領域の魔術師はサボりたい〜世界最強は省エネを追求する〜

潮騒

黒ランクと新米冒険者

 エレスティアル王国の王都アストレアルにある冒険者ギルド支部。ここには王国のさまざまな場所の依頼が来るため、冒険者の数も多い。


 今日も多くの冒険者で賑わっているようで、併設された酒場にはこんな真昼間でもどんちゃん騒ぎをする奴らがいる。基本うるさいのはこいつらだ。


 かくいう俺――エリア=ハイオーネはというと、こんな昼間でもしっかりと冒険者としての仕事に勤しんで……


「ちょっと、エリアさん!またこんな昼間からだらだらして……!というか、ここはギルド職員以外は立ち入り禁止ですよ!何回言ったら分かるんですか!!」


 なんか変な声が聞こえるが気のせいだろう。仕事のしすぎで疲れているのだ。幻聴幻聴。


「寝たふりしても無駄ですよ。起きてるのは分かってるんですからね!」


 よし、最初からやろう。エレスティアル王国の……


「い!《・》い!《・》か!《・》げ!《・》ん!《・》に!」

「だぁー、うるせぇ!!耳元で大きな声を出すんじゃねえよ!」

「ふぅ、やっと反応してくれましたね」


 体を起こした俺を仁王立ちで見つめるのはギルド職員のシェスカ=ユークレアだ。黒髪のロングヘアーで一見大人しそうな見た目だが、そうではない。

 事あるごとに俺の行動に文句をつけてくるのだ。俺はただギルド職員専用の休憩スペースで寝ているだけなのに。


 というか、耳元で大きな声を出されたら誰でも反応するだろう。反応しない人がいるなら見てみたい。それか、是非名乗り出てほしい。


「本当何度注意したら分かってくれるんですか。ここはギルド職員専用の場所です。冒険者は使用してはいけません」

「そう堅いこと言うなって。いっそのこと共同スペースにするってのもアリなんじゃ」

「ナシです!それに職員は召使いではないです!コキ使わないでください!」


 シェスカが指さした方を見ると、茶髪のギルド職員がお茶を持ってきているところだった。彼女が持ってきてくれたお茶は俺が頼んだ物だ。


「大丈夫だって。昼間は人もそんなに来ないし、ボーッとしてるのもアレだろうからな」

「大丈夫じゃないです!ほら、あなたも仕事に戻って」


 シェスカはお茶を持ってきてくれた職員を仕事に戻す。俺はお茶を一口。ふぅ、美味い。


「頼んでいた仕事はもう終わったのですか?期限は決まっていませんが、なるべく早くとのことで……」

「あー、それならさっき終わらせたぞ」

「う……そういうところは流石というべきですね」


 もちろん、寝ているとはいえしっかり仕事もしている。"仕事も睡眠も完璧に"。それが俺の冒険者としてのモットーでもある。まあ、仕事しないとシェスカがうるさいというのも理由ではあるが。


「と、とにかく!職員専用のスペースで寝るのは」

「シェスカさん。人が足りないので来てもらってもいいですか?」

「分かった。すぐに行く!……私が戻ってきた時にまだいるようでしたら——分かってますよね?」


 シェスカは笑顔で俺を圧倒してくる。笑っているようで笑っていない。プレッシャーだけなら討伐難易度ランクAのモンスターよりも上な気がする。


「分かったって。ほら、早く行ってやれよ」


 俺がそう言うと、シェスカは振り返って受付の方に向かった。


「さて、俺もちょっくら働きますかね」


 俺はすぐそばに立てかけてあった杖を手に取り、ギルドマスターからの指名依頼をこなしに向かった。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 受付に向かったシェスカは空いている受付に座り、冒険者たちの対応をする。


