JK好きの野球コーチがウチしか指導しないんですけどっ!?

トモユキ

第1話 証言

 十二月に入ったばっかの鬼寒い日、ウチの野球部が練習しているグラウンドに、オッサンが入って来たの。

 髭モッジャモジャで身体も大きいから、最初どこの山から下りてきた山賊!? って二度見した。

 でもそのモジャは、真っすぐ監督のトコ行って話してたから、先生の知り合いなのかなーって思ったんだ。


 ほら。ウチの野球部って例の不祥事あってから一年だけのチームになっちゃったじゃん?

 え知らないの委員長。ヤバくない?

 ウチの野球部、夏の大会後に部内イジメが発覚しちゃって……前の監督と二年全員が辞めさせられたわけよ。

 でー野球素人の先生を監督に据えて、和洋かずひろたち一年生だけで秋から新チームになったの。

 でも一年生は全員合わせても八人しかいない。そこで新キャプテンになった和洋からヘルプを頼まれたのが、ウチ。

 竹野瑞穂たけのみずほちゃんってわけ。


 いや、マネージャーじゃねえし。

 こう見えてウチ、小学生の頃は和洋と一緒に少年野球やってたんよ。

 男子押しのけてレギュラーだったっつーの。


 いや、部員はありえないし。

 高校の野球部って、大会規定で女子は公式戦出れないの。

 そんな中、野球部入って泥まみれで過ごすくらいなら、やっぱ友達と遊びたいじゃん?

 だからヘルプ。

 一人足りないからどうしてもって和洋に頼まれちゃーね。

 ……は? ちげーし! 彼氏じゃねーし‼


 とにかく話、続けるよっ!


