生贄姫vs賢者

弟子に甘い賢者サイラス


魔王城内のサイラスの私室に、うさ耳メイドのエリアーナが訪れた。


椅子に座ったエリアーナは喚き散らす。



「もう先生、なんでなん!」



赤ん坊のように喚くエリアーナの隣に座り、サイラスはうっとり目を細める。


子どもの顔した中身ジジイのサイラスはジンの側近を務め、


医師としての地位もあり、


魔術に関する研究も嗜む一方、


様々な場所で教鞭をとってきた経歴の持ち主だ。



魔族の中で有名な「賢者」である。



魔国民全員が教え子とも呼べる弟子の中の一人がエリアーナだ。ちなみに、魔王ジンも弟子の一人である。


サイラスがエリアーナの才能を見出し特別に可愛がった。



「なんであの女は泣きもせぇへん!帰りもせん!」


「エリアーナは、あの人間を泣かせようと誰よりがんばってる。それに誰よりエリアーナが一番可愛い」


「そうやろ?!先生だけや、わかってくれんのは!」



魔族は能力の偏りが異常に大きい種族だ。


一万人の魔国民の中に、一人の驚異的な天才が生まれる一方、その他は力に秀でる脳筋のみ。



賢い奴だけが賢く、


あとはどこまでもアホ。


これが魔族の現実だ。



「魔王様なんて、もう少し頭を使いなさいの一言やで?!」



ぷんすこするエリアーナに、サイラスは赤黒い生き血ジュースを差し出した。



「可愛いエリアーナにそんなこと言うなんて酷いな、ジンは」


「せやろ!先生の生き血ジュース大好き!いただきまーす!」



エリアーナが目をキラキラさせて、中身が謎の賢者手作り生き血ジュースに口をつける。唇の周りが真っ赤に染まった。



赤い化粧は魔族の男を魅了する。


サイラスはエリアーナの真っ赤な唇を見て、尾てい骨がゾクゾクする恋心を持っている。


エリアーナは真っ赤な唇でしゅんとうさ耳を垂らした。



「うちな、魔王様に褒めてもらいたいねん。でもうちアホやから何もでけへん」


「エリアーナは可愛い弟子だよ」


「ううー!先生だけやそう言うてくれんの!」



エリアーナが魔王ジンに憧れを抱いているが、全く相手にされていない。



(ジンは赤ん坊にも満たない、まだ「細胞」の生贄姫を性対象にする異常性癖だから安心だな)



長寿族のサイラスの恋は非常に悠長だ。


現在80歳のエリアーナが100歳になるまでにサイラスに落ちてくれれば本望である。



「うち、あのマウント女を絶対泣かしたいねん!どうしたらええ?先生」



相談相手でいられる先生の立場は、心底美味しい。サイラスはスッと妖しく目を細めた。



「生贄姫を泣かせる方法か」


「先生の知恵、貸して?ええやろ?」



上目遣いでおねだりするエリアーナは可愛い。けれど、サイラスの策に乗って悪事に励むエリアーナが至高だ。



「今度僕と一緒にお昼寝してくれるなら、生贄姫を陥れる方法を教えてもいい」



サイラスはにこりと害のない子どもの顔をして笑った。一緒にお昼寝、なんて。完全な下心エロジジイの発想である。



「もちろんええで!先生とのお昼寝はうちも大好きや!」


「じゃあエリアーナの得意分野で、生贄姫を泣かしてみようか」



サイラスの黄緑色の目が怪しく光ると、エリアーナの背筋がピッと伸びる。



「先生、悪いこと考えてるときホンマ怖いわー!でも頼りになるからダーイ好き!」



子どもの顔したエロジジイ賢者は、悪いことを考えるのも年季が入っていて大得意。サイラスはさらにひらめいた。



「ついでに加護の研究も進めるか。生贄姫は良い実験動物だからな」



二杯目の生き血ジュースに夢中のエリアーナをサイラスは目で愛でる。



(通常であれば、生贄姫はすぐに人間国へ帰る。そのために初代魔王様の加護が発動する時間は極めて短かった)



だがベアトリスが魔国に居座っているおかげで、加護の新しい効果が多々発見された。



(解明されていない初代魔王様の加護について知る、いい機会だな)



賢者サイラスの研究心が疼いた。








アイニャを布袋に入れたベアトリスは、できる限りの美しさを整えて魔王城内を歩き回っていた。



「どうやったら、死んでもらえるのかねぇ。考えるのも楽しいねぇ」



通りすがりに呪いを言い残すワニおじさんは今日も通常運転だ。



(ワニのオジサマは今日もお元気でいらっしゃるわ。お相手できませんけど!)



ベアトリスは屈強なくせに陰湿なワニおじさんを素通りすることに決めていた。彼は追いかけて来ない。



(どこに行けば魔王様に会えるのかしら)



魔王ジンと仲良くなりたい。けれど、ベアトリスはジンに会える場所がわからなかった。



城内の魔国民にジンの居場所を聞き回ってみた。だが、口喧嘩でコテンパンにしたベアトリスに親切に教えてくれる者はいない。



死ね!のシンプルな罵倒が返ってくるだけだ。



「最初からですけれど、すっかり嫌われてしまってるわね」



前にジンと偶然出会えた湖のほとりで、ベアトリスはアイニャが狩りから帰るのを待っていた。



「やられたから、やり返しただけなのだけれど」



膝を抱えるベアトリスの隣に、いつの間にかうさ耳メイド、エリアーナがふよふよ浮かんでいた。



「わ!ご、ごきげんよう、エリアーナ様」


「アンタ、魔王様に会いたいらしいやん?」



ふふんとエリアーナが自慢げに鼻を膨らませる。



「優しくて可愛いうちが、魔王様のところに案内したろか?!」


「よろしいのですか?」



エリアーナがコクコク頷いてご親切に、厭らしくワクワクにやにや笑う。



「うちとアンタの仲やんかぁー!なぁ?うちらってズッ友やん?!」


(え、エリアーナ様……あなたって人は)



ベアトリスは真顔で心の底から驚愕した。



(びっくりするくらい罠が透けて見えていますわ!!)

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