイラスに人間貴族の礼を尽くして挨拶した。


しかし、サイラスは無視だ。


よほど無理やりこの場に連れてこられたのだろう。



「サイラス、返事を」



ジンが真っ赤な瞳を細めて低い声を出す。



「命令だ」



ジンの威圧に、サイラスがピクリと眉を上げた。



サイラスに対して、ジンはめったに命令など使わない。だが、小さい体で誰より偉そうなサイラスといえども魔王様の命令には従う。



魔王は魔国の最高権力者であり、純粋に一番強い魔族だ。


超個人主義の魔族をまとめるジンはこの国で誰より強い。



強いものに従う。


賢者サイラスといえど、例外ではない。



肩を竦めて仕方ない感を盛大に醸し出してから、しぶしぶ返事をする。



「僕の可愛いエリアーナの暗闇が、生贄姫に気に入ってもらえたようで何よりだ。


泣かないなら死ね」



煽り満載なサイラスの行儀を捨て去ったお返事に、ベアトリスの眉はピクついた。笑顔は崩さない。



「趣向を凝らしたおもてなし、大変、快適でしたわ。ですが、私は絶対に泣きません。実家にも帰りませんわ」



にこりと外行きの笑顔で煽り返すベアトリスに、サイラスはプイと横を向いた。


義務の挨拶はした。



(仲良くしろとは言われていないぞ、ジン)



魔族は大概がアホ可愛い。


だが、人間は狡猾。笑顔で裏切る。


サイラスも裏切るのが大得意なので、同族嫌悪である。



ベアトリスとサイラスのピリピリしたご挨拶を見届けた魔王様は、両手を打って仕切り直す。



「挨拶は済んだ。三人で仲良くお話しようじゃないか?」


「いい考えですわ」


「はぁ、くだらない。僕はもう帰る」


「座れサイラス。命令だ」



しぶしぶベアトリスとジンと同じテーブルに座ったサイラスの前で、二人のおしゃべりが始まる。



二人の異常な関係に、賢者サイラスは気がつかないわけにはいかなかった。



ベアトリスとジンは種族を越えて、お互いに心の距離を縮め始めていた。



ベアトリスは柔らかく笑い、ジンも目を細めて笑い、時折ベアトリスの薄い肌の手に触れたりもする。



(ジンの耳がピクピク動くのが、特に癪に障るな)



魔王の尖った耳がピクピク動くのは性欲の現れである。



可愛い、大好き、抱きたいの意思表示だ。



無理やり生き血茶会に招かれたサイラスには、ジンの意図が伝わった。



長寿族の賢者サイラスは魔王の右腕、魔国の「ご意見番」である。



部屋に招くほど気に入った人間の妻を


「王妃」として


どう思うかと聞きたいのだろう。


答えは簡単だ。




(気持ち悪ッ!!)




サイラスの超個人的見解だが、10代の人間など生物になる前の「細胞」に等しい存在だ。



細胞に恋愛の気持ちを抱き始めたジンには、ドン引き甚だしい。



魔王の正式な「王妃」となるのは


「強者」と決まっている。




か弱い人間ごときが座れる王座ではない。




ジンがいくら血迷って細胞に懸想してもそれは変わらない。


これが魔国のご意見番、賢者サイラスの回答だ。




ジンとベアトリスの話に花が咲く。ジンはご意見番サイラスを視界に入れつつ、ベアトリスに気になっていたことを問うた。



「ベアトリスが人間国に帰らないと、家族が悲しむんじゃないかい?」


「恥ずかしながら私、家族からも最高に嫌われ者でしたので御心配には及びませんわ。


特に義姉からは呪われておりました」


「興味深いね。どうしてそんなに嫌われたんだい?」



ジンが話の引きの強さに前のめると、ベアトリスは品よく微笑んだ。




「私が、義姉の婚約者を寝取ったから」




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