「次の方どうぞ」


 そう呼ばれて受付に来たのは白い帽子を被った、銀髪の少女だった。その手には身の丈ほどの杖を握られている。


「あの、登録をしに来たのですが……」

「はい、冒険者登録ですね。少々お待ちください」


 シェスカは登録用の用紙とペンを取り出して少女に渡す。少女は用紙に必要事項を書き込んで提出した。


「リルカさんですね。冒険者カードを発行するので、もうしばらくお待ちください」


 銀髪の少女リルカはコクリと頷いてシェスカを待つ。数分後、シェスカがカードを持って戻ってきた。


「こちらがリルカさんの冒険者カードになります。依頼を受ける時や報告時に必要となりますので失くさないようにしてください」

「分かりました」


 そう言ってリルカはカードを受け取る。


「次にランク制度についてお話ししますね。冒険者にはそれぞれランクが決められます。そして、そのランクに応じて受けることができる依頼が変わってきます。自分より上のランクの依頼は受けられないので気をつけてくださいね」

「たしか最初のランクは紫でしたよね?」

「そうです。ご存知だったんですね!」

「父が冒険者だったのである程度は……」


 リルカは「えへへ」と少し照れながら言う。シェスカは微笑みながら説明を続けた。

 

「リルカさんが言った通り、最初のランクは紫です。そこから、藍、青、緑、黄、橙、赤、黒と上がっていきます。まあ、黒ランクの冒険者は世界で七人しかいないんですけどね。リルカさんも黒ランクを目指して頑張ってください」


 シェスカは「あはは……」と笑いながら言う。実際、黒ランクになるには膨大な量の依頼をこなすか、相応の実力を示す必要がある。並大抵の努力では黒ランクにはなれないのだ。


「依頼はあそこに貼ってあります。今から見てきてはどうでしょうか?」

「はい!見てきます!」


 リルカは小走りで依頼が貼ってある場所に向かった。そして、ランクが紫の依頼をいくつか見繕ってシェスカの元に戻ってくる。


「これとこれ、あとこれをお願いします!」

「ネーレ草の採取とエッジバードの卵の調達、ランドラビット五体の討伐ですね。この依頼ならすべて近くのエルファンの森で達成できますね」

「はい!そう思って選びました!」


 リルカは気づいてもらったことが嬉しかったのか、とても上機嫌で答える。シェスカはリルカから冒険者カードを貰い、作業に移る。


「あ、一つ言い忘れてましたが、依頼には期限があり、期限を過ぎるとペナルティが発生するので気をつけてください」


 シェスカはリルカの冒険者カードに依頼の受注情報を入力しながら説明を加える。リルカはうんうんと頷きながら説明を聞いた。


「分かりました。それじゃあ行ってきます!」

「初めての依頼、頑張ってくださいね」


 リルカは返されたカードを持って、冒険者としての初依頼をこなしに向かった。







 それから数時間後、仕事をしていたシェスカの元に全身傷だらけの冒険者が息を切らしながらやってきた。


「ザリアさん!?ど、どうしたんですか!?」


 その冒険者はザリアと言って、橙ランクのそれなりに名の通った人物だ。彼は常に慎重であり、仲間とともに一切の慢心をせず、どんな依頼でも準備を怠らずにこなしてきた。面識の長いシェスカですら、彼が重傷を負ったところを今まで見たことがないほどだ。


 そんな彼がボロボロの状態で帰ってくるなんて余程の緊急事態だろう、とシェスカは推測し、他のギルド職員にポーションを持ってくることを頼みながらザリアの話を聞いた。


「一体何があったんですか?」

「よ、要件だけ、伝える……。エルファンの森に、サーベルキマイラが、出現した。すぐに、赤ランク以上の、冒険者を……ガハッ!」


 ザリアが激しく吐血する。シェスカはザリアを心配しながらも、彼が命がけで伝えてくれた情報を無駄にはさせまいと思考を加速させる。


(比較的弱い魔物しかいないエルファンの森に討伐ランク赤のサーベルキマイラが出現するなんて……。とにかくザリアさんの言う通り赤ランクの冒険者に出動要請を……)


