第4話 Progress Technologyー①

 割れたガラスの破片を踏み鳴らすと共に、俺たちがプログレス社内にお邪魔すると歓迎しに来てくれたのは警備ロボだった。

 ここの警備ロボはごく一般的に見られる『スタッフ・ロイド』――施設の案内や管理、警備員等をこなす事ができる――だった。普段は卵型の状態だが、こういった緊急時は収納された腕と共に失神スタン警備棒を取り出して応戦する。

 奴らは警告音をその体の内蔵スピーカーから流しながらこちらへ接近し、標的を鎮圧しようとやってくる。


「手厚い歓迎を無下にするのは些か心苦しいが、あの馬鹿がド派手にやってくれたもんでな。先を急がせてもらうぜ」


 これほどの騒ぎだ。恐らくマルチ・カーターとかいう奴はここから逃げ出す手筈をすぐに取るはずだ。

 急がねばならない……だと言うにも関わらず、目的を見失っている人物が一人いる。


「ひゃっほーーいッ! こんな鉄くずじゃあ相手に何ないよォ!!」


「……はぁ。さながら狂戦士バーサーカーだな。もう少し大人しくしてほしいもんだよ、ほんと」


 ◆


 マルチ・カーターより命を受けた社員の一人は現在、護衛として雇って待機している"Outlaw Undertakersアウトロー・アンダーテイカーズ"所属である三人組の"Strawberry Badストロベリー・バッド"に緊急の仕事を伝えに全速力で向かった後、事の大まかなことを説明し終えたのだった。


「やっと俺たちの出番というわけか」


 この社員から見て左側にいる黒いジャケットと褐色の肌を露出した筋骨隆々の大男が嬉々としてそう発言する。身長はざっと三メートルはあろう巨体は様々な肉体改造の末に手に入れたものかもしれない。その証拠に体の所々、肩や横腹といった部分が機械化しているのがよく見える。

 頭部なんて鼻から上の部分は全て機械である。複数のレンズが目として機能しているその様はなんとも言い難い異様さを醸し出していると言えよう。


「はい。あなた方の内、お二人には襲撃者の撃破をお願いします。残りの方はカーター様の護衛をお願いします」


 そう告げると真ん中で座っていた赤髪の女性――ドゥナミス・ランパルシュ。彼女は他二人と比べると少々背は小さいが、彼女から醸し出される強者の圧力というものは尋常ではなかった。特に特徴的なのは機械化した義眼であった。

 そして他二人は余裕からかそのニヤけ面は収まらないが、彼女だけは冷たく真剣な眼差しを崩していない。襲撃者の人数を聞いた時でさえも。

 この部隊チーム指導者リーダーである彼女が部下二人に指示を出す。


「わかった。ならばクテマ、ドクサ。あんたらが行ってきな」


 社員から見て右側の両腕が武器と化している男――クテマ・テルミクスが意外そうな口ぶりで質問する。


「おやおや、良いんですかい隊長? あなたが一番血に飢えているはずですよ?」


 やや丁寧な物言いで彼女へ話しかけるも、その言葉には明らかな煽りもあった。

 しかし、彼女はその言葉に眉一つ動かさず答えた。


「軽口叩くんじゃねぇ。これは任務遂行を第一に考えたためだ」


 そう一蹴する彼女の言葉をいつものように軽く受け流し、彼は一つの可能性を提示する。


「へいへい。……だとしても逃げた先で大勢が囲っこてくるかもしれませんぜ?」


 あり得なくはない危険性。

 その言葉を受けた彼女は少し考えるもすぐに答えを出す。


「あれを囮だとするならば、逆に大勢でここを攻めたほうが良いに決まっている。そうした方が護衛の数は減るわけだからな。しかし今回はたったの二人だけだ、恐らくは単なる日雇い傭兵程度の連中に過ぎないはずだ。……つまり、念には念をみたいものだ」


 彼が提示した危険性。その可能性は低いと、彼女はそう言った。しかし万が一という事もがあるのだが、そこは長年の付き合いというやつであろうか、それ以上何も言わなくてもいいだろうと彼女を信頼することにしたのだった。