 そのモジャと監督が話してる間、ウチらは和洋のノックで守備練習してたわけよ。

 そしたらウチだけ監督に呼ばれて、モジャを紹介された。


 どうやらモジャはウチの野球部OBで、大学でも野球やってたらしい。

 監督はモジャにチームのコーチを頼んだってわけね。

 まぁそれ自体はいいよ。

 監督は野球素人だし、コーチをOBからってのは、高校野球じゃよくある話だし。

 でもそのモジャは全然ノリ気じゃないっていうか「JKとキャッチボールすんならいいぜー」とか言ってくるわけ。

 チャラ男で山賊とか、どんだけ属性盛ってんだコイツって思って。

 失せろって念をこめてモジャを睨みつけてやった。

 そしたら和洋がやってきてさ。

 とにかくキャッチボールの相手だけしてくれればいいからって言うから、仕方なくやってやったわけさ。


 まぁ経験者は、キャッチボールやればだいたい分かるよね。

 小太りな体系でゆったりしたフォームのクセに、モジャは糸を引くような綺麗な球を投げるわけよ。

 それに比べてウチはボール投げるの久しぶりだったからさ、自分でもしっくりこないフォームで投げてたわけ。

 そしたらモジャがアドバイスしてくんの。

 もっとフォロースルー大きくしろとか、ステップの幅を広げてとか、一歩踏み込んでから投げろとか。

 言われた通りにやってるとすぐにフォームも安定して、狙い通り投げれるようになった。

 悔しいけどこのモジャ、なかなかやるじゃんって思った。


 すると和洋達もノックを止めて、ウチらと並んで皆でキャッチボールを始めたのね。

 モジャは私とキャッチボール続けながら、横目でチラチラと他の部員を見てアドバイス送ってた。

 どうしても言葉で説明できない時はウチを呼び寄せて、肘の高さはこうとか、ここで胸を張ってとか、ウチの身体を実験台に教え始めたのよ。


「そんなん本人にやってあげなさいよっ!」って文句を言うと「どうせなら瑞穂ちゃんとイチャイチャしたいから」とか言うわけ。

 このセクハラ山賊、最っ低! と思って速攻校長に訴えてやりたかったんだけどさ……。

 部員は真面目な顔で私のフォーム見て真似してるし、モジャも別にどさくさ紛れでエッチな事をしてきたわけじゃないから、結局そのままズルズルと……。

 その日はそれで終わったんだけど、それから毎日、モジャはグラウンドに顔を出すようになった。


 モジャは監督とダベりながら待ってるみたいで、ウチが来ると専属コーチみたいにひっついてくるんだわ。

 キャッチボールとか素振りとか、ティーバッティングの球投げとか。

 とにかくウチの個人指導しかしようとしない。

 ノックやバッティングピッチャーやってくれれば他の部員も一緒にできるのに、絶対やってくれないのよ。


「コーチならちゃんと皆を平等に扱って!」って言うんだけど、モジャは「だって俺、瑞穂ちゃんの専属コーチだから!」ってデレデレして言う訳。

 キモッって言って邪険に扱っても、他の部員と一緒に笑ってるだけ。

 それでも皆モジャの事認めて仲良くしてんだよね。

 ホント、おかしいのはウチかよっ! て感じ。

 

 まぁ確かにね。

 モジャの実力、指導力は本物だと思うよ。

 たまにモジャ一人で素振りとかしてるんだけど、やっぱスウィングスピードがウチらとは段違い。

 それで部員も一緒になって素振り始めると、横目で一応アドバイスはする。

 で、細かい話になってくるとまた私を呼び寄せて実演させるわけ。

 おかげでウチのスウィングめっちゃ速くなったけど、ちゃんと他の部員も鋭いスウィングするようになってんだよね。

 こう結果出されちゃうとさ、それダメじゃん! とは言えなくなってきちゃうわけよ。


 でもやっぱさ、一応ウチも女子なわけよ。

 モジャと必要以上にイチャイチャしたくないわけ。

 和洋に愚痴ってそれとなくモジャに注意してくれって言うんだけど、いつも適当ムーブで躱されて。

 そのままズルズルと、クリスマスも冬休みも正月明けも、練習、練習、練習。

 もうムカついたから、一回練習サボってやったの。


 突発的にサボっちゃったから、一人でぶらぶら街歩いてた。

 したら偶然、他校に行った少年野球チーム時代の女友達にバッタリ出くわして。

 近況報告含めて、ウチの野球部とモジャの事話したんだ。

 そしたらさ、その子のお兄さんが野球部のキャプテンやってるみたいで、

「良かったら一月最後の土曜日に、ウチの野球部と合同練習で試合しない?」って持ち掛けてきたの。


 その学校は野球強豪校で、毎週土曜日は他校と合同練習兼ねた練習試合をしてるみたい。

 でもどうやらその週末、相手高校がキャンセルしちゃったらしくて。どこでもいいから練習相手を探してたんだって。


 ウチらが話してたらちょうど和洋達がやって来て。どうやら部員総出でウチの事、街中探し回ってたみたい。

 でちょうどいいからその場で試合の事話して、オッケーでいいよね? って言ったの。

 そしたら最初全然ノリ気じゃなくて。

 皆、試合したがってたの知ってたから、強豪校だからってビビッてんじゃねーしって思った。

 どうせウチのチームは人数足りないから女のウチも出るし、向こうも一年だけのスタメンにしてもらおうよって言っても、和洋は引かなかった。

 そのうち友達も呆れちゃって「まあそっちの監督とも相談してよ」って事で、その場は解散になった。


 もう信じらんなくて。ウチは和洋にキレた。

「私ばっかモジャの練習相手になるのはもう嫌だし、練習しても試合できないんだったら、もう練習なんて行かない」って。

 そしたら和洋もビビったみたいで、ようやく「モジャと監督に話してくる」って言ってくれた。


 次の日から、モジャは皆にノックもするし直接指導するようになった。

 監督から向こうの野球部に連絡してもらって、合同練習もやる事に決まった。

 部員の皆は最初めっちゃ驚いてたけれど、やっぱり試合に向けて直接モジャが練習してくれるのは、嬉しかったんだと思う。

 すっごい真面目に練習取り組んでた。

 チームの士気も高まって、ウチらなんかアオハルじゃね!? って感じで、ちょっと嬉しかった。


 そして一月最後の土曜日。相手校がやってきた。

 合同練習の後に始まった練習試合。ウチは二安打したし、エースの和洋もふんばった。

 そしてなんと、ウチらがサヨナラ勝ちしたの。

 ギャラリーも結構集まって超盛り上がったんだけど……やっぱり皆、少し寂しそうだった。


 モジャがその日、最後まで来なかったから。

 いや、その日だけじゃないんだ。

 その日以来、モジャはグラウンドに姿を見せなくなっちゃったの。

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