第3話 解答
これはあなたの話から考える、私の推測でしかないのだけれど。
モジャコーチは、現役のプロ野球選手だと思うの。
そう、現役。
日本のプロ野球は昔からプロ・アマの垣根が高く、現役の選手が母校の野球部練習に参加できるようになったのは二〇〇五年と、割と最近なの。
更にそこには、いくつかの制限があるわ。
とりあえずスマホに表示しておいたので、ここに置いておくね。
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※プロ野球現役選手の母校練習参加承認に関する規定
【日本学生野球憲章第12条適用】
シーズンオフ(12月1日~翌年1月31日)に、プロ野球現役選手が自らのトレーニングを行うため、母校で練習に参加することを認める。
練習参加を希望するときは、事前に当該校から所属連盟に届け出ること(口頭可)。
なお、ことさら当該校の宣伝とみなされるような行為は差し控えること。
※プロ野球現役選手の母校練習参加に関する申し合わせ事項
1. 母校の練習参加には所属連盟に事前連絡が必要で、必ず前日までの連絡、確認を高校においては野球部責任教師または監督、大学においては監督または専任 コーチと取ること。
2. トレーニングにふさわしい服装で参加すること。
3. 野球部員の前で喫煙はしないこと。
4. 野球部員の個々の進路に関することには関与しないこと。
5. 高校においては野球部責任教師または監督、大学においては監督または専任コーチが不在のときはトレーニングに参加することはできない。
6. 野球部員全体への挨拶、自己紹介や激励などの話をすることは差し支えないが、技術指導を伴うミーティングをすることはできない。
7. トレーニング中、個々の部員に気がついたアドバイスをすることは差し支えないが、ノックをするなどの指導はできない。
8. 他校を交えて合同練習をするときは参加できない。
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ノートにメモした事象に沿って説明するわね。
――モジャ、本名は誰も知らない。
――モジャ、十二月から竹野さんの個人コーチを始める。冬休みも含めて毎日。
――モジャ、一月中旬から全体練習コーチを始める。合同練習の日まで、約二週間。
――モジャ、一月末の合同練習を欠席。以後、行方不明。
モジャコーチは、十二月になって初めてグラウンドに現れた。そして監督と親し気に話していた。
もしかすると監督は、飲み屋さんかどこかで、たまたまモジャ選手と出会ったんじゃないかしら。
プロ野球の秋季キャンプは十一月下旬頃までだから、十二月からプロ野球選手はシーズンオフ。まだ若く、独身であろうモジャ選手は、実家に帰ってゆっくりしていてもおかしくないわ。
たまたま母校の監督とお酒の席か何かで知り合ったモジャ選手は、出身野球部の不祥事と、一年生だけでこの秋から新チームを作った事を知った。
更に監督は急遽任命された野球素人で、誰も教える人がいないという状況。
後輩達のために何かできる事はないかと思って、モジャ選手はオフの間のコーチを申し出たんじゃないかしら。
でも現役プロ野球選手がアマチュアに教えるためには、例え母校の野球部員相手でも細かい制限が課せられている。
この『規定』に書かれてある通り、基本的には『プロ選手の自主トレの一助として、母校の野球部と『合同練習』する』という事になっていて、本格的に野球を教えてあげる事はできない。しかもその学校が所属する野球連盟へ、事前の申請までしなきゃいけない。
そう。だからもう野球を教えるというよりは、プロ野球選手による凱旋イベントや激励会みたいなものよね。
その日程も、大学でせいぜい一週間、高校の場合は一日がほとんどじゃないかしら。
大学の野球部相手なら、プロ選手にとっても合同練習になり得るでしょうけど、高校の野球部相手じゃね……レベルが違い過ぎるでしょう。
自分の練習よりも、『高校生のための野球教室』という意味合いが強くなる。だから一日の場合がほとんどで、二か月丸々なんて申請が通らない可能性の方が高いと思うわ。
例え申請が通ったとしても、その練習内容は『申し合わせ事項』にあるように厳しい制限が付く。
皆を集めて技術指導するのもダメ、ノックのような全体練習もダメ。
これじゃあ後輩達にきちんと野球を教えるなんて、できるわけがない。
そこでモジャ選手は後日、監督とキャプテンの和洋くんに相談を持ち掛けた。
この『規定』と『申し合わせ事項』の網をかいくぐる抜け道をね。
それがあなた。竹野さんよ。
あなたは、野球部員でもなければマネージャーでもない。
ウチの野球部どころか、アマチュア野球組織とまるで関係のない、ただ野球が上手なだけの女の子。
