40(終) ハンバーグ、そして戦いはこれからだ

 土曜日になった。父さんが先に帰ってきて、弟に「スマホ買いに行こう」と声をかけた。

 弟は目をキラキラさせて、父さんとスマホを買いに出かけた。


 一人で公募の原稿を進めて、息抜きにXを見ていると、なにやらDMが来ていた。ゴブリンさんでバズったときにフォローしてきて、そんなにたくさんポストしているわけでなさそうなのでフォロバした漫画編集者のひとだ。


「初めまして。コミックディファレントワールドの編集者、香山といいます。お仕事の依頼の相談をしたくDMいたしました」

 心臓が跳ね上がる。とにかく続きを読む。


「ご依頼したいのはライトノベルが原作のコミカライズなのですが、『魔女戦争~果てなき果てのリューリリア~』という作品のコミカライズです」

 知らない作品だが、ありがちな長いタイトルでないところを見ると、雰囲気重視の作品なのが想像できる。


「こちらが公式の試し読みになっておりまして、とりあえずサワリだけでも読んでみていただけないでしょうか。もし引き受けてくださるのであれば、既刊全巻セットをご自宅にお送り致します」


 添付されたURLをタップしてみる。ライトノベルレーベルの公式試し読みサイトに飛んだ。おお、描き甲斐のありそうなキャラデザだ。内容もちょっと残酷で面白い。


 なにも持たない、名前すら持たない少女が魔族の王女を殺して取り込み魔女になり、王女に成り代わり無双する……というお話のようだ。


 引き受けようと思ったが、自分が今日まで未成年であることを思い出して返事をするのを踏みとどまる。


 Xに戻ってきて、とりあえず返事をすることにした。


「読んでみたらたいへん面白かったので、引き受けたいと思うのですが、実は明日が十八歳の誕生日で、いまは未成年なので、親と相談して明日改めてお返事させてください」

 そう返事をすると、丁寧にDMが返ってきた。


「そんなに若い方だったんですか。びっくりしました。お返事お待ちしております」


 ……これ、商業デビューということだよな。もし親の許しを得られたらだが。


 書籍化するのかな。書籍化しても内容が残酷だから弟の友達には見せられないな。


 でもいまは電子書籍限定で発売とかザラだからな。あまり期待しないほうがいいな。


 原稿料とかってどれくらいもらえるのかな。


 いろいろ邪念が湧いてきたので、精神の安定を図るべくXの通知欄を開く。


 この間ゴブリンさんの最終回をUPしたら、


「終わらないで(泣き顔の絵文字)」


「ゴブリンさんナーロッパに帰っちゃうのか……」


「いいものを読ませていただきました。社会科見学回が好きです」


 などのリプライがどしどしついた。嬉しい。


 商業の話がまとまるまで、とりあえずいったん鍵とかかければいいのかな。でも広告しなきゃいけないわけだしな。分からないのでとりあえずそのままにしておく。


 そうやっていると母さんが帰ってきた。久しぶりに会えてなんだか心がウキウキウキキとサルになるわけだが、とりあえずサルになっている場合でない。


 商業デビューの話を母さんに相談してみる。


「やってみればいいじゃない。挑戦は大事よ」


 母さんならそう言うんだろうな、という答えだった。

 まもなく父さんと弟も帰ってきた。引継ぎとかもなく契約者本人も行ったのですぐ終わったのだろう。弟はホクホクで、新品のスマホを見ていた。弟の手には大きいんじゃないかな、というサイズのスマホだ。ごついカメラが三つついている。


「これならカワセミも撮れるかな」

 弟はさっそくカメラアプリを開いていじくっている。楽しそうだ。


「それより先に家族の連絡先だ」

 父さんの言うとおりなのであった。メッセージアプリに連絡先を登録していく。


 そのあと父さんにも商業デビューの話をする。

「すごいじゃないか。頑張ってみなさい」


 できるかどうか、確信と呼べる自信はない。


 でもやってみないことにはなんにも分からないのだ。できなくならないように、器用に頑張るしかない。


 日曜日になった。


 母さんが台所でネギを刻んでいる。味噌汁かな。それとも納豆に入れるのかな。


 布団の中でスマホを開いてみる。Xは見事に風船が飛んでいた。うれしくなる。


 きょうをもって大人の仲間入りだ。まだ酒やタバコを嗜むことはできないものの。


 布団を出て朝ごはんの支度を手伝う。納豆と玉子焼きと味噌汁という充実のメニューだ。うれしくなる。


「そうだ、晴人が学校にあんまり行ってないって学校から連絡来てたけど、それはどう?」


「うん、いまは友達もいて楽しいみたい。『カメラの田中』の二代目……が、知り合いの民生委員さんに連絡して助けてくれた」


「え、『カメラの田中』ってあの小さい写真館? まだ営業してるの?」


「うん。この間までスマホプリントとかフォトブックとかそういうことしかしてなかったみたいだけど、写真館も復活するんだって」


 弟がずっとお世話になっていたことも話す。

「なにかお礼しなくちゃね」

 母さんは笑顔だ。


「あなたがたの偉いところは、ちゃんと人に頼れるところよ。私やお父さんだって、もっと頼っていいのよ?」


「わかった。なにかあったらなるべく連絡する」


 朝ごはんができた。弟も起きてきた。父さんも然りである。みんなで朝ごはんを食べた。


 その日はドライブに出かけた。父さんの運転で、山の上の湖に行き、そこの老舗ホテルのレストランでお昼を食べた。ファミレスでないのでチーズインハンバーグはなかったが、ハンバーグはふわふわじゅわじゅわでたいへんおいしかった。


 山の上の湖に流れ込む清流も見に行った。初夏の清流はひたすらキラキラしていて、弟はスマホのカメラでカシャカシャと川の周りの生き物の写真を撮っていた。


「すげー! オニヤンマに間に合うシャッタースピードだ!」


 弟は機嫌がいい。川の向こうでカワセミが魚を狙っているよ、と教えると、さっそくカメラを向けて、川に飛び込む瞬間を撮影した。


「すげーなスマホ……」

 弟はしみじみと写真を見ている。それからおもむろにスマホをポケットにしまった。


「自分の目にも焼き付けておかないとな」

 遊歩道を歩きながら、清流の涼しい流れを味わった。途中で食べたお団子もおいしかった。


 帰りの車の中で、弟はスヤスヤと寝ていた。なんだかんだ子供なのだ。カーステレオからは、父さんの好きな古い洋楽が流れている。


「お誕生日おめでとう、斗雨子」


「ありがとう。帰ったら編集者さんに、大人になったから仕事やりますって返信しなきゃ」


「その意気その意気。思ったよりずっと早くデビューできそうじゃない」


「まだわかんないけど頑張ってみる。でもきっと上手くいくよ、大人だもん」


 もう無力な、怯えるだけの子供じゃない。わたしは大人になったのだ。(おわり)

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ゴブリンさんと友達になった 金澤流都 @kanezya

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