【UNLIMITED FREEDOM】禁断の蝶を俺は望む

覚醒冷やしトマト

第1話 Green Days

 隔絶とした部屋で俺は目を覚ます。


「……視界が霞むな」


 そんな寝起きの俺に対して、顔も知らねぇ外の連中は景気のいいを外で鳴らしてくれた。


「……はぁ、またか」


 今日もどこかで銃声の音がする。この街ではもう日常茶飯事の出来事。いや、今ではもう世界各地で起きている日常だ。企業連や国家共が力を失ったわけじゃないが、もうまともな人間はまともに生きることを諦めた。健気に働いているのは同じ言葉を繰り返す警察ボットだけだ。


「17時32分か、そろそろ家を出るとするか」


 大気汚染が進んだこの街では、生身の人間ではガスマスク無しでまともに外を歩くことは叶わない。

 技術や医療が進歩したこの時代ではハイヒューマン化という改造手術によってそれを克服するやつもいる。これは特に女に多いんだが、動物の耳や尻尾といった物をおしゃれとしてそれを移植しているヤツもいるくらいだ。だがこれは別に本物の耳や尻尾をくっつけてるわけではない、ただの機械だ。


 ガスマスクを顔に取り付けてからプロテクターにフード付きコートを羽織い、相棒のショットガンを肩にガンスリングを通して掛ける。

 俺が今就いている職はフリーの無法狂人アウトローだ。無法狂人アウトローっつうのは所謂傭兵の事だな。

 さて、ある程度の支度を整えると俺は約束した時間に仕事仲間のヤツと会う予定の近場の喫茶店へと向かう。外へ出ると道端で座り込んだビールっ腹のおっさんが話しかけてくる。


「ひっく……よぉ! アンドラ! 今日も仕事かい? だったら何か分けてくれよ」


 “アンドラ・スコティノス”それが俺の名前だ。


「うっせぇ! 話しかけんな」


 酔っ払いの相手はゴメンだ。特にアイツはいつもあそこで酔いつぶれてやがる。恐らくアルコールを常時摂取できるような装置でも使っているんだろうがな。あれじゃあ自分の死体置き場を作って占領してるようなもんだな。


「……相変わらず空は濁った色してやがる。『地球は青かった』か、これじゃもう『地球はドブのようだった』にしたほうがいいだろうな」


 どこもかしこも地球は青く描かれるもんだが、正直言ってこの外の景色見てっと信じられねぇな。濃い緑色の空以外はいつも薄い霧が悶々とあるか、少し強めの風が吹いているかでしかない。


「今日は霧か」


 そう呟きながら歩いていると、目の前に飽きるほど見た車がこちらへと向かって進み、そのまま通り過ぎていく。


「また巡回か、まともに取り締まる気ねぇくせによくやるよ」


 今のは治安警戒維持AI車両だ。実際に乗ってんのは人間ではなく、一応国家のロボットだ。だがやってることは単に車出して走り回ってるだけだ。全く頭の痛くなる話だ、ただ威嚇するだけしかしないものには人間怖がりやしないっつうのによ。


「……着いたな」


 そうこうしているうちに俺は目的の場所へと辿り着いた。そこは市街地に建てられた喫茶店でそう広いわけじゃねーんだが客席全面ガラス張りと中々開放的な空間だ。だが薄暗い明かりしか差すことのない外に昼も夜もないからな、寧ろみすぼらしく見えるってもんだ。

 ま、何にせよ俺はさっさと入ることにした。


「……」


 店に入ると俺は適当にカウンター席に腰掛けた。いつものように客が人っ子一人いやしない。だが今日も今日とで店主が真面目にいるもんだから俺はいつものやつを頼んだ。


「親父、何か」


「……へい」


 ガラス張りとはいえ、この空間の汚染率は基準値通りの清浄なレベルだ。俺は安心してガスマスクを外す。じゃなきゃ飲み物は飲めないからな。


「……はいよ」


「おう」


 渡されたのは水だ。水は良い、透明だから心なしでも安心できるってもんだ。色んな混ぜ物だらけの紛い物は懲り懲りだからな。俺はその水を飲みながら周りを再度見渡して確認するも、約束の時間だというのにヤツの姿は全く見えなかった。


