第2の視点 B

「これにてスクールを終了します」

 そのかけ声と共にたくさんの人間の足音が一切に外出のために部屋を出始めた。クラスメイトが30人ほどだったからこの足音はさしずめ28人といったところだろうか。

「#B一緒に途中まで帰らないかい」

 雑踏をさけるために足を止めていた私に声がかかった。

「ええ、構わなけど」

 あまりにも唐突な、けれど慣れた声に私は思わず肯定的な返事をしてしまった。

 私は彼の隣になるように歩調を合わせながら部屋を出て行った。

 彼の歩んでいる道はどうやら駐車場へと向かう物ではないようだ。

「キャンセル」

 迎えの車両をどうやら彼は追い返したらしい。

「こっちの道で帰るのでかまわないよね」

「ああ」

 私は自分ので車両を呼びつけるような力は無いだから徒歩で帰れるように彼をそう促した。

「にしてもどうしても、L5が私に声をかけるなんて」

 私は自嘲気味そんなことをいった、彼は確かに昔なじみだ。だけどそれ以外に同じものなんてなにもない。

「まぁそう言わないでくれ君とは古い付き合いだ、そろそろ縁が切れるのなら多少会話をしたいと思ってもおかしくはないだろ」

「たしかに、もうその時期ですからね、けどどこか申し訳ない気持ちになってしまうのはどこか心苦しいですね」

 私は柄にも無く切なくなった、生きている世界が本質的に違いすぎるだからといってそれが彼と私を完全に無縁にする物かと言われればそうでは無い、なかったのに。

「何故君が心苦しいなんて思う必要があるんだ、これはあくまで私からの提案なのだから」

「たしかにそうですけど、私の1sとあなたのは同じでは無いのだから」

「それは一体なにを意味しているんだい」

 嫌みな人とは思わないのが付き合いの長い証拠いや、あいつのせいと知ってしまった人間の余裕か。

 気がつけば私達は車が行き交う道のり傍の、私にすれば通い慣れた道を歩いていた。鳴り響く車の音は彼の声を、足音を確実にかき消してしまう。

「あなたはL5私はL1、それ以上でもそれ以外でも無いわ」

「たしかにそのレベル差はこれからの行動規定に明確な差異を生む根拠ではあるがそれ以上のものにはなり得ないはずなのだが」

「あなたにはその認識でいるのなら、私の認識を少し共有するわ。私たちを分ける差異であるレベルの定義は規定データ量をダウンロードするのにどれほど時間がかかるかになっているわ」

「根底の作業効率の差異それが時間の価値、なんて当たり前のことを言うつもりかい」

「ええ」

 私は思わず口をつぐんでしまった、そのおかげか彼が足を止めたのにいち早く気づくことができた。この信号は私のような人間には歩くことすら裁量が与えられていないことを毎日のように教えてくれる、最低のスクラップだ。

