ショタジジイのサイラス
キッチンに現れたエリアーナは空中にふよふよ浮いて胡坐をかいている。
ふよふよ飛んで胡坐をかくせいで、エリアーナのスカートの中は丸見えだ。
「涙一粒、流すんやったら、このやっさしいエリアーナ様が食べ物あげてもええで?お腹空いてるやろ?」
完全に勝ったと鼻を膨らませるエリアーナの不愉快な声に、ベアトリスはにこりと品よく綺麗に笑った。
「結構ですわ。泣くくらいなら、アイニャと狩りをします」
「あ?ほんまにええんか?餓死すんで?」
「初代魔王様の加護を頂いておりますので、私は平気です」
「は?!加護ってそんな力まであるん?!」
ベアトリスは左手の古臭い指輪をエリアーナに見せつけた。
エリアーナが手を伸ばして指輪に触れようとすると、バシンッと弾き飛ばされる。
「痛ッっぁあ!」
空中から石の床へと尻もちをつく勢いでふっとばされたエリアーナが、赤く腫れた手を擦ってイラっと声を上げる。
着地時に大っぴらに開いた脚の間から、またもやスカートの中が丸見えだ。
「何すんねん!」
「私は仮にも王妃ですわよ?許可なく私に触れられては困りますわ」
ベアトリスはさっと左手の指輪に手を添わせた。
(初代魔王様の加護は本当に偉大だわ。
立場の弱い生贄姫の完全なる味方だもの)
この古臭い結婚指輪に宿る初代魔王様の加護は、ベアトリスが拒否したものを全て弾き返す。
ベアトリスの周りに張り巡らされた透明で驚異的な障壁が、全てが阻むのだ。
加護のおかげで、誰もベアトリスを肉体的に傷つけることができない。
加護の力を知っているからこそ、魔王城内を無防備に歩き回っても、誰もボコってはこないのだ。
物理的に攻撃できない生贄姫を痛めつけるなら、次は遠回しな肉体攻撃が考案される。
「餓死狙い」の断食作戦だ。
だが、ここでも初代魔王様の加護は存分に働いた。
「私に断食は効きません」
加護を得たベアトリスはお腹が空かない。食べなくても空腹を感じない体になった。初代魔王様の加護万歳だ。
「食べんでもええの?え、そうなん?!え、知らんかったねんけど!先生に教えてあげな!」
(意外と素直で調子が狂いますわ)
だが、これ以上絡まれないために、何をしても無駄と教えておかなくてはいけない。
「さらに寒さや熱さで、私に責め苦を与えることもできません」
「それもあかんの?!」
ベアトリスの周りに張り巡らされた加護が、快適空間を維持してくれる。
周りが熱いマグマで満ちようが、ベアトリスは平気だ。加護のおかげで、冷える石造りの牢獄小部屋でも温かく眠れていた。
(なんて聡明でお優しい初代魔王様!)
「そんなん、どうしたらええねん……」
エリアーナは生贄姫をイビる方法が見つからず、眉間に皺を寄せた。エリアーナの酷い顔にベアトリスは微笑みかけた。
「あら、エリアーナ様、スカートの中が丸見えですわよ?わざと見せておられるなら下品ですわ。
私は今日も可愛くて、ごめんあそばせ?」
ではごきげんようとスカートの両端を摘まんで、人間貴族のきちんとした礼をしたベアトリスはキッチンを回れ右した。
攻撃してくる奴には、どちらが可愛いか徹底的に教え込む。一人で強く生きてきたベアトリスの、おじい様直伝の処世術だ。
おじい様は「強く生きて、幸せになれ」と願った。だが、どうも強く生き過ぎて煽りがちなベアトリスであった。
「可愛くてごめんあそばせ、可愛くてごめんあそばせって!こっちは
お下品で、ごめんあそばせ?
とでも言えってかぁ?!そのままやん!」
地団太を踏みながらエリアーナのノリツッコミが炸裂すると、またスカートがめくれ上がって中身が見える。
癇癪を起こすエリアーナに向かって、キッチンの骸骨たちが「お下品でごめんあそばせ~」とカラカラ笑った。
「笑うなや!この空っぽ体どもがぁ!もう!先生に言いつけるからな!」
エリアーナが「先生」のところに駆け込んだ後日。
魔王執務室で、机に向かって羽ペンを走らせる魔王ジンに向かって、側近のサイラスが口を開いた。
「生贄姫の件だが」
黄緑色の短髪と目をしたサイラスの容姿は人間の形だ。
彼は人間でいう「10歳の子ども」である。
年齢不詳、形態無限の魔族において容姿と年齢は結びつかない。10歳の容姿をしたサイラスは、500歳越えの魔王様よりもさらにジジイだ。
「エリアーナが苦戦中だ」
「へぇ、イビリ大好きアホエリアーナが?」
「イビリ封印詠唱大好きなアホ可愛いエリアーナが、だ」
ジンは手を止めて、流れる黒髪の長髪を尖った耳にかけて顔を上げた。
「可愛いかな?頭が弱いだけだろう?」
「頭が弱いところも全部ひっくるめてアホ可愛い」
500歳超えのジンにとって80歳のエリアーナなど、まだ赤ん坊だ。
だが、さらにご長寿のサイラスにとっては、堪らなくアホ可愛いという。
サイラスは「先生、先生」と懐くアホエリアーナを嫁にするチャンスを、虎視眈々と狙っている。
魔族にとって恋愛的な年齢観念は、超個人的なのだ。
ショタジジイなサイラスの恋愛を置いておいて、ジンは幼い妻の話題に戻した。
「私の妻はまだ泣いてないのかい?一回も?」
「涙の小瓶に、一滴も反応がない」
魔王執務室の奥に、恭しく備えられた涙の小瓶にサイラスが目を向ける。
生贄姫が流した涙は、自動的にこの小瓶に蓄えられるように魔術がかかっている。
ジンは空っぽの小瓶を見て、ポイと羽ペンを投げ出してから足を組んでニヤリと笑った。
「私の幼な妻が泣く前に、私が寿命で死ぬのかな?」
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