癒しの愛猫


質素な木のベッドの下を覗き込むと、金色の目をした黒猫アイニャがニャッと首を傾げる。



「アイニャただいまにゃー!」



アイニャを抱っこするとベアトリスの顔がふにゃふにゃ緩む。外面がどんなに屈強な女でも愛猫の前では素直だ。



ベアトリスに抱かれた黒猫アイニャは、すり寄せられる頬に頬をすり寄せ返した。愛らしい仕草にベアトリスはメロメロだ。



「あーん、アイニャ可愛いにゃー大好きだにゃー」


「ニャ」



アイニャも満足そうに頷き、ベアトリス頬を一度ペロリと舐めた。いちゃいちゃモフモフする二人はベッドに倒れ込む。



まるで石の上に寝転んだかのような感触だ。



「ベッドが固い……部屋もまるで牢獄ですわ」



条約により生贄姫に部屋を与えることは義務付けられている。だが、生贄姫の扱いなど奴隷と同じだ。



石造りの寒くて貧相な牢獄小部屋に木のベッドが一つあるだけ。あとは何もない。



真っ赤なウエディングドレスだけが煌びやかで浮いていた。



「アイニャと一緒に魔国に来れて、本当に良かったわ」



ベアトリスはアイニャを腹の上に乗せて、薄暗い石造りの天井を見上げた。お腹に乗る命の重みがベアトリスの唯一の生きがいだ。



人間国を離れる時、魔国のお迎えはアイニャを見て「使い魔」は許可すると言った。魔国には動物を飼うペットの概念がないようだが、使い魔認定のおかげで一緒に魔国に来れた。



「ずっと一緒にいようにゃー?」


「ニャ」



ベアトリスはこの劣悪な牢獄小部屋で、アイニャと二人で生きる覚悟だ。




人間国に帰ってしまったら、ベアトリスは


【汚職まみれのチビデブハゲ糞エロ変態伯爵】の奴隷嫁になる運命だからだ!




「魔国はある意味、究極の逃げ場だわ」




ベアトリスはお腹の上に乗ったアイニャに話しかける。腹の上に乗る命の重み、柔いモフモフの手触りに一人ではない心強さがある。



「魔国は、あの人たちの権力がまるで届かない異国ですもの」



訳アリ育ちのベアトリスには義理の姉がいる。



そもそもかなり逆恨みされていたのだが、ひょんなことからさらに呪われるほど恨まれた。



復讐心で魔王様の生贄姫に推薦され、


『帰ったらチビデブハゲ糞エロ変態伯爵の嫁にしてやるからなぁ!このクソビッチがぁ!』


と呪いの大エールを受け、ベアトリスは魔国に嫁いだ。



もう帰るわけにはいかない。



義姉の呪いにより、人間国で気持ち悪い頂点の男の性奴隷嫁になるくらいなら、


見知らぬ魔国の貧相な牢獄小部屋で静かに暮らしたい。



「絶対に人間国になど帰りませんわ!」



金色の波打った豊かな髪をベッドに広げたベアトリスは、黒猫アイニャの背を優しく撫ぜた。クスリと思い出し笑いをする。



「あのねアイニャ、魔王様ってね。500歳も年上って聞いていたから、どんなにヨボヨボかと思っていたの。でも実際はすごく綺麗な顔をしておられたのよ?」



アイニャは喉をごろごろ鳴らして、一人で話し続けるベアトリスの話を聞いている。



「あまりに美しくて驚いてしまったわ。シワシワだったおじい様とは大違いだったの」


「ニャ」



アイニャはタイミングよく返事をしてくれる。そういうところがツボなのだ。



ベアトリスはアイニャを撫でて、もう片方の手で自らの首に飾る金のペンダントを握り締めた。



アイニャと金のペンダントにだけ、


ベアトリスは心を語る。



「拝啓、おじい様!


ベアトリスはおじい様よりずっと年上の男性と結婚してしまいました。


でも、おじい様が望んだとおり



強く生きて、幸せになりますわ!」



ベアトリスは愛するおじい様への報告を終えて、アイニャを抱きしめる。



冷たい石壁に囲まれた牢獄のような場所にいても、二人でくっついていれば、温かく眠れた。







「ニャ」



黒猫アイニャの声に、ベアトリスがベッドで目を覚ます。すると、視界にはなぜか「うさぎ耳」が垂れていた。



「え?!ウサギ?!」



ベアトリスが予想外の出来事に警戒して身を竦めると、バシンッと大きな音が鳴った。



「痛いなぁッ!」



女の高い声が響く。ベアトリスは起き上がり、慌ててベッドの上でアイニャを抱いて座った。



「ものすっごい弾かれたやん!」



赤く腫れた右手を擦った女の子には、聞いたことのない訛りがある。



「さっすが初代魔王様の加護はハンパやないなぁ」



結婚指輪の力で、彼女ははじき返されたようだ。指輪がベアトリスを守ったのだ。



(これが、指輪の加護の力ですわね)



女の子はピンクの長い髪を高く二つ括りにして、9割方は可愛い人間の容姿をしている。だがなんと頭の上には「うさぎ耳」だ。



(うさ耳の、メイド?)



ぴくぴく動くうさ耳は本物だ。


魔族の形態は同じものが二つといないと言えるほど多様である。


彼女はピンク髪ツインテールにうさ耳を生やし、メイド服を着ていた。



「何の御用でしょうか?」


「挨拶や。うちはエリアーナ。生意気生贄姫のメイドや!イヤイヤやけどな!」



ぐいぐい顔を寄せるうさ耳メイドのエリアーナにより、ベアトリスは木のベッドの上で壁際に追いつめられた。



エリアーナが細い手を壁に置いて迫る。指輪の加護を警戒してか、触れてはこない。



「うちはアンタに仕える気なんてない。うちが仕えるんは魔王様だけや」



エリアーナの顔は整っていて基本は可愛いはずだ。だが、しかめっ面が酷く粗雑な印象である。



つまり、ガラが悪い。



「誰もアンタを認めへん。うちが丁寧に泣かしたるから、さっさと泣いてお家にお帰り?」


(ご訪問の目的は、イビリですわね?)


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