あなたとキャッチボールをする、あなたを呼んで直接指導する分には、モジャコーチはこの『規定と申し合わせ事項』に従わずに済むし、事前申請なしに毎日グラウンドに来る事ができるわ。
ちょっと近くで母校の野球部員が練習していても、『申し合わせ事項』7番にある通り、気が付いたアドバイスを口頭でする事くらいは許されるはずよ。
あなたを実験台にして他の部員に教えていたのも、全体練習を避けていたのも、このルールに抵触しないための策だったわけ。
野球部員の皆が文句を言うどころかモジャコーチを慕っていたのは、この事情を和洋くんから聞かされていたのでしょうね。
これで騙し騙し、十二月から毎日野球を教える事ができるようになったモジャコーチ。
でももしマスコミに嗅ぎ付けられでもしたら、糾弾は避けられなかったでしょうね。
だから正体を隠すために、わざと髭を伸ばしたままにしていた。
あなたに着替え中のドッキリ写真を撮られても、自分の下着より顔を隠すくらい、慎重に進めていく必要があったのよ。
でも事情を知らないあなたは、一月中旬になって練習をサボってしまった。これじゃ練習が出来ないと、慌てて皆は探しに行った。
その間に、あなたは良かれと思って野球強豪校との合同練習、練習試合を一月末にセッティングしてしまった。
ただでさえグレーなやり方で野球部を教えていたモジャ選手は、合同練習にコーチとして参加できない。
事前申請もしていないし、練習試合の日だけしたとしても『申し合わせ事項』8番、他校との合同練習ができないに、抵触してしまう。
どのみち二月からは、プロ野球も春季キャンプが始まるので、モジャ選手がコーチを続けられるのは一月末まで。
そんな中、あなたが和洋くんに言った「女子は公式戦に出場できないから、練習試合をやりたい」という願望を叶えるために、モジャ選手はリスクを承知の上で、試合に向けた全体練習を始めたんだと思うの。
だからモジャコーチは、合同練習試合当日、姿を現さなかった。
二か月一緒に練習した後輩達の活躍を、その目で見たかったはずなのにね……。
* * *
「そんな……って事は、モジャがプロ野球選手だって皆知ってたって事!? なんでウチにだけ黙ってたの?」
「あなたはほら、確かに野球経験者だけどイマドキの女子高生じゃない。友達もいっぱいいて、なんでも写真に撮ってすぐSNSにアップしちゃうような……。もし正直に話して噂が広まってしまったら、モジャコーチに迷惑がかかるかもしれないと考えたんじゃないかしら」
私の推測に、竹野さんはショックで瞳を潤ませている。
それでも反論しないのは、そう思われても仕方ない自覚があるからだろう。
「でも竹野さん、私思うの。野球は素晴らしいスポーツだなって」
私は、机の上に置いてあった彼女のスマホを、人差し指でツンと叩く。
試合の後に撮ったのだろう。泥だらけのユニフォームを着たチーム全員の集合写真が、待ち受け画面に浮かび上がった。
その中央に一人だけ、ジャージ姿の女の子。でもそんな事ちっとも気にしていない笑顔で、チームメイトの男子達とじゃれ合っている。
「厳しい練習で仲間と絆を深め、試合でその仲間に想いを託す。それが野球でしょ」
竹野さんは黙って頷く。
「最初は皆、そう思って秘密にしていたかもしれないけれど、今は違うんじゃないかな」
その時、小さいバイブの音とともに、彼女の待ち受け画面にメッセンジャーの新着通知が表示された。
『和洋:すまん瑞穂、話があるんだけど今から部室に来てくれないか?』
そのメッセージを見た瞬間、竹野さんは勢いよくスマホを取って立ち上がる。
「ごめんいいんちょ、ウチちょっと行ってくる」
「いってらっしゃい」
「ありがと! 今度一緒にキャッチボール、しよ!」
そう言い残し、走って教室から去っていく竹野さん。
その背中を見送ってから、私は思わず呟いた。
「それにしても竹野さん。どうして私に相談したのかしら……」
不思議に思いながら、鞄から読みかけの本を出した。
「あ」
『プロ野球全選手カラー写真名鑑』を。
<出典>
プロ野球現役選手の母校練習参加承認に関する規定
https://www.student-baseball.or.jp/charter_rule/kitei/kitei_pro_schooltraining.html
プロ野球現役選手の母校練習参加に関する申し合わせ事項
https://www.student-baseball.or.jp/charter_rule/kitei/kitei_pro_schltraining_ap.html
JK好きの野球コーチがウチしか指導しないんですけどっ!? トモユキ @tomoyuki2019
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