みぞおちでキュンな魔王様


ジンの尖った大きな耳がピクリと動いて、真っ赤な瞳が見開いた。



「私と仲良くしたい?どうしてだい?」



ジン今まで何人もの生贄姫を娶ってきたが、歴代の生贄姫とは口をきいたこともない。



「その……魔王様のことをもっと知ってみたくて。その、その」



テレ隠しに膝の上のアイニャを激しく撫でまわし、モジモジ口が回らないベアトリスに、ジンはクスクス笑った。




「私の幼な妻は口が立つと聞いていたが、実際は違うようだね」


「口論は生贄姫の嗜みのうちですが。


こ、こういうことを異性に言うのは初めてなので、どう言っていいかわかりませんわ」



ジンはソワソワと視線を逸らしては、また見つめる彼女から目が離せなかった。



「男を誘うのは、私が初めてってことかい?」


「さ、誘う?!い、いえでも。私が仲良くなりたい男性は、魔王様が初めてで間違いありませんわ」



金髪の豊かな波髪を揺らし、頬を染めていじらしく言葉を紡ぐベアトリスの姿は、ジンにとって心地が良かった。



「初めての、男ね」



幼く美しく可愛らしい妻に、初めて、なんて言われると尖った耳がピクピク動く。



「せっかく、夫婦になったのですから」



幼な妻の次の言葉が待ち遠しくて、ジンのみぞおちがゾクゾクした。魔王様は高鳴るキュンがみぞおちにくる。



「私たち、もう少し仲良くして、お互いを知ってみるのはいかがでしょうか?」



耳の先を赤くした幼い妻の誘いに、ジンは思わず口角が上がる。


至極、興味を惹かれるお誘いだ。




「人間と、魔王で、仲良くか。泣かない宣言と言い、君は突飛なことを言うのが好きなようだね」



ジンは立ち上がって、地面にペタンと座ったままのベアトリスに右手を差し出した。すらりと指先が長い。



ベアトリスは恐る恐る差し出された手に柔らかい己の手を重ねた。魔王の肌は冷たかった。




「私の幼な妻がいう仲良く、とは。


どの程度かな?」




重なった手をジンがぐいっと引き寄せると、あまりの力にベアトリスはすっと立ち上がらされた。その勢いのままジンの胸に追突してしまう。




「まず、抱きしめて欲しいってことでいいかい?」


「ち、違いますわ!勢い余っただけです!」




ジンの胸を押し返して、ベアトリスは真っ赤な顔で抗議した。



男性と触れあったことのないベアトリスは、初めて男の冷たい手の平や固い胸を知った。



恥じらうあまりに、目に涙のウルウルが溜まってしまう。


妻の反応が初々しくて、ジンのみぞおちがゾクゾクする。



「イジめても裸にしても封印しても泣かない君は、私に触れるとこんなに易々と泣くのか」


「泣いてませんわ!ちょっとウルッときただけです!」


「私に抱かれる想像でもした?」


「そ、そんな意地悪なことをおっしゃらないで!」



彼女の瞳が恥じらってますます潤むのを目撃して、ジンはついニヤけてしまう。



「私の強情な奥様は、存外、初心で可愛い」



ジンはベアトリスの顔に顔を近づけてまじまじとその瞳を覗き込んだ。ベアトリスはからかわれて悔しくて、なんとか言い返す。




「か、可愛くて、ごめんあそばせ!」




ツンと強がった言葉には全く棘が無くて、瞳を細めたジンは心底愉快に笑い声をあげた。



「私の妻が可愛いことを、この魔王が存分に許そうじゃないか」


(魔王様には可愛くてごめんあそばせの挑発が通じませんわ!)



からかわれている。でも、綺麗過ぎて冷たい印象の魔王様の顔が、くしゃと歪んだ笑顔はベアトリスには好ましかった。



「人間は面白いな。いや、私の妻が特別変わってるのか」


「否定いたしませんわ。人間国では自信を持って、嫌われ者でした。


魔国でも絶賛、


嫌われ者をやっております」


「ハハッ!君は実に愉快だな。気に入ったよ。君のいう仲良くをやってみようじゃないか」


「あ」



ジンはベアトリスの手を軽やかに握って夜の森を歩き始めた。


ベアトリスは冷たい手に連れ去られ、ジンと手を繋いで歩いて行く。アイニャは二人の後ろを意気揚々と歩いてついてきた。



「私と全力で仲良くする覚悟があるんだろう?」



ジンに触れられるとベアトリスは途端に目頭が熱くなってしまう。



「私の仲良くは意外と、重いよ?」



クスクス笑うジンに首を傾げたベアトリスだが、もう後には引けない。



「受けて立ちますわ」


「ハハッ、私の幼な妻ならそう言うと思ったよ」


「あの、しかし、魔王様、手をお放しください。仲良くとは、すぐに触りたいとかそういう意味ではなくて」


「魔族は『触れあい』から仲良くが始まるんだが?」




魔族の恋愛など千差万別であり、超個人的見解の元に行われるものである。



だが、ジンは全ての魔族がそうであるように語り、ベアトリスの柔温かい肌の手を握り続けた。



「そうなのですか?魔族について勉強不足で申し訳ございません」


「これから学んでいけばいい。私が教えよう」


「ありがとうございます。精進いたしますわ」



人間特有の薄過ぎるか弱い肌に、ジンの冷たい肌が触れたがっていた。



人間に興味などなく、すぐに離婚する相手など知る必要もない。



だが、ベアトリスとの会話は可笑しく楽しくて、強気で可愛いベアトリスは度々みぞおちをゾクッとさせる。



月明かりの下で魔王城までの道を歩みながら、ジンは彼女の手から伝わる温かさに高揚してしまう。



「私の奥様に、私の部屋を教えよう」


「いいのですか?」


「ああ、仲良くしたくなったら来ると良い。夜はその部屋で休むようにしている」



手を繋いだベアトリスは驚きに愛らしく頬を染めて、アイニャにだけ向ける無垢な笑顔をジンに魅せた。



「ありがとうございます!嬉しいですわ!魔王様!」



初めて見たベアトリスの自然な笑顔に、ジンのみぞおちがまたゾクッと縮んだ。



「部屋で、生き血ジュースをふるまうよ」


「不穏なお名前の飲み物ですが、楽しみにしておりますわ!」


「美味しいよ?」


「本当かしら」



ベアトリスがジンと距離が縮まった喜びに満ちて軽快に笑う。ジンはゾクゾクするみぞおちに手の平をあててその違和感を握りしめた。




(その可愛い笑顔をもっと見てみたい)




ジンのみぞおちに淡い想いが湧いたと同時に。




(誰も泣かせない私の妻を、


私こそが泣かせてみたいじゃないか)




そんな好奇心が魔王ジンを満たしてしまった。 



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