「にしてもあの野郎まだ来てねぇのか」


 俺がそう痺れを切らしそうになっていると、左手側から虫の触覚が生えた顔が現れて俺の顔を覗き込みやがる。その顔は褐色の肌で尖った耳にピアスをつけており、タレ目で黄色い瞳を持ち、黒髪のボブだが襟足だけ長い。それと左もみあげをオレンジ色に染めている。人を小馬鹿にしたような笑みでこちらをじっと見てきやがるので腹が立ってきた。


「何してんだお前」


 俺は横から覗き込んできているヤツに聞いた。因みにこいつが俺の仕事仲間の“ペタル・サゲネウ”だ。そしてヤツの頭に生えた触覚、そして背中の蝶の羽。所謂コイツもハイヒューマンってやつだ。


「どんな顔しているのかと思って」


 特に理由はなく好奇心だけで動いたであろう思いつきの言葉が帰ってくる。その子供じみた理由に俺は苛つきを覚え、身長も俺より小さいためか余計ガキに見えてくる。


「ご利益とかはねぇぞ」


 俺が皮肉混じりにそう返すと。


「そんなもの期待しているわけ無いじゃん。何言ってんの?」


 と、ヤツは半笑いで答えた。相変わらずしゃくさわるヤツだ。しかしコイツのこういった行動は今に始まったことじゃない、切り替えねば。


「それで? 今日は何のようだ?」


「おいおい! すぐに仕事の話かい? もうちっと手心ていうものをさぁー」


 本題に入ろうとする俺に対し何か奢れと言ってきやがった。非常に不本意だが、これ以上駄々こねられでもしたら面倒くさいので俺は奢ることにした。


「チッ、親父! コイツにも同じやつを――」


 俺がそう言いかけるとヤツはカウンターに身を乗り出して挙手しながら割り込んでこう言った。


「それじゃ! ミルクでお願ーい!」


「アッ! テメェッ勝手に変更すんじゃねぇ!!」


 この場合、ミルクと水のどちらをここの店主は受け入れると思う?