 赤ランク以上の冒険者で一定の街に滞在している者は少ない。ここ、王都にも滞在している人は少なく、しかも全員出払っているのだ。


 だから、冒険者ギルド本部に掛け合い、すぐに出動可能な赤ランク以上の冒険者を派遣してもらおうと考えていた矢先、あることを思い出す。


 数時間前にエルファンの森に向かった、冒険者になったばかりの少女。リルカはどうしたのかと。周りを見渡してもおらず、依頼完了の手続きに来た形跡もない。シェスカの脳内に最悪の可能性がよぎる。


「誰か!ザリアさんの様子を見ててください!」


 そう呼びかけ、近寄ってきた冒険者にザリアを任せつつ、シェスカは大急ぎで本部に連絡を取ろうと、通信用魔道具がある場所に向かう。


(なんでこんな時にサーベルキマイラが現れるの!)


 突然出現したサーベルキマイラに悪態を吐きながら、一人の人物を思い浮かべる。その人物は昼間から冒険者が立ち入り禁止なはずの職員専用スペースで寛いでいた。普段からぐうたらしている彼が珍しく出払っているのは自分のせいだ、とシェスカは自身を責める。


「もしもし、聞こえますか!エレスティアル王国王都支部のシェスカ=ユークレアです!応答お願いします!」

「はい、いかがされましたか?」

「王都近くのエルファンの森にサーベルキマイラが出現しました!至急、赤ランク以上の冒険者の派遣をお願いします!」

「少々お待ちください……申し訳ありません。現在、本部から派遣できる冒険者は全員出払っておりまして、そちらに派遣できる冒険者はおりません。申し訳ありません」

「なっ……わ、分かりました……」


 冒険者ギルド本部からの話を聞き、シェスカは歯痒い思いをしながらも通信を終えた。


「エリアさん……」


 ポツリと漏れ出た彼の名前。それは、近くに誰もいないからという油断もあり零れたのだが、残念ながらシェスカの認識は間違っていた。


「俺がどうかしたか?」


 いつのまにかエリアがシェスカのすぐそばに立っていた。彼は何も答えないシェスカに首を傾げる。


 シェスカはエリアの顔を見ると、手に持っていた通信用魔道具を置き、エリアの両肩をぐっと掴む。


「ちょ、マジでどうした?」

「エリアさん……助けてください」


 シェスカは涙目になりながらエリアに助けを求める。その様子を見て、エリアは困惑した表情から真剣な目に変わる。


「何があった?」

「エルファンの森に、サーベルキマイラが出現しました。発見した冒険者たちは橙ランクでしたが、ボロボロの状態で戻ってきました。おそらく、まだエルファンの森にいると思われます」


 シェスカは状況を手短に伝える。エリアは静かにそれを聞いてからシェスカの頭に手を置いた。


「大丈夫だ。橙ランクの奴ならそう簡単には死なないさ。それに、サーベルキマイラは俺が後でなんとかしてやるから——」

「後で、じゃダメなんです!」


 シェスカの話を聞いて、ボロボロになった冒険者を心配して涙目になっているのだろうと思ったエリアは優しく宥める。だが、シェスカが涙目な理由は別にあった。


「エルファンの森に、今日冒険者になったばかりのリルカさんが行ってるんです。でも、リルカさんはまだ冒険者ギルドに帰ってきてなくて……。王都には帰ってきてるかもしれないですけど、万が一のことを考えると、いてもたってもいられなて……」

「そうか……」


 エリアはそう呟くと、シェスカの腕を自分の両肩からそっと離す。そして、静かに杖を構えた。


「貸し一つだぞ、シェスカ」


 それだけ言うとエリアはその場からえ《・》た《・》。残ったシェスカは小声で「ありがとうございます……」と呟いた。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「はぁ……はぁ……」


 少女はひたすら走る。先ほどからずっと走り続けているために止まりそうになる足だが、必死に力を入れて全力疾走を続ける。その理由は彼女の後ろを見ればよく分かる。


――ガルァァァァァァ!!!