「私達はこれから縁が切れるのよね」

「ああ当然だ、まああくまできっとというはなしだからね」

「あなたのレベルなら全然良いポジションにつくことが出来るに決まっているわ。私はレベルがレベルだけにどうなることか」

 急がなきゃ行けないことを知らせるある種のアラームに私は少しの涙をこぼしそうになってしまった。

 彼は機械的に歩き出した、この信号がこんなにも早く変わるのを私は初めて見たかもしれない。

「私ね最近、自分がおかしいような気がしてたまらなく不快なの。なんていうか」

「そういうことを言っている君の表情はいつも一致しているよ」

「どんな顔」

「決まって、不安そうなそんな顔」

 彼は立場にしては珍しく目を力強く細めていた。

「もう少しこのままでいさせてくれ」

「あなたは、#Aも何だかんだ、昔みたいだよ」

「抑制機構を使わなきゃそんな物なのかな」

「私はどうにもその感覚がわからないの、これもまた不快感の原因の一つなのかな」

「レベル1には幼体から抑制に適合する司令は降りないから、だから使ってないのか」

「まぁそれが一番かな、私の場合は追加で譲渡エネルギーも大した量じゃ無かったから出来るだけ固定支出は減らしたくて」

「いつも移動に車両を使わないのはそれが理由だっけ」

「ええ、適合率が年を負えばもう少し上昇するかとも思っていたのだけど、そんなことは無かったみたいだしね」

「それは君が適合投与を受けていないのが理由では無いのかい」

「まぁ…そうかもね。でも私だって一度だってやったことなかった訳じゃ無いんだよ。けどあの感覚は二度も三度も経験したいものとはとても思えないものだったの」

「私はそれがどんなものか見当がつかないのだがどんなものなんだ」

「あなたって本は読んだことある」

「書類から情報を摂取したことはないな」

「んっ。そう、私はね。実はラーを、ラーナーを使う時間よりもはるかに莫大な時間を読書に費やしてきたの」

「なんて非効率な」

「やはりあなたもそういう反応をするしか無いのよね」

 私はこの人から離れなくてはいけない、どうせ離れるのならせめて私の手で私の行動を直接原因としなきゃ。

「ジェレミーベンサムって名前聞いてことある」

 お願い、お願いだから私に耳を傾けて。

「なんだい、それが名前なのかい。変な文字列だね」

 お願い

「彼はね、犯罪者であっても日常的な恒常的な監視下にあれば生産的な労働を習慣化することができると考えたの」

「絶滅した言葉だらけだね」

「自省録には生きることが許されている間に良き人間であれといった旨のことが書いてあるの」

「なんとも、管理権限保有者に対する訓令ににているようだが、一切指揮フォーマットに適合していない表現だ」

 やめて

「どちらも今から最低でも二百年は制作されてから経過しているわ」

「ウアジェトの誕生以前の記録と言うことか、やけに不確かであるわけだ」

 なんだかせめて少しでも彼に遺恨とでも楔とでも言うべきもを打ち込みたくてたまらない、そんな気持ちが私の全てよりも優先して前に出ようとして抑えられなくなってきた。

「急に足を止めてどうしたんだ」

「いえ、あなたにもそう見えてしまうのね。

 ねえそこのあなた」

 私はそこに歩く凡庸でランクの低そうな男に声をかけた。

「どうしましたか」 

「ジェレミーベンサムって名前ご存知」

「私は該当情報を保有していません」

「そう」

「#B、ダイレクトエントリー用プラグを開いてくれ、オーダー受諾が確認出来ないんだ」

「あなた、そうそうなのっか、ゴホッ」

「咳だって、何故。」

 まさか汚染風が来てたなんてシステムの電源を切ってるとこう言うときだけはどうにも不便なの、そんな悪態もほんの一瞬脳をかすめるだけしか現れなかった。

「レベル5権限により検査を開始します」 

「1890820:何故オフラインなのかセルフチェックの結果の即時開示を要求、また事実検証のためレベル5権限より四肢動作抑制命令を最上位権限で実行」

「こんなところで、ドジったなんて」、笑われたくないのに、笑われちゃうな。

「対象の逃走を確認、個別稼働中の人民への支援要請」

 私はあまりにも自分の意識が暴れすぎているのに気づけていなかった。

 やめて私に触らないで、気がつけばそこらにいる人はきっと私の敵になってしまっている。

 どこか遠くから響く異様な音は間違えなく私の行いを裁く、それが正しいと信じて疑わない、そんあ奴らの先兵だ。

 私はとっさにジャミングようにマシーン度電源を入れてマントを羽織った。

「視覚情報に該当対象検索不可」

 私を安心させる声が彼の声で聞こえてしまった。

「ゴホッ」思った以上に霧がどやら濃いみたいこれじゃいつまで持つか…。

「参加市民に情報開示、セルフチェックを開始」

「ねえ#A、私はさっきベンサムを引用したけど実は彼の思考が理解できないの、だってパノプティコンが最大多数の最大幸福に繋がるようにはとても見えないのだもの。

 それよりもジョージオーウェルのように露骨に嫌がらせでやってるって示してくれた方がよっぽど人道的に見えるわ」

「君はどこに行っているんだい」

 私はリスクを覚悟で彼を殴り飛ばした。

 せめて私の手、これがこんなにも直接的だなんて。

「さようなら#A、覚えてるここの廃墟ここは昔私達が遊んでた廃材置き場だよ」

「あっ」せめて私を忘れても、嫌ってもここの事実と、この経験だけは忘れないで。

 きっと今なにを叫んでもそれはヘリにかき消されてしまう。

「一足先の縁が切れね」

 私は我ながらなんてか細いのだと哀れんでしまう程弱い声でそれだけ言って、さび付くべきなのかもしれない扉をくぐった。

「もう私は迷えないのね。

 マエストロに連絡して、通信ログから少しでも脆弱性を見つけないと」

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ウアジェト曰く些事 @Sin31415

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