第3話 INSANE GIRL

 俺たちは今、都合よく手に入ったライセンスカードに込められた情報を地下にある事務所アジトのパソコンで抜き取っているところだ。ここは狭く、蛍光灯も2つだけ、しかも光量調節が不安定と来たもんだから、そのパチパチ具合が鬱陶うっとうしくて仕方がない。

 それに事務所アジトつっても大した家具も無い場所だけのところだ。因みにここは家賃といった特定の所有者が居ない無人施設だ。まぁ平たく言えば、ガキが廃墟の建物を陣取って秘密基地としているのと、ほぼ変わらねぇのさ。

 その最中に俺はヤツへ語りかける。


「それでその『マルチ・カーター』ってのは具体的には誰で、何処に居るのか分かんのか?」


「ああ、えーっとね……分かる事と言えば……。


『マルチ・カーター』年齢、四十三歳。勤務先は “Progress Technologyプログレス・テクノロジー” 社に努めているようだね。うーん、企業連中の中でもそれなりの企業だね。社内立場的には……ま、それなりかな。恨まれ命を狙われるくらいにはだけど」


 と、ヤツはライセンスカードに込められた情報を読み上げた。プログレス社と言えば、発展途上国の技術革新もとい完全なコンビナート化を図っている企業だったはずだ。続けてヤツは喋る。


「それと、盗ったライセンス情報によるとこれは敵対企業の“United Xciユナイテッド・クスィー”社からの依頼だね」


 クスィー社か……確かにあの企業はプログレス社と比べれば下の方の企業だ。ここで蹴落とそうと画策したということか。相変わらずだが、企業共の商業戦争だけは唯一真面目に働く人間の集まりと言えるだろう。ま、そんな事は勝手にやってろって話だ、それよりも俺にとって大事なのは……。


「そうか……んで、報酬金は?」


「そうだねぇ、一応敵対企業の役人の抹殺だからぁ……。ざっと十三万ってとこかな?」


 と、ヤツは俺に顔向けて舌をピロッと出しながら両手を所謂お手上げポーズにして片目を閉じた。その様はまさしく、くだらないといった態度だった。だが俺はそれを無視して喋る。


「十三万か……ま、特定の個人を殺す額としちゃあ妥当な額だろ」


(一応恨まれるくらい顔の広い企業の役人だと言うのならば、もっと額が欲しいのだが……まっ、コイツいわみたいだしな。こんなもんか……。ああそうだ、忘れてたが一応元の持ち主の名義は確認しねぇとな。)


 俺は置いてあるライセンスカードを手に取って確認する。


「さて、元の持ち主の名義は……『フェイク・チェイサー』に『デイ・ウィキッド』か」


 俺がそう呟くとヤツはパシッ、と俺の手から無理やり片方のライセンスカードを奪い取った。


「じゃ! ボクが『ウィキッド』を貰うね。君はその鈍臭そうな名前にするといいよ。ああそれと目標の居場所は分かったから付いて来るといいよ」


「名前に鈍臭さもへったくれもあるかよ。まぁいい、必要なことは終えた。さっさと行くぞ」


「はいはーい」


 ひとまず、やるべきことは終えた。後は死んだ人間の仕事をこなす亡霊として立ち回れば良いんだ。例え死体の顔の皮を被る事だとしてもな。


 ◆


 ――ここはプログレス社の支部。そして『マルチ・カーター』が居る部屋で本人とその部下が会話をしていた。


「カーター様、例の依頼が達成されたようです」


「そうか。クスィー社が私を狙ってるという情報は掴んでいたからな。丁度いいカウンターになっただろう」


 そう嬉々として報告を受けたこの男『マルチ・カーター』は少し高めのスーツに身を包み、銀縁の四角い眼鏡を着用した小太りのおじさんである。


「はい。おっしゃる通りかと」


「それにしても何処の組織にも属さない完全フリーのほぼチンピラと何ら変わらない人間がこの仕事を引き受けられたようだが、何故葬儀屋共を使わなかった?」


 カーターは比較的信頼の置ける特定の組織下にある人間を使わず、社会的信用の低い人間に今回の依頼を託したのかと。場合によっては今後にも響くと憂いた彼はその真意を確かめたかったのだ。彼の部下は理路整然として答えた。


「はい。それについてですが、彼らの一部の人間はクスィー社に属する専属型の人間も居ますので少々情報漏れ等の予測不能の事態が起きないよう考慮した所存です」


 その報告を聞いた彼は疑問に思う。


「何? それを運営側は何か対処しないのか?」


「はい。あれは斡旋組織です。そういったサービスは期待されない方が定石かと」


「……そうか、ならいい」


 それを聞いた彼は正直なところ組織としてどうなのかと思う所はあるが、この時代においてサービスがまともでない組織などは山のようにあるため、そこまで気にはならなかった。