 大きな獅子の顔と体。背中には山羊の頭。そして、尻尾は大蛇。それだけ見れば、誰もがその生物をキマイラと言うだろう。


 しかし、彼女を追いかけている魔物はその特徴に加えて、獅子の口に大きな二本の牙が生え、なおかつ蝙蝠のような翼が山羊の頭の左右から生えていた。これらの特徴から、この魔物がキマイラの上位種のサーベルキマイラであると断定できる。


「はぁ……はぁ……きゃぁっ!」


 リルカが疲労からか、足がもつれてその場で転んでしまった。サーベルキマイラはリルカの少し手前で止まる。


 そもそも、サーベルキマイラほどの大型の魔物ならすぐにリルカに追いつくことができるのだが、それをしなかった。理由は単純、サーベルキマイラは遊んでいるのだ。自分より弱い存在が必死に逃げていることを面白がっている。


「い、いや……来ないで……」


 サーベルキマイラはゆっくりじっくり獲物リルカの恐怖心を煽るように距離を詰めていく。そして、徐に右の前足を振り上げ、リルカめがけて振り下ろした。


 これから襲ってくるであろう痛みに恐怖し、リルカは目を閉じる。だが、その痛みはいつまでたってもリルカを襲うことはなかった。


 おそるおそる目を開けると、リルカとサーベルキマイラの間に誰かが立っているのが目に入った。どうやら、この人が攻撃を防いだらしい。


「よく頑張ったな。もう大丈夫だ」


 大きな白い宝玉がついた杖を持った黒髪の人物は、そう言ってリルカの方を向いた。


「あ、あなたは……?」

「俺はエリア=ハイオーネ。黒ランクの冒険者だ」


 エリアはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 俺はサーベルキマイラの方に向き直ると、静かに奴を睨みつける。おそらく、この少女がシェスカが言っていたリルカという子で間違いないだろうけど、この子は運が良かったと言える。

 なぜなら、こいつみたいな上位の魔物は自分よりも弱いと思った生物を見下す傾向にある。リルカの息の切れ方からみて、逃げるリルカを面白がってずっと追いつかないように追い回していたのだろう。嫌な性格をしているよ、まったく。

 まあ、今回はそのお陰で俺が間に合ったのだから結果オーライになるのかな?未来ある新人冒険者が死ななくて。


ーーガルァァァァァァァァ!!!!」


 サーベルキマイラは特大の咆哮を上げると、再び俺めがけて右前足を振るってきた。しかし、その攻撃は俺に目の前で何かに阻まれる。


 これこそ、俺がこの場に転移してすぐに発動した魔法。その名も領域魔法『領域固定フィールドロック』。この魔法は対象を指定した領域内に閉じ込めるという魔法だ。当然、サーベルキマイラは領域内に閉じ込められているから、領域外にいる俺に攻撃は届かない。


 サーベルキマイラもそれに気づいたのか、その翼を使って飛び上がる。しかし、ある程度上まで行ったところで何かにぶつかりそのまま墜落した。


 今回、俺が指定した固定領域は「すべての辺が5メートルの立方体」だ。体長3メートルほどのサーベルキマイラを閉じ込めるにはこれで十分ということである。


 つまり……


「俺がここにきた時点でお前の負けは確定してんだよ」


――グァァァァァ!!


 言葉の意味を理解しているのか分からないが、俺の言葉に呼応するように雄叫びをあげて暴れるサーベルキマイラ。だが、時すでに遅し。こいつに俺の『領域固定』を破る術は無いため、これ以上の抵抗は無駄なのだ。


「よし、じゃあ終わらせるか」


 これ以上サーベルキマイラが暴れる姿を見ていても仕方ないので、この戦いを終わらせることにした。杖を構えて、一つの魔法をサーベルキマイラのいる領域に発動する。


「『嵐刃領域トルネードフィールド』」


 サーベルキマイラの両脇に竜巻が発生する。そして、そこから俺の身長ほどの大きさの風の刃が放たれる。サーベルキマイラは最初は爪で攻撃したり山羊の頭が発動した魔法で風の刃を掻き消していたが、どんどん威力と数を増す風の刃に次第に対応できなくなり、最後には風の刃にその身を切り刻まれて絶命した。