 話を聞いていたドクサ・リッキートンが口を開く。


「ほーん、そういうことですかい。だったらばサクッと終わらせてきますよ」


「気をつけろ。万が一、精鋭級アンドロイドの可能性だってあるからな」


「まさか! まぁだとしても二体程度なら俺たち二人でなんとかなりますよ」


 精鋭級アンドロイド。以前、彼女たちが先の戦争に駆り出され、相対した際は倒し切るのに相当骨が折れたそうだ。

 しかし経験豊富で実力確かな信頼のおける二人であるならば、精鋭級であっても問題はないと彼女も納得した様子で応える。


「だろうな。じゃ、アタシはあの雇い主のとこに行ってくる」


「あいよ! お気をつけて、隊長!」


 彼女は武器を手に取って扉を通り過ぎる際、すれ違いざまにあの社員に向けてこう言い放った。


「そこの童貞は物陰にでも隠れていることだな」


「なっ! ……はい」


 禄に面識もない、初対面の人間に対して平気で侮蔑の言葉を送る。そんな失礼極まりない言動に驚きと怒りが一瞬湧き起こるも、今はそのような時ではないという理性と、そもそも勝てやしないという恐れが彼を従順にさせた。


「ハハッ! そうだぜ童貞!」


「相変わらず隊長は毒舌だ」


 二人は彼をからかう。これから戦いに行くと言うのにも関わらず未だおちゃらけている。それはやはり歴戦の経験によるものなのか、それとも単に機械化で頭のネジが外れてしまったのか。彼は彼らの精神性を疑わざるを得なかった。


「それでだ、童貞。今そいつらはどこにいる?」


「え! あ、えーとっ……三階の中央です!」


 社員が手に持っていた携帯電話スマートフォンに表示されている画面には三階の風景と監視カメラに写っている襲撃者二人の姿であった。


「……そうか。なら行くとするか、クテマ伍長?」


「ああそうだな。ドクサ上等兵」


 ◆


 三階中央ホール。そこでアンドラ達は一旦休憩していた。粗方警備ロボットは片付いたが、肝心の目標ターゲットが見当たらない。そのため、ペタルにそのマルチ野郎を探させている最中だ。

 彼女は今、この建物のセキュリティの一部をハッキングし監視カメラの映像を抜き取って捜している。


「たくっ、マルチ野郎は一体どこにいるんだよ」


「さぁ? ……あッ、何かここから脱出しようとしてるみたい」


「ハァッ!? ……クソが、そいつ今どこだ」


「うーんと、何か下だね」


 言葉足らずな返事に俺は若干理解しかねるも、この建物の地下には社員用の駐車場があった事を思い出す。ここから逃げようとしていることも加えれば、そうである可能性は十分だ。俺は念のために彼女に聞き返す。


「下? つーことは駐車場か?」


「じゃない?」


 何とも無責任な言葉。別に今に始まったことではないのだが、本当に仕事中くらいは真面目にやってほしいものだ。

 だがやはり、俺も人間だ。コイツに怒鳴った所で意味がないと分かっていても、腹の底から湧き出る怒りの感情を抑えることは出来なかった。


「じゃない? じゃねぇよ! 聞いてんだよ!! コッチはッ!」


「はいはい。そんなに吠えてるとまた集音マイク壊れるよ」


 俺はヤツとの仕事中は必ずガスマスクの中に入れてある小型の集音マイクを通した無線による会話で声が直接通るようにしている。つまり、俺の声だけはヤツの脳内に直接受信されるみたいな仕組みだ。

 これもハイヒューマン故のやや便利な恩恵とも言える。


「誰のせいだとッ……。まぁいい、さっさと向かうぞ」


「はいはーい。はぁ……もうそろそろ終わりかぁ」


 彼女はまるで大したアトラクションを楽しむことが出来なかった子供のように吐露する。こちらとしてはいい迷惑でしか無いというのに……全く、戦闘狂の考える事はわからないものだ。