「……ミルクな」


「あーほらな。水よりたけぇ方選びやがったじゃねぇか」


 俺がそう言うとヤツは素知らぬ顔で返答する。


「いいじゃないか別に、減るもんじゃないし」


「俺の金が減るに決まってんだろ!!」


 全く、コイツは俺をATMか何かでも思ってんのか? まぁいいそんなことよりもだ、さっさと仕事内容を聞くとしよう。これ以上変に付き合わせられたらコッチの身が持たん。


「ハァ……まぁいいさっさと本題に入るぞ」


「はいはい。今回の依頼はね……何だと思う?」


「勿体ぶるなさっさと答えろ」


 俺がそう言うと何故かヤツの顔は不敵に笑い始めた。その不気味過ぎる顔を見た俺は少し背筋が凍った。何か嫌な予感がする。


「今回の依頼主にとっての敵対組織の構成員の一部排除。つまり数十人ってとこかな?」


「……特段大したことはない、いつものじゃねぇか。数十人ってところが不明瞭なのは気になるが……なぜ不敵に笑いやがった?」


 ヤツが告げた依頼内容自体は別に特段ヤバい内容じゃない。どこにでもあるありふれた依頼内容であるため、俺は尚の事不審に思った。

 コイツはそれ以上の何かを隠していると。


「さぁね。なんだろうねー」


 そう言いながらヤツは背伸びをしながら羽をパタつかせる。


「はぐらかすな。良いから答えろ」


 そろそろ俺の堪忍袋の緒が切れそうだ。するとヤツは妙なことを言い始めた。


「しょうがないなーー。じゃあ一つだけ教えておくとするならば、もう始まっているってところかな?」


「は」


 突然、外から爆発音が聞こえた。恐らくロケットランチャーが放たれた音だろう。そしてその爆発はこの建物に向けられたものだった。


 衝撃でガラスが割れる。俺は急いでガスマスクを装着する。そこで思わず愚痴がこぼれる。


「クッ!! テッ、テメェッ!!!」


 ガスマスクを装着した俺はカウンターに身を乗り出して前転をすることでカウンターの先、つまり店主が居た位置に降りる。


「ハァ……クソッ!! お前よくこんな事できるなァッ!!」


 俺はこの時点で察した。こいつは目標を殺すのを手っ取り早く済ませたいがためにわざとここに来させたのだと。そしてこれを楽しんでやがる、このイカれ野郎が!

 その時、沈黙決め込んでた店主は急いでカウンター裏にある、緊急シャッターボタンを押して割れたガラスの代わりに汚染空気を防いだ。


「おい、アンドラッ!! 後で請求書送るからな!」


 ガスマスクを片手に持ちながらそう言い残してさっさと店主は逃げ去った。


「クソッ! これでまた余計な出費が――」


「いいじゃないか、減るもんじゃないし」


「テメェッ! それ以上喋るとぶち殺すぞッ!!」


 すると次はロケランではないが、弾丸の嵐がシャッターに向けて放たれる。


(クソッ!! どうする? 今の手持ちはショットガンくらいしかねぇぞ)


「さーてどうしようかねぇ……ボクのこのマシンガンちゃん達もウズウズしているよ」


 こいつの戦闘スタイルはブローバックマシンガンの二丁片手持ちというイカれた方法だ。ハイヒューマンだからこそなせれる技とはいえ、流石にこの不特定多数の敵を相手にするっていうのは厳しいはずだ。敵にだって同じタイプが居てもおかしくはねぇからな。


(こうなったら何かで奴らの隙を作るしかねぇようだな。だがどうやって……!)


 俺はふと自分の後ろを見た。そこには複数個の酸素ボンベがあった。それは大気汚染が広まったこの街じゃ必須の緊急時用の酸素ボンベだった。


「そうだ、こいつを使えば!」


 俺の作戦はこうだ。バカスカ銃を乱射している奴らにこれを投げ入れ、それを狙い撃って爆発させるっつう寸法だ。


「おいペタル! こいつを奴らに投げ込むぞ!!」


「なるほど、その手があったか。やるねッ! ゾクゾクするよ」


 人が窮地に立って絞り出した策に対して、勝手に興奮し始めるコイツが本当に腹立つ。何で俺はコイツと組んじまったんだろうか。


「軽口叩いてんじゃねぇ」


「はいはーい!」


 俺はあのボタンをもう一度押してシャッターを開けた。すると奴らは何故か発砲を止めた。メガホンを通した声が響き渡る。


「アー、アーッ! お前らッ!! ドブカス顔面土砂崩れマルチ・カーターの死体を漁って来いッ!! 持ってこれたヤツには特別手当だ!!」


「「うおおおおおおおおおお!!!」」


 外は外でどっかの部族の祭式みてぇに盛り上がっている。

 どうやら俺らは“マルチ・カーター”とかいう謎の人物と勘違いされているようだ。いや、勘違いさせられたと言った方が正しいのだろうな。


「おい、お前。まさか……」


「正解!!」


 どうやら今回の依頼人が“マルチ・カーター”という名前らしい。


(このクソ野郎、今更だが仕事仲間である俺に相談なく勝手にここまで物事を進めていたとはな。だが今からやることはただ一つだ)


「いいか? “3つ”数えたら投げ入れろよ」


「はーい」


 俺は念を押して言うが生返事しか返ってこなかった。コイツほんとに分かってんのか?


