論破する生贄姫
放置されてもへこたれないベアトリスは、アイニャの食べ物を得るために自らキッチンを探し始めた。
魔王城内を勇敢にも堂々と歩く。
ベアトリスが魔王城を歩けば、
ドレスを纏ったドクロ夫人、ずんぐりむっくりで毛深くて小さいおじさん、鱗まみれのワニ顔の戦士が目に入る。
(いろんな見た目の方がいらっしゃいますわね。彼らの容姿はまだ見慣れませんが)
様々な異形の魔国民が遠慮なくベアトリスを口撃する。
「おうおう、無能な生贄姫様のお通りだぜ?」
「魔王様を殺したいのかしら?」
「みんなで沼に沈めるのはどう?」
「早く殺せばいいのよ。次の生贄姫を連れて来れればいいわ」
「死ーね!シーネ!」
(皆さん、大変元気でいらっしゃいますわね!)
罵倒の中、魔王城内の石造りの廊下をベアトリスは顔を上げて平然と歩く。
人間国での学生時代も、散々罵られてきたベアトリスにとって罵りは痛くも何ともない。
(悪口には慣れていますわ。彼らの知性のなさが露呈されて、安心すらします)
「ニャ」
肩に下げた袋の中から心配そうに見上げる黒猫のアイニャに、ベアトリスは柔らかく笑う。
「アイニャ、心配してくれるのですか?大丈夫ですわ」
ベアトリスはアイニャにだけみせる愛らしい笑顔を仕舞い、臨戦態勢の澄まし顔を用意をする。
「不特定多数から罵られた時は、一番声が大きな方をお相手いたします。あの方たちですわ」
石廊下の端から、特に大声でベアトリスを罵倒した者をターゲットに定める。イノシシ顔でドレスを着た三人娘の前に、ベアトリスは美しく立ち向かった。
イノシシ嬢三人組は、きりっとした目尻で金色の波髪を揺らすベアトリスを睨んだ。
「あー人間臭くて」
「嫌になるわ」
「なるわ」
「生贄姫のくせに勝手に泣かないだなんて宣言して」
「この人間はさらに臭いわ」
「臭いわ」
「臭い人間は人間国と魔王国の条約を」
「理解しているのかしら?」
「かしら?」
イノシシ嬢三人組は三人そろって「かしら?」と首を同じ方向に傾げる。見事に息があっていてベアトリスを煽った。
悪口は慣れているが、攻撃してくる奴に対して黙っているのは愚策だ。
「本能で生きる低能な方たちには、どちらの方が可愛いか示しておかねばなりませんわ。これから絡まれ続けないために」
ベアトリスはイジメだって口喧嘩だって、正々堂々と対峙する。
ベアトリスはにとって、
正々堂々が『可愛い』からだ。
ベアトリスはイノシシ嬢三人組の前でまっすぐに背筋を伸ばす。スカートの両端をきちんと手で摘み、正しいご挨拶の礼を済ませた。洗練された所作が光る。
「初めまして、生贄姫のベアトリスと申します。私に対するご意見、嬉しく承りました」
にこりと上品に笑う生贄姫とイノシシ嬢三人組が向かい合う。
「生贄姫条約の内容は当然、理解していますわ。人間国から嫁いだ生贄姫の涙が、魔王様の寿命を延ばすのでしょう?」
「わかってるなら」
「早く泣きなさい」
「なさい?」
「この」
「ドブスちゃん?」
「ちゃん?」
鼻息荒いイノシシ嬢三人組は、揃ってにこにこイヤらしく笑う。ベアトリスは凛とした笑みを絶やさない。
「イノシシ嬢たちにお聞きいたしますが、この条約で生贄姫の利益は何でしょうか?」
口喧嘩でマウント返しするために、ベアトリスは勉学を惜しまなかった。
女が『可愛い』を貫くためには、
強さと賢さが必要だ。
「は?生贄姫の」
「利益?」
「き?」
「魔王様との離婚後。人間国に戻った生贄姫には、魔王様に触れられた異端として屈辱的な人生しか待っていないのですよ?」
「人間の事情なんて」
「知らないわよ」
「わよ」
「そうおっしゃるならば、私だって魔国の魔王様の寿命の事情など知りません」
魔王城の廊下のど真ん中で始まったイノシシ嬢vs生贄姫の口喧嘩を、有象無象の魔国民が遠巻きに見つめる。
「魔王様が、生贄姫の涙によって『寿命が延びる』なんて素晴らしい利益を得るのなら、
生贄姫が人間国に帰った後の安全を保障して欲しいと訴える権利くらいは、あるのではなくって?」
「帰った後のことなんて」
「知らないわよ」
「わよ」
イノシシ嬢三人組は顔を合わせて、ネーと頷き合った。ベアトリスは知らないと二度同じ主張が返って来たことにわざとらしく肩を持ち上げて落胆した。
「お話になりませんわね。自分の利益だけで相手の立場を考えもしないなんて、5歳の子どもと同じですわ。
イノシシ嬢は見事に幼稚でいらっしゃる」
「は?私たち200年は」
「生きてるわよ?!」
「わよ?!」
「それはそれは!無駄に息をしただけの200年でしたこと!」
鼻息荒いイノシシ嬢三人組に、ベアトリスはさらにわざとらしくイノシシの真似して鼻を鳴らした。
ベアトリスは、絶対に煽り負けない。
唖然とするイノシシ嬢三人組に、ベアトリスはにこりと上品に笑いかける。
「あなた方は言葉を使って、ただ品位を落としただけですわ。
私は元の造形をどうこう言っているのではありませんのよ?」
ベアトリスが信念とする『可愛い』は造形の美醜を示さない。
「相手を貶めるためだけに言葉を使うその醜悪な顔を、まずは鏡でご覧くださいませ」
常に高みを目指して研鑽しているかどうか。
その姿勢を『可愛い』というのだ。
ベアトリスは日々、努力を怠らない。だからベアトリスは、己が『可愛い』と自信を持って言える。
「私はそちらのご意見を一度受け入れた上で、議論を提案いたしました。ですが、あなた方は考えることすら拒否なさった」
ベアトリスは丁寧にスカートの両端を摘まんで正しくお辞儀する。
「私の方が可愛くて、ごめんあそばせ?」
ではごきげんようと、ベアトリスは口喧嘩の周りを囲んだ魔国民の人垣を押しのけて歩いて行った。
「な、なななんなの!」
「あの女!」
「な!」
論理としてはベアトリスの主張が強かった。だが、ひたすら煽り過ぎで感じが悪いので敵を増やす。
論破すればいいってものではない。
ベアトリスがイノシシ嬢を論破して、城中を歩き回り罵声を聞き飽きるほど浴びたあと、やっと目的地のキッチンにたどり着いた。
キッチンは骸骨のナワバリだ。コック服を着た骸骨、メイド服を着た骸骨が忙しそうに動き回っている。
「アッハッハ!来たな、ナマイキ生贄姫!ここに来るってわかってたんやで!先生が言うてた!うちの目を盗んで、食べ物取ろうなんてムリやで?!」
(うるさくて幼稚でメンドクサイ方が来ましたわ)
キッチンを発見してすぐに、うさ耳メイドのエリアーナに見つかってしまった。
「ごきげんよう。エリアーナ様」
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