 そうして俺たちは急ぎ地下の駐車場へ向かおうとしたその時だった。


「!?」


 突然、通路の壁が破壊されたのだった。その衝撃で建物は大きく揺れ、あたりは粉塵で舞い上がっていた。


「なんだ?」


 俺がそう呟くと、粉塵からデカい影が現れる。


「この辺だよな? 襲撃者っつーのは」


「ああそのようだが、居ないな。座標を間違えたか?」


 二人の男の声がする。そしてこの雰囲気、手練れだな。


「と、すると……ああそっちにいたのか」


 粉塵の中から余裕満々とした笑みを零す野郎の顔が現れた。俺はすぐに散弾銃ショットガンを構え発泡する。

 だが奴は俺が銃を構えた僅かな金属音からか、すぐさまそのデカい木の幹みたいな腕で顔をガードし、散弾をしのぐ。やはり俺の思った通りの手練れのようだ。今すぐ向かわねば逃してしまうかもしれない時にこんな厄介な奴と遭遇するとはな。


「クソッ……。丸出しの機械装甲ってーことはハイヒューマンでは無いようだが……これはこれで厄介だな」


「お! メインディッシュ来た感じ?! ゾクゾクするねぇ」


 俺が状況に焦りを感じている傍らでとても嬉しそうにしているコイツは何なんだ。

 そう俺が呆れていると、奴らは間髪入れず攻撃を仕掛けてくる。


「一掃!!」


 もう一人の両手が武器化している奴が俺たちにそう言い放ち、両腕のガトリングで攻撃してくる。

 しかし、ガトリングには僅かな時間だが発泡するまでに時間が掛かる。そのおかげで俺たちは何とか左右別々に飛び移ることで何とか回避できた。

 ガトリングによる轟音が轟く中、俺は呟く。


「チッ! 兵装じゃ相手の方に軍配が少し上がるな……。おい! 何か有効な手ぇあるか?」


「えぇ、普通に撃ち合おうよぉ」


 この銃弾の雨の中撃ち合おうというのだから、イカれている。

 俺は勿論、それは無理だという旨を伝える。


「バカ言え! お前は無事でも俺の体は一瞬で蜂の巣だよ!」


「はいはい。まぁそこは適当に頑張ってねー」


「……てめぇ。……敵の武装を今一度見てみるか」


 俺は片腕に仕込んでいる隠しカメラの装置を起動させ、カメラのレンズのみが奴らの姿を捉えようと伸びる。そしてマスクにその映像が映し出され、俺は奴らを観察する。


(……まず二人共体の一部が機械化している改造人間サイボーグってところか。片方は両腕ともガトリングにしている数の差を埋めるための中距離兵装ってところだな。そしてもうひとりは防御重視のタンク、いや近距離戦闘もこなせるタイプであの腕の中に小型ミサイルも搭載していてもおかしくはないな)


 そして俺は機械化している箇所に違和感を覚える。それは強化というよりかは生命維持の役割があるようにも思えた。


(それにあの機械化の仕方……恐らくは戦争で重症を負ったってところだろうな。ということは元軍人の傭兵か、やはり厄介だな)


 俺が奴らの武装を確認していると先程の防御重視のサイボーグの男がこう叫ぶ。


「伍長!! 俺が道ィ切り開いてやるよォ!!」


 そう言うと、奴はこちらに向かって一直線で走ってくる。あまりにも唐突な行動に俺は驚愕する。よほど自分の防御力に自信がなくては出来ない行為だ。


(!? コッチに向かってくるだと!? だが体を少しでも出しやがったら、すぐさま引き金を引いてぶち抜いてやる!)


