第2話 Quack doctor

「……肩に一発か、随分と間抜けな弾にあたったじゃないカ」


 俺は肩に被弾した弾を無事に除去してもらった。幸いなことに今後の活動において何の後遺症も無いようだ。


「うるせぇ! お前は治療してりゃいいんだよ、ポンコツゥ!」


「へいへい。あーそれとその口調直したらどうダ? それじゃあ客受け悪いゼ」


 こいつは俺がいつも世話になっている町医者の“イアン・ソルディ”だ。こいつはCST(Cyber Science Technology)社製の医療型アンドロイド。なんだが見た目はかなり人から離れている。されどAI技術の発展により、人間みたいに流暢りゅうちょうに喋れるってんだから凄いもんだ。

 それと比べて巡回してる国家のアンドロイドはコスト削減っつうことでこいつほど喋れないんだがな。


「ま、何でもいいんだけどヨ。……そうだなぁ治療費込みで今回お前が受けた仕事の報酬金から全天引きナ」


「ちょっと待てェ!! 全部じゃねえかそれェ!!」


 俺はたかが弾丸一発の治療費で全部持ってかれるというぼったくりとしか思えない金額にツッコんだ。


「しょうがないだロ。お前の職じゃあ国からの免除金が降りるわけじゃねぇんダ。それに安心しろ全天引きつってもお前の取り分だけダ。あとはにでも相談することだナ」


「チッ、そうだった……ん? 待てって誰のことだ?」


 俺はヤツが発言した中で出てきたという存在に全く心当たりがない。そんな俺に対しヤツはさも周知の事実であるかのように話しだす。


「ああ? 誰も何もないだろ、彼女は彼女ダ」


 俺はこの時、薄々察し始める。会話の流れからして思い当たる人物はただの一人しかいないのだから。


「……いやいやそんなまさか」


 困惑する俺を見たヤツは呆れた口調で話し出す。


「なんだ知らなかったのカ? ……ていうかお前らコンビ組んでから、えーっと……確か二年だったよナ? よくもまぁ今まで気づかなかったもんだナ」


「ま、それも仕方ないカ。アイツの見た目は中性的だし、身長も低くて若く見えるからナ。少年と思っちまうのも仕方ないが……なるほどナ。どうりでアイツの格好最近露出が激しいと思ったら、近くにヘビー級のにぶちん野郎がいたからカ」


 などと俺を煽り始めるヤブ医者ポンコツロボ野郎に俺はキレる。


「うるせぇ! だいたいハイヒューマンって奴ははどいつもこいつも顔立ちが良いから男も女も分かるかってんだよ! しかもあんなんただのクソガキと変わらねぇだろ!?」

 

 腐れ縁ながらも二年も共にいて気付くことができなかった衝撃の事実にショックを受けた俺にヤツはなぜかフォローし始めた。


「まぁまぁそう気にすることはないゼ? なにせアイツには胸が――イテッ」


 何かを言い切る前に突然ヤツの頭に物が飛んできてぶつかる。


「おいおい物を投げつけるナ、ペタル。次からの治療費ぼったくるゾ」


「……関係ないね」


 どうやらこの部屋の外にいたペタルが話を聞いていたみたいだ。ならば話は早いと俺はコイツと交渉することにした。


「なぁペタルよ? もしさっきまでの事聞いてたんだったら早い話、今回のことはお前が悪いだろ? だからお前の取り分を半々にしねぇか?」


「やだね」


 ほぼ即答で断られる。ならばと俺はそれを割り切って別の提案をする。


「……あーじゃあわかった。全体の報酬を6:4に分けようじゃあねぇか。それならいいだろ? だって今回は俺に相談無しで事を勝手に進めて半ば巻き込んだ形だったじゃねぇか。お前からの謝礼としてそれで許してや――」


「じゃあそうしなくて良いね! だってボクは……悪くないもん」


 白々しくもまたもや自分は悪くない発言をしやがる。このクソ野郎に俺は心のなかでブチギレる。


(こ、こいつッ! 正気じゃねぇなホントによォ!! ……ほんと何で組んじまったんだろうな)