「討伐完了、っと」


 俺はポカンと口を開けて見ているリルカの元に行き、手を差し伸べる。


「大丈夫か?」

「す、す、すごいです!!」


 リルカはその大きな目を輝かせて俺のことを見つめる。俺はその様子に少し驚いてしまった。何しろ、圧がすごいのだ。もしかしたら、サーベルキマイラ以上の圧かもしれない。


「なんなんですか、あの魔法は!魔物を閉じ込めた上に、その中で竜巻を起こすなんて……。さすが黒ランクの冒険者です!」

「あ、ありがとう……」


 リルカは両手で握り拳を作りながらそう言う。というか、近い。かなりの美少女だけど、さすがに近過ぎると鬱陶しく感じる。どんなものにでも限度はあるのだ。


「と、とりあえず帰るか」


 俺は杖をサーベルキマイラの亡骸に向ける。すると、シュルルルルと音が出そうなほど自然に亡骸が小さくなった。


 原理は意外と単純で、『領域固定』で指定した領域をただ小さくしただけだ。これなら多くのものを持ち運べる魔法鞄もいらないし、変な労力を使う必要もない。なんとも便利な魔法だ。


「えぇぇぇ!!!な、なんですか、それは!!」


 領域を小さくしたことでリルカがまた騒ぐが、面倒なことになりそうなので無視。さっさと冒険者ギルドに転移するのだった。















 冒険者ギルドの職員専用スペースに転移してからシェスカの元に移動する。おそらく受付にいるだろう。


 受付に行くと、予想通りシェスカは何事もなかったように仕事をしている。が、少し挙動不審なところを見ると、心の中では動揺してるのだろう。


 そんなシェスカの元に向かい肩を叩く。


「はい……え、エリアさん!」

「よ、戻ったぞ」


 シェスカは俺が冒険者ギルドの入り口から入ってくると思っていたみたいで、裏手から来ていることに気づいていなかった。だから、声をかけるとものすごい驚かれた。


「さ、サーベルキマイラは!?リルカさんはどうしたんですか!?」


 シェスカはものすごい剣幕で俺の胸ぐらを掴んで揺する。ぐわんぐわんしながらも、俺は手のひらサイズまで小さくした領域を受付において、リルカを呼んだ。


「あ、あのー、私がどうかしましたか?」

「り、リルカさん……」


 シェスカはリルカを見るなり抱きついた。あまりの急な出来事にリルカは驚きを隠せずにいる。


「え、ちょ、受付のお姉さん!?」

「あ、ごめんなさい……。つい嬉しくなって抱きついてしまいました」


 シェスカは少し照れながらリルカから離れる。思わず感情的になってしまったのが恥ずかしいのだろう。まあ、なんにせよ元気になったようで良かった。


「あ、エリアさん」


 シェスカが思い出したかのように俺の名を呼ぶ。俺は職員専用スペースに向かいながら答えた。


「なんだ?」

「その……ありがとうございました!本来は正式な手続きをして依頼するところを、すっ飛ばしにも関わらず受けてくださって」


 シェスカは俺に向かって頭を下げる。


「別にそんなこと気にしなくていい。大した問題じゃないしな。ただ、貸しは返してもらうから覚えとけよ」


 俺はニヤリと笑い、職員専用スペースに入った。


「……エリアさん?私、そこに入る許可を出した覚えはないですけど?」


 シェスカは頭を上げて、じっと俺を見つめる。少し間を開けた後、俺は答える。


「貸し、返してもらうぞ」

「それはダメです!!って、何入ってるんですか!エリアさーん!!」


 そんなこんなで、俺の慌ただしい一日は終わりを告げた。しかし、この時の俺は思いもしなかった。この日から俺の止まっていた人生が動き始めるなんて……。

 

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