実はできる子エリアーナ


エリアーナが罠を用意している思惑が漏れ漏れだ。


これで立派な魔族なのだから「狡猾な魔族」という人間国での認識が崩れる。



だがベアトリスには他に情報もない。魔王ジンに会えるきっかけは逃せない。



「エリアーナ様と私の仲ですものね。信用いたしますわ」


「せやんなぁ!ほな行こか!」



初代魔王の加護があれば痛いことは起きない。なので、とりあえずエリアーナの罠に乗ってみることにした。




ふよふよ宙を浮くエリアーナに連れられて森をしばらく歩き、ベアトリスがたどり着いたのは「聖堂」のような建物だった。



「ここやで!ここに魔王様おんねん!たまに!」



エリアーナが大きな正面扉を開けて、奥へずんずん進んでいく。



扉の前に立ったベアトリスは、開け放たれた扉の向こう側を覗く。室内はだだっ広いホールで、大きな窓から眩しい光が差していた。



だが、ベアトリスは中を覗くだけ。入らない。



(建物なんて怪しい場所に入れませんわ)


「奥やで!ほら、魔王様会いたいんやろ?入っておいで!」



エリアーナの悦びに満ちたニヤニヤ声がホールに響く。扉の外から、ベアトリスが問いかけた。



「ここは何をする場所なのですか?」


「葬送パーティする場所や」


「葬送パーティ?」


「美味しいもんいっぱい食べて死んだ奴の周りで踊り狂う儀式や。楽しいで?」



魔族には神を崇める習慣もなければ、葬儀の方法も全く違うようだ。



「この場所は死の儀式をする場所ですね。ですが、こんな場所に魔王様はいらっしゃいませんよね?」


「え、なんでバレたん?!」



エリアーナが仰天の表情を浮かべてギョギョギョと後ずさる。ベアトリスは真顔だ。なぜバレないと思うのかが、わからない。



「エリアーナ様に少々でも情報等を期待した私が、愚かでした……わ」



ベアトリスがエリアーナに背を向けて、帰ろうと後ろを向く。




ベアトリスの背後に


一人の少年が立っていた。



(魔族の、子ども?)



彼はベアトリスに、にこりと品よく笑いかける。実験動物を見る、何の感慨もない目だ。



「初めまして。さようなら、生贄姫」



黄緑色の目を細めたサイラスが指をパチンと一つ鳴らすと、突風が吹いた。



「キャ!」



ベアトリスの軽い身体は突風で浮かび、ホール内に無理やり運ばれる。加護で守られたベアトリスに痛みはない。



扉はひとりでにバタンと閉じ、扉の向こうに子どもは消えた。



(閉じ込められた?!)


「先生、ありがとー!!」



ホールの中央で待ちくたびれていたエリアーナが、ホール内に運ばれたベアトリスの前に立つ。



「先生は悪いことするうちが可愛いって言うねん。だから、うちの方が


ワル可愛くて、ごめんあそばせ?」



エリアーナがニヤァっと厭らしさ満載の悪人顔で笑った。



「アーッハハ!!うちの完璧な演技に騙されたなぁアホ人間!」


「全然、騙されてはいませんけどね!」



ベアトリスは慌てて正面扉を押したがビクともしない。エリアーナのうさ耳がピンッと立ち上がって、両手をパンと叩く。



「さあ、こっから泣く子もチビる暗闇地獄。封印詠唱、開始やで?」



エリアーナの口から聞いたことのない呪文が繰り出される。



「え?!」



大きな窓から光が満ちていたホール内が、急に真っ暗になってしまった。まさに漆黒で前後左右が曖昧になっていく。



(これは何?!これが暗闇、地獄?!)



ベアトリスは自分の手がどこにあるのか、


足が地面を踏んでいるか、


自分はここに存在しているのかが曖昧になるほどの漆黒に包まれた。



「初代魔王様!助けて!加護はどうなっているのですか?!」



ベアトリスは声を発しているはずなのに自分の声が耳に響いてこない。声は反響する壁があってこそ聞こえるのだ。



扉が、壁が、床が、ベアトリスの周囲が全て闇に消えた。



「なんですのこれ!誰か、助けて!」



手にも足にも感触がない。必死に助けを求める己の声も聞こえない。ベアトリスは自分が存在しているのかわからなくなる闇の恐怖に包まれた。


   

「あぁん!やっぱり封印たまらんわ!ァん!人間イビんのサイッコウにキモッチええ!ァン!」



エリアーナはホール内にベアトリスを残し、葬送会場の屋根の上に立った。


邪魔なベアトリスを封印する快感に涎を垂らして、両手を叩いてパンパンと鳴らしながら封印呪文を詠唱し続ける。



(相手をイビってヒャッハー詠唱するエリアーナは、最高の最高を上行く可愛さだね)



屋根の上で恍惚の詠唱を行うエリアーナを、サイラスは葬送会場の外でうっとり見つめていた。こちらも涎が垂れる。



エリアーナは典型的な頭の弱い魔族だ。



だが、封印術の才能だけがあった。



サイラスがその才能を見出し育てあげた。


サイラスの師事により封印術一点のみを磨き上げたエリアーナは、封印に関してだけ言えば天才的だ。



(僕の可愛いエリアーナを見くびり過ぎだ、生贄姫)



大規模な封印術を使えるものは極少数。初代魔王の加護も大規模封印には適応できなかった。



(加護は常に生贄姫の半径3mに特化している。だが、それ以上の広範囲を封印対象にしてしまえば封印術が適応できる)



サイラスは指をパチンと一つ鳴らして、エリアーナがつくった封印内に透視魔術を使う。



(普段半径3mの加護が、今は5mか?生贄姫の危機に呼応して勝手に加護範囲が広がったと考えるべきか、それとも加護を操ったか?)



加護を解明するために、サイラスは冷酷に実験観察を続ける。生贄姫が叫びまくっているが、実験動物の叫びなどどうでもいい。



「なんやわからんけど、先生の言う通りやったらキマったぁあ!アァン!封印気持ッちええッぁ!」



葬送会場の屋根の上。


エリアーナが喉に両手をあてがって赤紫の夕闇の空を仰ぎ、封印の快感に酔い痴れている。



透視観察を終えたサイラスは、封印詠唱中のうさ耳メイドの淫猥さを堪能した。




(生贄姫は加護のおかげで、封印内で死ぬことはないが。純粋な闇地獄に、精神崩壊はすぐだ)



エリアーナの艶やかな姿にゾクゾクすサイラスは、うっとり笑った。



(精神が死ぬ前に、泣くのが賢いぞ?生贄姫)



封印を完了し、すっかり調子に乗ったエリアーナの腰を抱いて、サイラスは可愛い弟子を魔王城へと連れ帰る。



あとは放置だ。精神が死ぬか、泣くか。待つだけでいい。







狩りを終えて湖に戻ったアイニャは、ベアトリスの不在に首を傾げていた。



「ニャ?」

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