生贄姫vs魔王様

嫁の容姿が刺さる魔王様


魔王ジンは「寿命で死ぬかも」と皮肉をきかせて笑った。サイラスは眉をひそめる。



「ジン、滅多なことを言うな」


「冗談だよ」



生贄姫の涙は、魔王の寿命を延ばす。



50年に一度の頻度で生贄姫の涙を飲めば、魔王は寿命を延ばし続けることができる。



何十万年も前に初代魔王が涙の効能に気づき、人間国との生贄姫条約が始まった。



人間とさらっと結婚して


ちょっと泣いてもらい


サクッと離婚するだけの


シンプルな条約だ。



生贄姫を捧げる限り、人間と魔族はお互いに領土の不可侵を守る。



500歳でまだまだ若手な魔王として国を精力的に治めたいジンは、今回も滞りなく生贄姫の涙を手に入れるはずだった。



なのに、ベアトリスの「絶対に泣きません!」で予定が狂った。



生贄姫が泣くのが先か、


ジンの寿命が先か。



切実な問題だ。ジンの側近でありながら、主治医も務めるサイラスも大ため息になる。



「エリアーナの報告を聞こうか?」



子どもの顔したジジイのサイラスが、流暢に報告した。



「想定外に初代魔王様の加護範囲が広い。今のところ肉体的にダメージを与える方法は皆無だ」


「初代魔王様の加護の正体は、解明されていないからね。でも精神的なイジメようはあるだろう?か弱い人間だ」


「汚い住処に食事なしに罵倒の嵐、どれも平気だ。生贄姫の強精神は僕でも評価に値する」



サイラスは生贄姫がイノシシ嬢を退治し、エリアーナが生贄姫を泣かすどころか逆に泣きついて来た件も報告する。


サイラスから聞く幼な妻の無双話に、ジンは大笑いした。



「私の妻は思ったよりやるじゃないか」


「物理的な痛みを与えられないとなると、口喧嘩になる。魔国民は基本的に頭が弱いからな。エリアーナ筆頭に」


「新しい妻は口が強くて気も強い。おまけに顔も可愛い」


「は?可愛い?」



尖った耳をぴくぴく動かしたジンは、クスクス笑う。サイラスは珍獣を見る目で、ジンから三歩後ずさった。

    


「歴代の生贄姫は骸骨か、蛙か、豚かという顔だった。


だがベアトリスは髪も目も顔も身体も美しいだろう?」



サイラスは両腕に出現した鳥肌を両手で擦った。恐る恐るジンに確認する。



「ジ、ジン、お前まさか、人間の容姿の見分けがつくのか?」


「サイラスは見分けがつかないのかい?ベアトリスは歴代圧倒的に可愛いじゃないか」


「は?」


「は?」



ジンとサイラスは顔を見合わせて、お互いに首を傾げ合う。



見解が食い違った魔族の会話は「は?」の応酬で終わりを告げる。



知能の低いもの同士であれば、取っ組み合いが始まるところだ。



魔族の美意識、恋愛的な年齢観念、好み、目に映る情報、全てが個々で違う。魔族同士でも共通見解を得ることが難しい。



人間国にまかり通る「常識」という概念そのものが魔国にはない。


全員に通じる美人の常識、結婚の常識、恋の常識、何もないのだ。



魔族は超個人主義。


なにもかもが超個人的見解である。



そんな個人主義の集まりである魔族の中の唯一のルールは「魔王に従う」だけだ。



「私も、妻を泣かせにいってみようかな」



ジンがクスリと真っ赤な瞳を細めた。



(終わったな、生贄姫)



ジンの意地悪な顔を横目に、サイラスは生贄姫はすぐ泣くと確信した。






魔王の不穏な楽しみを察しないベアトリスは、牢獄小部屋にて愛猫を絶賛していた。



「アイニャ、あなたってすごいわ!そして助かるわ!」



アイニャの食糧問題は、あっさりと解決した。



野生の本能を開花させたアイニャが、石造りの牢獄小部屋の周辺で狩りを敢行し強く生き始めたからだ。



牢獄小部屋は小汚く、虫やネズミが出現する。そんな恐ろしいものをアイニャが一掃してくれる。



「あれ?アイニャ、また狩りに行くの?」


「ニャ」



アイニャは得意げににんまりした顔で挨拶をしてから、牢獄小部屋を出て行く。ベアトリスはたくましいアイニャに微笑んだ。



「なんとか、魔国でやっていけてますわね」



ベアトリスは初代魔王様の加護のおかげで、誰からも物理的な襲撃を受けることなく暮らせている。



皆の前でイノシシ嬢三人組を言い負かしたように、しつこく罵声を浴びせる連中には正々堂々とどちらが『可愛い』か教えて回った。



生贄姫に口では勝てないと認知され始め、小うるさい連中は黙るようになった。しばらく魔国民を相手にして、ベアトリスは気づいた。



(魔国民ってあまり賢くないのかもしれないわ)



魔国民の得意な物理攻撃を封じられると、頭の弱い彼らはベアトリスをイジめる方法が他に思いつかない状態だ。



『人間がこの国に居座るなんて絶対に許せないねぇ。死んで欲しいねぇ』



通りすがりにコソッと言い逃げする屈強なワニおじさんだけが、陰湿で諦めない。ワニおじさんに一番、知性があった。



魔国民との小競り合いは続いている。



だが、小汚い牢獄小部屋ではあるが寝る場所があり、お腹の空かない体で、ベアトリスはひとまず暮らしていけた。



汚職漬けチビデブハゲ糞エロ変態伯爵の手に貶められるより、アイニャと二人きりのずっと素晴らしい生活だ。



だが、一つだけ難点があった。



「お風呂がないのは辛いわ」



アイニャが狩りに出た間に、ベアトリスは魔王城を抜け出して水浴びに向かう。



そこで結婚式以降、今まで顔も見なかった夫と出会うとも知らず。



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