 ◆


 ――時を遡ること2年。あの時の俺は一匹狼ってやつで単独で仕事をこなしていた。次第に依頼内容の難易度も上がることから俺が負う怪我の数も増えていった頃だったな。イアンの奴からとある提案を受けたのは。


「アンドラ、そろそろヤバイんじゃないカ? ここのところ怪我も増えてきていル。もう一人で依頼こなすのは止めるんだナ。……バディでも組んだらどうダ?」


 ヤツが珍しく俺の身を案じたような発言をする。普段は特段こういう会話はなかったもんだから俺は多少驚いた。


「そうやぶから棒に言われても困るってもんだ。いねぇよそんなやつ」


 そう……分かっている。こういう仕事ってのは人数が多ければ多いほど容易くかつ有利にこなせられると。しかしその分仕事の報酬金が高くなきゃならないし、何より部隊の統率等々といった多少の育成も必要だ。何より俺は……。


「……ならお前にお見合い相手を紹介してやル」


 それを聞いた俺は随分とヤツが妙な言い方をするもんだから思わず間違いを指摘してしまう。


「は? 何言ってんだ、それは結婚したい奴らがすることを言うんだぞ」


「似たようなもんだロ。まぁ聞けよ、そいつはな……ハイヒューマンだ」


「ハイヒューマンか……なるほど確かに被弾に対するそれなりの防御力もあり、身体能力面に置いても申し分ないな。まぁ確かに悪くはねぇ」


 二年前じゃあそこまでハイヒューマンは浸透していなかったので、俺としては悪く無い話に思えた。


「ま、そういうこっタ。なかなか良いだロ?」


「だが何故俺に紹介する? まさかわざわざ探してくれたって訳でもないだろ」


 この時俺は疑問に思った。確かにコイツとはそれなりの付き合いとはいえ変な情を掛け合うような仲ではなかったからだ。


「……まぁそうだナ。……何もそう珍しいことじゃないサ。お前と同じような理由ってやつダ」


「……」


 俺と同じような理由。つまり他に身寄りもなく、無法狂人アウトローみたいな仕事につかなきゃ生きていられないっつう感じだと俺は勝手に想像して納得した。


「丁度良かったナ! それにオレとしてもさっさと治療費を回収しなくちゃならねぇしナ」


「……お前それが目的だろ」


 俺はコイツの狙いが何となくわかった。恐らく高額な治療費でもふっかけたんだなと。だがヤツは素知らぬ素振りをした。


「さあ? 何の事だかナ」


 ◆


 ――これがペタルとの出会いのきっかけだった。はじめはハイヒューマンって言うから多少なりとも悪くねぇと思ってたが大間違いだった。あれから組んでからというもの、俺はめっきりアイツに振り回され翻弄されっぱなし。肉体的ダメージは減っても精神的ストレスが募るばかりだった。


「はぁ……どうしたもんだかな。“ROLLY&BOXローリー・ボックス”の請求も来るだろうしなぁ」


「なにそれ?」


 全くもって何のことだか分からないという反応をする彼女に対して俺は切れながら教えてやった。


「テメェの所為で穴だらけになった店の名前だよッ!!」


「あ、そうだっけ? じゃあ頑張ってねぇーー」


 はぁ……いつもこうだ。いつもコイツが引き起こす問題を俺が尻拭いする羽目になる。そんな問題児でも仕事において役立っているというのが腹立つ。正直コイツがいなけりゃとっくに死んでたかもしれねぇ場面はなくはない。いや……そのほとんどもコイツが原因だったような……?


「……こうなったら、俺たちみたいな奴に依頼の斡旋をほぼ自動でする組織で有名な、“Outlaw Undertakersアウトロー・アンダーテイカーズ”にでも登録しようかなぁ」