「カーター様、お次は――」


 突然、爆発音がこの建物の低階層の方から響き渡って建物全体が大きく揺れた。


「一体なんだ!?」


 そうカーターが狼狽えていると、もう一人の部下が部屋へと入ってくる。


「失礼します!! カーター様、敵襲です!」


「何だと! ……不測事態は無いようにしたのでは?」


 と、彼は先程報告した部下に睨みをきかせる。


「い、いえ……その、この様なことは」


 そう動揺する部下を気にも止めない様子で、その重い腰を椅子から上げる。


「言い訳は後で聞こう。君には期待していたんだがね。失望したよ」


 そのままここから逃げて避難しようとする彼を部下は必死に呼び止める。


「お、お待ち下さいカーター様! こ、この様な事態もそそっ想定内です! 実はですね、カーター様の護衛として完璧に裏取りも取れた人物を三名ほど選出させていただいております!!」


「ほう……」


 それを聞いた彼は足を止めた。それを見た部下はチャンスを掴んだと言うばかりに喋る。


「ただいまその敵を対処しているはずです!! どうかご安心を!」


 それを聞いたカーターは今来た部下に顔を向けて質問をする。


「……敵は何人だ?」


「はい、二名です!」


 その部下は元気よく答えた。彼は敵襲にしては少ない人数に違和感を覚えながらもここを早急に去った方が良いと判断する。


「そうかなら護衛の内一人を私に付いて来させろ。私は車でここから避難する」


「「はい! お気をつけて!」」


 と、彼の部下は去りゆく彼の背中に深く頭を下げながらそう言った。


 ◆


 ――爆発より前の事。プログレス社の支部前にて、二人はここからどうするかを話していた。


「ここか、ヤツの居場所は。……普通に出勤してんのな」


 自分の命を狙われているのを分かった上で依頼をしているはずなのに、身を隠さず呑気に出勤している事に俺はなんだか呆れた。

 立派な社会人というのはそういう状況でも仕事をしなければいけないものなのかとな。


「ま、そういうことだねぇ。それでどうしようか? 目標はこの建物の上の方に居るよ」


 彼女は俺に問いかけてきた。俺は考える。武装した人間二人がそうそう簡単にバレずに建物に侵入して目標を殺せるものかと。そもそもこういう仕事は待ち伏せとかするものなのだが……如何せんこの仕事の期限は今日だった。

 ふざけやがって……。期日ギリギリにあいつら襲ってきたっつうのかよ。

 そういうわけで今すぐ殺さなきゃいけないわけなのだ。


「そうだな……うまく潜入できれば良いんだが……。何か手は……ってお前何している?」


 俺が建物を眺めながら考えている側でコイツは何かを組み立てていた。……とても嫌な予感がする。


「ふん、ふふん、ふーん♪」


 と、鼻歌交じりにコツコツと組み立てるばかりで俺の問いかけを無視してやがる。


「おい! 何してんだよ! ……おい? お、おいおいおい!!」


 ヤツが組み立てたものは即席組み立てロケットランチャーだった。

 急いで俺は静止しようとするも、もう遅すぎたのだった。


「んしょっと! ……ホイ!」


 と、コイツは間髪入れずにその引き金を引いて発射したのだった。

 放たれたロケットは建物へ衝突し、轟音を鳴り響かせる。


「あ、ぁ……お前、話聞いてたのか? というか『どうしようか?』って聞いてたが端から聞く気なかったんじゃねぇかよ……」


 すると、建物内部から警戒音らしき音が聞こえる。これではもうこのまま勢いで殺しに行くしか無くなってしまった。

 どうしてコイツはいつもリスクしか無い手しか取らないんだろうか……。というかそれは何処で何時手に入れた? また勝手に買い物しやがったな? あれほどもうするなと言ったんだがなぁ……呆れるよコイツには。


「さて! 道が開けたね。行こうか!」


 彼女はさっぱりとした顔で晴れやかにそう言った。だから俺もガスマスク越しだがでこう言い始める。


「何が『行こうか!』じゃねぇんだよ! テメェ!! また勝手に変なもん購入したなァアアッ!!」


「あー、あー、聞こえなーい!」


 彼女は棒読みでそう言いながら、建物内へと突入して駆けつけた武装警備員に銃を乱射して仕留めていく。


「……こんの野郎ォォ……」


 俺は強く歯を歯ぎしりさせた。恐らく俺の顔の血管はくっきりと浮かぶほどになっているだろう。それほどまでに俺は腹が立った。

 何故なら、またもや死地へと飛び込む事になるのだから。

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