第2話 整理

 竹野さんは、少し焼けた肌が健康的なイマドキ女子高生。友達も多く、クラスでも目立つ明るいムードメーカー。

 いつも一人で本ばかり読んでいるお堅い委員長の私とは、真逆の存在だ。


「つまり」


 放課後の教室で、私は目の前に座る竹野さんの長話を聞き終えて、その用件を確認した。


「竹野さんの相談は、そのモジャコーチに野球部に戻ってきてほしい、そのためにはどうしたらいいのか? で合ってるかしら」

「そうそれ! ようやく委員長と通じ合えた気がするんですけど!」


 私がどうこうよりも、あなたが散々長話をした挙句、最後まで相談内容を言わなかったんじゃない。

 それでも魅力的な笑顔を浮かべる竹野さんに、私は好印象を抱いてしまう。

 これだからコミュ強はすごい。あっという間に人の心に入り込む。


「他の部員の人には、相談してないの?」

「部の皆にもモジャを探そうって言ったんだけど、モジャにも事情があるんじゃないとか言って、誰も動いてくれないの。薄情すぎん?」

「和洋くんや監督さんも?」

「和洋も基本同じスタンス。無理に探すのは止めようって言われた。監督も、突然連絡取れなくなっちゃったんだよね~って言うだけで、なーんもしてくれそうにない」

「そう……」

「皆あれだけモジャの事、慕ってたのにさ、手の平くるっくるなんだよ。練習試合に来なかったのは確かにありえないけど、そこで勝てたのも今までモジャがコーチしてくれたおかげなんだし。もしかしたら病気や事故で来られなかったかもしれないし、やっぱ心配じゃん!」


 鼻息荒く主張する竹野さん。

 私は鞄からペンとノートを取り出した。


「ちょっと質問しながら、ノートにまとめていってもいいかしら」

「さすいんちょ。真面目か」

「まず、そのモジャコーチの名前は?」

「知らない」

「……え?」

「だから、知らない。皆モジャって呼んでたし」

「監督さんも知らないの?」

「わかんない。でも監督もモジャって呼んでたからなあ」


 私はノートに一行、メモする。


――モジャ、本名は誰も知らない。


「そのモジャコーチが来たのは十二月に入ってすぐで、それから毎日、冬休みの間もコーチに来てくれてたの?」

「うん。年末年始除いて、一月末の合同練習まで一日も休まなかったよ」

「じゃあ竹野さんも、毎日野球の練習してたって事?」

「えーとだから、年明けてから一回だけサボった。合同練習の話を友達から聞いた日だけ」

「その次の日から、和洋くんの話を聞いたモジャコーチは皆にノック練習するようになって、監督も合同練習に合意したんだよね」

「そうそう。だったらモジャも、もっと早くノックやれよって思った」


 更に二行、追加する。


――モジャ、十二月から竹野さんの個人コーチを始める。年末年始以外、毎日。

――モジャ、一月中旬から全体練習コーチを始める。合同練習の日まで、約二週間。


「それで一月最後の土曜日、合同練習にモジャコーチは来なかった。その日以来、二月も練習に姿を見せなくなった」

「そういう事」


――モジャ、1月末の合同練習を欠席。以後、行方不明。


「竹野さん、そのモジャコーチの写真は撮ってないの?」

「あー、練習中はスマホ禁止だったから……あ、ちょっと待って」


 竹野さんはスマホを取り出すと慣れた手つきでささっと操作して、一枚の写真を私に見せた。

 私はそれを見た瞬間一気に頬が熱を帯び、慌てて目を逸らした。

 そこには着替え中の、髭伸び放題の毛むくじゃら男が写っていたのだ。

 慌てて腕を伸ばしてカメラを拒否するポーズを取っているものの、トランクスが丸見えの状態だ。


「一回ふざけて撮ったんだけど、超怒られて削除させられちった。でもこれだけは、美顔アプリで直接撮ってたから残ってたんだ。ただこの写真じゃ、顔分かんないよね……ちょい待って。加工してみっから」


 伸ばした腕が顔の半分を隠していて、更にもう半分も髭面なのだ。この写真では、モジャコーチの顔は判別できそうもない

 それでも竹野さんは、楽しそうに写真加工を繰り返している。


「美肌加工しても、白髭ジジイになるだけだな、ウケる」


 私もその間に自分のスマホを取り出して、気になった情報をさっと確認した。


「やっぱ顔、見えないや。どうやっても髭しか勝たん」


 ようやくスマホから顔を上げた竹野さん。私は眉尻を下げて忠告する。


「竹野さん。やっぱりモジャコーチの事はもう探さない方がいいと思うの」

「え! なんで! もしかして何か分かったの、いいんちょ!?」

「ええ、まあ。推測でしかないけれど」

「ちょマジパない! じゃあ教えてよっ、なんで探さない方がいいわけ? なんで委員長までそんな事言うのっ!?」

「そうよね……あなたは部の皆にそう言われて、納得できないから私に相談に来たくらいだものね」

「お願い、何でもお礼してあげるから! モジャの居場所、教えてっ!」

「そうねえ……じゃあお礼に」


 私は竹野さんのスマホを指差した。


「その写真、削除してくれたら教えるわ」

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