 そう意気込み、俺は奴が姿を表すまで散弾銃を構えて待機する。

 だが、ドシドシとこちらへ向かってくる足音とは別に何か壁をぶち破るような音が聞こえ始める。それは足音とともに連なって破壊されているようだ。

 何故そんな事をしているのか、既に仕込みのカメラを引っ込めていた俺にはすぐ気付けなかった。

 奴が姿を見せたと同時に俺のすぐ横にあった壁も破壊された。そこから現れたのは奴のデカい腕であり、俺は回避しようとしたがなすすべなくそのままふっとばされた。


「なッ!」


「オラァ!!」


 ふっとばされた俺は向こう側の壁まで飛んでいく。体に衝撃による鈍痛が激しく走る。あまりの痛さにすぐには立てそうにはなかった。

 その光景を見ていたペタルは状況が完全に不利に傾いた事を察しここから撤退することを選択する。


「あらら、しょうがないね。ここは引くとしようか」


 そう言い彼女はあの男めがけて両手に持った銃で乱射し、近づけさせないようにしながらさっさと行ってしまった。

 無論奴はその弾丸による負傷はしていなかった。すべてその腕で防ぎきっていた。


「……あいつ、仲間見捨ててどこか行きやがったな」


「どうする伍長?」


「そうだな。もうコレ――ガトリング――はいらないな」


 そう言い、伍長と呼ばれた男はガトリングを武装解除パージする。

 そして両腕を背中にある別の武器へ換装する。


「私はあの逃げた方を追いかける。隊長の方へ向かっているやもしれない。流石にそれじゃあ面目ないだろ?」


「ハハッ! そりゃ大見得を切っちまったもんなぁ。そんじゃ俺はあっちをすぐ片付けてから合流でいいんだな?」


「ああ、そうするとしよう」


 奴らがそう会話を終えた後、俺をふっ飛ばしてくれた大男が近寄ってくる。

 だが俺は十分に動けるだけの回復はしていない。だから、俺は賭けることにした。


「クソが……んで、テメェら誰なんだよ」


(こいつはさっきから随分とお喋りだ。俺が少しでも回復するだけの時間稼ぎに乗ってくれるはずだ)


「俺たちか? いんや大した事はねぇよ別にな。お前もそうだろう?」


「そうかい……」


「さて、そういうお前は誰なんだ? どこかで会った気がすんだよなぁ」


 奴の複数のレンズがカメラがうごめく。

 俺から何かをスキャンしている動きだ。


「――フェイク・チェイサー。……ほぉ、あの時の野郎か! 隊長に喧嘩ふっかけてボコボコにされたあの惨めなアホ面かよ」


(フェイク……あぁ、このライセンスの持ち主の名前か。知り合いか?)


「ハッハッハッ! こいつぁ面白え! あの間抜け野郎が――」


 そう奴が話している最中にも関わらず俺はショットガンを奴へ向けて発泡する。

 だが奴はまた腕で防御してそれを防ぐ。


「お喋りが過ぎるぜ。もう回復した」


「ハッ! だから何だ? 無駄だ、そんな豆鉄砲!!」


 得意げに笑う奴は俺の行動は無駄だと言い吐き捨てる。

 だが俺はそれに何の焦りも怒りも湧かない。なぜなら仕込みはもう済んでいるのだから……。


「バカめ」


「あ? ――ッぐぼっぼっぼおおおおお!!!」


 突然奴の体に青白い電流が可視化して暴走する。そして奴の四肢は完全に破壊ショートした事でもう動けなくなっていた。


「な、なんだ体が……言うことを聞かねぇ……何をした!」


 身に起きた状況に理解できないといった反応を奴はする。だが奴はこの状態の原因を聞いているのではない。俺がどうやってこれを引き起こせたのかを聞いているのだ。俺は淡々と教えながら立ち上がる。


「俺の散弾銃のチューブラーマガジンは二本あんのさ」


「二本!? まさかその内一本には!」


「そうだ。テメェ等みたいな電脳やら機械化で肉体を動かしてるやつには特攻と言える銃弾……"CIクラッシュインパルス"弾を入れてある」


 ”CI”弾は戦後、溢れかえった改造人間サイボーグの鎮圧用の武器としてようやく開発が成功した特殊弾だ。仕組みは端的に言えば、着弾した対象の回路をめちゃくちゃにするといった物だ。


「大方実弾しかないか、そうでなくとも実弾から“CI”弾へ変えた素振りなんてまるでなかったから油断したな」


 奴は”CI”弾を警戒していた。だから常に俺が銃の中身を変えようとしているかをずーっと見ていた。だが俺の散弾銃はスイッチひとつ切り替えるだけで中身が変わるんでな、奴はそれを知らなかったというわけだ。


「く、クソォ……こんな終いじゃあ隊長に……殺されちまうぜ」


「安心しろ。お前はここで死ねる」


 俺は奴の顔へ銃口を向ける。すると奴は何かを言い始める。


「へっ……お前、その無機質な殺気は……フェイクの野郎じゃねぇな。……だが俺の勘は……間違ってなかったようだ」


「どういう意味だ?」


 こいつは何かを知っている? 何を? それは……。 


「へへっ、お前あの"VF"部隊の――」


 俺は奴が言い切る前に引き金を引いて……殺した。

 こいつの口車に乗ったまま時間を稼がれるのは良くない。先を急ごう。急がなくてはならない。


 ――行動しろ。


「……次だ」


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