うさ耳メイドのエリアーナ
うさ耳メイドの訪問目的がイビリだと理解したベアトリスは、蔑んでニヤつくエリアーナを押しのけて立ち上がった。
「私は絶対、泣きませんわ」
エリアーナはベアトリスをわざわざ下から覗き込み、鋭く睨み上げる。
オラオラと定型通りのメンチを切る。
「さっさと泣いた方が身のためやで?死ぬより怖い目にあうからな!」
エリアーナからは存分にビビらせてやろうの意気込みが透けて見える。
(ふふん、魔族に脅されてどうや?このエリアーナ様の恐ろしさに怖くて声も出えへんみたいやなぁ!)
下からメンチ切られたベアトリスは、瞳をぱちくりさせた。
(この方、まるで子どもですわ!)
エリアーナはふんふん鼻息を荒くして、鼻高々で満面のドヤ顔だ。
ニヤニヤして怖いやろ?怖いって言ってみ?と顔で語る彼女の幼稚さに、ベアトリスは逆に驚いた。
本気で泣かせる気があるのだろうか。
(ですが、子どもみたいに本能で生きている方にこそ、どちらが上か。
そう、どちらが『可愛い』のかを示しておかなくてはいけませんわ)
「人間のくせにちょっと可愛いその顔、絶対歪ませたるから覚悟しときや!!」
ドヤドヤと自慢げに煽り顔に拍車をかけるエリアーナの前で、ベアトリスは堂々と胸を張る。顎を引いて背筋を伸ばす。
「あらあら、可愛いだなんてお褒め頂いて光栄ですわ」
品のない大声を出すエリアーナに、アイニャを抱っこしたベアトリスは優雅に微笑みかけた。
「まあ、うちの方がめちゃくちゃ可愛いけどな!」
自信満々に両腕を組んだエリアーナがまたふんと鼻を鳴らす。
「失礼ですが、エリアーナ様のどこがお可愛らしいのでしょうか?理解しかねます」
ナイスバディで整った顔。すこぶる愛らしいエリアーナは、確かに見目は可愛い。
だが、ベアトリスはそんなものを
「可愛い」とは認めない。
「『可愛い』とは、容姿を磨くことはもちろん、知性や教養を磨き、理性を磨き、心身ともに愛らしくあることですわ」
きょとんとするエリアーナに、ベアトリスは品よく微笑み語る。
「エリアーナ様はメイドでありながら、仮にも王妃の私に失礼な口を聞き、振る舞いも粗雑で乱暴、知性の欠片も見当たりません」
滑らかに話すベアトリスに口を挟めないエリアーナのピンク眼が見開く。
「エリアーナ様の無断のご訪問、荒々しいご挨拶を受けてもなお、私にはあなたを大声で罵ったりせず、言葉を交わそうとする理性がありますわ」
ベアトリスは抱いていたアイニャを解放する。寝間着の下着姿のままだが、貴族のマナーを一つも犯さず両手で裾を摘まみ、美しく礼をした。
エリアーナに教養をも見せつける。
「私の方が可愛くて、ごめんあそばせ?」
決着はつきましたわよねとベアトリスが上品に笑うと、エリアーナが憤慨する。
いくら頭が幼稚でアホでも煽られたことだけは本能でわかるのだ。
「か、可愛さマウント取られたー!ムカつくぅう!」
キーキー地団太踏み始めたエリアーナの背を押して、ベアトリスは彼女を部屋の外に追い出した。
ドアの前でエリアーナの癇癪は収まらない。
「絶対うちの方が可愛いんやからな!先生はそう言うてくれるもん!」
「まあ、エリアーナ様には、先生がいらっしゃるのですか?先生はエリアーナ様に何を教えられたのでしょう?
まるで何も身についておられないようですわね」
ベアトリスが品よく美しい笑顔のまま煽り勝つ。むぐぐぐと口を噤んだエリアーナだが、苦し紛れの捨て台詞を残した。
「絶対うちの方が可愛いんやもん!先生に聞いて来る!」
わーぎゃー騒ぎながら尻尾巻いて帰ったエリアーナは、完全に子どもだ。
ベアトリスは床で大人しく座るアイニャと顔を合わせ、肩を竦ませた。
「『可愛い』は果てない努力の上にあるもの。『可愛い』を舐めてもらっては困りますわ。ね?アイニャ」
「ニャ」
ベアトリスは敬愛するおじい様に育てられ、おじい様直伝の処世術を駆使して今まで一人で強く生きてきた。
『いいかいベアトリス。お前を攻撃する奴らには、こう言ってやるといい。
可愛くて、ごめんあそばせ、とな』
ベアトリスは愛するおじい様の言いつけをきちんと守る。
うさ耳メイドのエリアーナの挨拶を追い払い、ベアトリスの魔国での嫌われ者暮らしが始まった。
石造りの牢獄小部屋でも、ベアトリスは最大限に美しく自分を保つ努力をした。
「身支度は怠りませんわ。常に美しくあらねばいけませんからね!」
波うった艶やかな金髪をとかし、人間国から持って来た品のある軽装に着替えて清楚で清潔、気品よく整える。
豪華な化粧品や華美な装飾品やドレスがなくても、背筋を伸ばして美しくあることはベアトリスの誇りだ。
どんな時でも「可愛くてごめんあそばせ!」の啖呵を切る準備を怠らない。
当然のごとく美を磨き、知性も教養も磨きをかけ、勉学に励んできた。
だが、その賢く美しく、常に可愛くあろうと懸命に努力する姿が逆に、妬みの対象になることも多かった。
「アイニャ、参りましょう」
肩から下げる大きな布袋を持ち、アイニャをその中に入れた。アイニャが袋からちょこんと顔を覗かせるのが可愛くて、つい顔が緩む。
「ニャ!」
アイニャは賢くて美しく愛らしい。
アイニャになら、可愛くてごめんあそばせ?と言われてもいえいえ!滅相もございません!と頭を垂れてもいい。
「いつでも一緒ですにゃん!」
魔王様のために泣く生贄姫の役目を放棄するベアトリスに、誰も優しくしてくれない。
うさ耳メイドのエリアーナは挨拶(脅し)を言いに来たきり、服の用意どころか、食事の用意も、お風呂の用意も、何もしない。
華麗なる放置だ。
(まあ、生贄姫の扱いなどそんなものだろうと思ってましたわ!)
ベアトリスはアイニャを連れて、石造りの牢獄小部屋から一歩踏み出した。
「アイニャのご飯を、手に入れましょう!」
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