「いくぞ? 1、に――」


「さーーんッ!!」


「アッ!! テメェ! クソッ!!」


 コイツはやはり俺の言うことを完全に無視して投げ入れやがった。俺は飛んでった酸素ボンベが奴らのとこまで行った所で狙い撃った。


「おら! 次だ! 次ィッ!!」


 俺は他のボンベも投げ入れるよう指示する。


「はいはーい!」


 ハイヒューマンのコイツは片手でボンベをつかんでホイホイ投げていく。相変わらずどんなパワーしてんだか。外は外でボンベの爆発に巻き込まれた奴らの悲鳴が響き渡る。


「うぐあああ!!」


「ひ、火がアアア!!」


 そして一部の錯乱したやつが銃を乱射し始める。これは好都合だ、このまま行けばなんとかなるかもな。


「ねぇもうボンベないよ? こっからはどうする?」


「アァ? ……ならお前も撃ちまくれ」


「オッケー!」


 ヤツは喜々として立ち上がり、その両手で持った二丁のマシンガンをぶっ放し始める。その間、俺はリロードをする事にした。


「おい! あっちの様子どうだ?!」


「結構いい感じィ!!」


「……何が良いのかわからんが、まぁいいか」


 もう色々と吹っ切れた俺は立ち上がり、慌てふためく奴や冷静に撃ってくる奴などを撃って撃って撃ちまくったのだった……。



 銃弾が飛び交い、輝く閃光の数々は次第に減っていく。先程まで物静かだった喫茶店も今やガラスは粉々に割れ、飾られた瓶や機器といったものは穴だらけになる。享楽的に撃ち続けるペタルはこの混沌が本当に好きなようだ。俺は俺で昔を思い出す。あの忌まわしい過去を、そして声は届かずとも聞こえてくる敵の悲鳴が銃弾の一発一発がそれを乗せて運んでいく。



 ……その場から銃声が聞こえなくなった頃、外に居た奴らは漏れなく全員死んだ。そしてそこに残ったのは硝煙と血溜まりだけだった。もうここで店再開すんのは無理かもな。俺たちは一先ず店を出てこの惨状を確認する。


「ふぅ……中々ハードだったねぇ」


 コイツはまるで「楽しかったな」っつうクソみたいな感想を言いやがったもんだから半ば巻き込まれた俺はブチギレた。


「何がハードだこのクソ野郎! 全部テメェが引き起こしたことじゃねぇか!」


「依頼を遂行するために必要な行為だっただけさ、ボクは……悪くない」


 よくもまぁ開き直った態度を堂々と出せられるもんだな。もう許さねぇからな。


「……テメェッ、イッテェ!!」


 俺の左肩に激痛が走る。どうやら一発貰ってたようだ。戦いの高揚に寄るアドレナリンが溢れてた所為か今になって痛みを感じたのだ。俺は小さく呟く。


「……クソ」


 そんな俺の様子を見てヤツは俺が怪我を負った事に気づく。


「ん? なんだい喰らったのかい? 間抜けだね。肩組んであげようか?」


 ヤツはわざと全く見当違いの補助方法を提示してくる。そうと分かっていても俺はツッコんでしまう。


「それは足怪我した時だろ。このまま町医者に行く、後は好きにしろ」


 俺は肩を右手で抑えながら歩いていく。するとまたヤツの気まぐれが発動しやがった。


「じゃあボクもついていくよ」


「何のつもりだ? まさかとは思うが少しは罪悪感でも抱いたのか?」


 と、俺はヤツに軽口を叩いてやる。


「そうかもね? ……そうだと嬉しい?」


 軽口叩くどころか変なからかい方までしてきやがるコイツに俺は疲れてきた。だから今の素直な気持ちを伝えることにした。


「どっちでも嬉しくねぇよ」


 硝煙の匂いと肉塊が転げ落ちた現場に背中を向けながら、俺たちは世話になっている町医者が居るところまで向かうのだった。

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