「葬儀屋共か、だがフリーで食っていけてるんだったらそのままで良いんじゃないカ? わざわざ鞍替えせずとも良いだロ」


 金に困った俺のほとんど咄嗟の思いつきの発言にヤツは何故かツッコんできた。俺はその場の流れでそのまま答えることにした。


「いやまぁそうなんだが、ここ最近の依頼の数も減っているしでその内容もイマイチ良いとも言えないんだこれが。……それに少し割に合わなくなってきているしな」


「……そうカ。ペタル、お前はどうなんダ?」


「ボク? うーんそうだねぇ……。ま、どこでも良いんじゃない? ちょっと今までと形態が変わるだけでしょ」


 と、ペタルの野郎も概ね賛同しているようだ。つーかコイツの場合は戦えりゃあ時と場所を選ばないような奴だからな、あまりこだわりはないんだろう。


「……まぁ二人通して納得しているなら、オレが余計な口を挟む余地はないがこんな世界ダ。組織にくみしたところで必ずしも良い方向に向くわけじゃあなイ。寧ろ悪い方向にだって行く可能性は十分にあル。……まぁ例の葬儀屋の場合はどこぞの企業や組織にくみせず中立を保っているようだが、その分その対応ってのも冷たいもんダ。つまり良くも悪くもただただアイツらは依頼を斡旋するだけの組織ダ。変な期待はすんなヨ」


 と、突然饒舌じょうぜつに語りだすヤツに対して俺は驚きと共に疑問に思った。


「……なんだお前やけに詳しいじゃねぇか」


「……ここに約20年も働いてりゃあ色々あるもんダ。さぁ治療は終わった終わっタ! さっさと帰ってせいぜい安静にでもしていることだナ」


 そう言われた俺たちはヤツに半ば強制的に追い出された。相変わらずまともな医者とは思えない行動に俺の口から愚痴がこぼれる。


「たくっ! 相変わらずヤブ医者だな。まぁいい、怪我の状態も仕事に支障は無いようだし、このまま登録の申請でもしておくか」


「だけどそれ結構審査とか面倒くさいんじゃない? 場合によっては取得できないだろうし。ていうか身分証あるの?」


「……確かに、そうだなぁ……じゃあ誰かのライセンスでもぶん盗るか」


 言われてみりゃあそういう物がなかったことに気付く。闇市で探して買うにしたって正直あるかどうかもわからん。誰かからぶん盗るのが一番手っ取り早いもののそう簡単に見つかるはずもないし、早速計画が破綻しかけた所だった。しかし何故か彼女は俺のこの解答を期待通りと言わんばかりな顔をして見せる。


「そういうと思って……ジャーーンッ!!」


「ッ!! これは、さっき言ってたライセンスのカードじゃねぇか。一体……まさか」


 何故彼女が今さっき話したばかりのライセンスをこうも都合よく持っていることに驚くも、俺は瞬時にその出処を悟った。


「そう! さっき殺した連中の中にあったんだよねぇ。しかも丁度2つも! 褒めてくれても良いんだよ」


「随分と手際の良いことで……どうせそれを使って闇市にでも売り払うつもりでいたんだろ」


 コイツは戦闘狂であると共に妙な小遣い稼ぎをしたりとそこそこ小狡い奴でもある。だからこそ、考えてることは何となく分かるもんだ。


「ありゃ。バレちゃったかぁ……。ま、いいじゃんいいじゃん。ほらほらライセンスが失効しない内にさっさと連絡送ろうねーー」


「はぁ……ま、いいか。しかしとなると、なりすまして仕事しなきゃいけねぇわけだが……まぁ大丈夫だろ。依頼さえ達成すればいいんだ、それが誰であってもな」


 ま、バレたらそん時に考えれば良いと、そうお気楽に思うことにした。


「じゃあまず、元の持ち主の依頼を遂行しないとね」


 またも不敵に笑い始めるコイツの顔を見た俺は違和感を覚える。


「ああ? ……おい、まさか」


「“マルチ・カーター”の殺害だってさ」


「あ、あぁ……本気か? お前、マジか」


 俺はあまりの発言にドン引きした。先の依頼人をこれから殺そうと言うのだ。自分たちの勝手のために……。


「何を言っているんだい? ボクたちはもう依頼を達成しているし、新たな依頼を受けた結果偶然そうなっただけさ。それに何よりも、そのライセンスの名義上ではボクたちはボクたちじゃない。そこに書いてあるが殺るんだから」


 俺はコイツの話を聞き妙に筋が通っているような気さえし始めてくる。だがこの倫理観の無さこそが無法狂人アウトローの本質とも言えるだろう。それはつまり依頼を受注している間だけはという……ことだ。

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