転生魔王の生きる道

@taiyaki_wagashi

短編 転生魔王の生きる道

「くたばれ、魔王!」

『うぐあああああっ! この我が、勝利を目前に負けるなど……っ!?』


 百年続いた人族と魔族の戦争。今、その決着がついた。

 十年前、優勢だった人族の前に突如立ちふさがった魔王。魔王はすさまじい力と統率力を発揮し、戦局を覆した。わずか五年で戦況は拮抗し、次の五年で魔族優勢に傾いていた。

 大群同士のぶつかり合いでは負ける確率が高いと判断した人族は、優れた戦士を集め勇者と呼称、少数精鋭で魔王暗殺に向かわせた。ほとんどの仲間を亡くしながらも勇者は魔族の拠点に侵入、魔王の心臓を貫いた。

 これにより戦争の趨勢は決した。油断しまくりで内ゲバに勤しんでいた人族はもういない。魔族という種族を徹底的に滅ぼすだろう。


『……これで満足か? 王を失った魔族は烏合の衆となるだろう。散り散りになった者たちを、女子供問わずに皆殺しにするのだろうなあ貴様らは』

「全てお前の責任だ、魔王。お前が講和条約を受け入れていればこれほど戦争は激化しなかった。魔族が生きる道もあったはずだ」

『ハッ、魔族を奴隷化する条約を講和と称するその度胸はまさしく勇者だな。認めてやるよ、貴様は勇者だ』


 心臓を貫いた勇者の剣には複数種類の猛毒が塗られている。回復魔術で傷をふさいだとしても、決して解毒できないよう調合された毒が魔王を殺すだろう。

 魔王は口から真っ黒な血の塊を吐きだしつつも言葉を止めなかった。

 

『……ああ、腹立たしい。最期に、貴様に呪いをかけるとしよう』

「そんな力が残っていないことくらい分かっている」

『そうかな? 我は、三百年の後、必ず蘇ると言ってもか?』

「なっ……そんな魔術は存在しないはずだ」

『信じるも信じないも貴様の自由だ。だが、無視できるかな? 人族は足の引っ張り合いが好きだろう? 百年もすれば互いに殺し合って人族そのものが弱体化しているだろうよ。復活した我に対抗できるかな?』

「人族を、おれたちを侮るな。人族は一致団結し、こうして貴様を討ったんだ」

『はは、自分で言いながらまるで信じられていないではないか!! 貴様のその表情を拝めただけで満足だ』


 勝利した勇者は歯を食いしばり死にゆく魔王を睨みつける。

 

『なあ勇者よ、今から楽しみではないか! いつか訪れる暗い未来に思いを馳せながら一時の栄華を味わうと良いわ! ははは、はははははは……!!』


 そんな勇者を見ながら、敗北した魔王はゲラゲラと笑いながら息絶えた。

 

―――


「ふはは、それでは行くとするか」


 まっさらな荒野を前に一人の少年が仁王立ちしている。

 その表情はふてぶてしく自信に満ち溢れている。

 世間知らずゆえの思い上がりではない。その体は小柄ながらも鍛え上げられ、立ち上る魔力は歴戦の魔術師が戦慄するほど膨大だ。

 彼は己の野望の新たな一歩を踏み出すことに高揚していた。

 

「オーマちゃん、そんなところで独りごと言ってどうしただ?」

「しっ、そういうお年頃だべ。都会の学校に通えることになって張り切ってんだべよ」

「学校まで何日もかかんのにもう制服着てるべなあ」

「うるさいぞじーちゃん、ばーちゃん!!」


 オーマ少年は振り返って怒鳴りつけた。なお、顔が真っ赤で口をとがらせているので全く迫力がない。怒鳴られたじーちゃんばーちゃんはケラケラと笑っている。


「んだな、悪い悪い。オーマちゃんはわたしらに制服姿を見せてくれたんだべなあ」

「遠くの学校に行って会えなくなるのは寂しいけんど、立派にやるんだよ」

「ふん、言われるまでもない。わざわざ高い金を払って学院の試験官を呼び我に受験させた貴様らに恥をかかせるとでも?」

「うんにゃ、授業は心配してねーだ」

「んだんだ。オーマちゃんの魔術はすごいからな」

「水路を引いてくれたり、硬くなっちまった地面をほぐしてくれたりな」

「でんも、学校で浮かないかちょっと心配だわな」

「それな」


 じーちゃんばーちゃんたちは揃って頷いた。


「……自覚はあるから気を付けるよ」

「素直なのはオーマちゃんの良いところだべな。……よし、みんなそろったな」


 いつの間にかオーマの前にはたくさんの村人がいた。

 特に高齢な層と男衆はほぼ全員が揃っている。

 中でも特にガタイが良い男が一歩前に出る。

 

「おらよ、餞別だ。女衆は子供の世話で来られないからって弁当をこさえてくれた」

「でっかい弁当だな、食い切れるかな」

「下の方は保存がきくもので作ってるから、上から順に食ってけ。あとこっちは男衆からだ」

「……こんな立派なローブ、わざわざ行商人から買ったのか? 王都で買った方が安いのに」

「うるせえケチくさいことを言うな、今日渡したかったんだよ」

「バカだな」


 などと言うオーマは泣きそうな顔で笑っていた。

 制服の上からバッとローブを羽織って見せる。


「なかなか男前じゃねえか」

「元が良いからな」

「そうだな」


 冗談めかした言葉を肯定されてオーマは面食らう。いつもなら「言ってろ」と苦笑いされるところだ。

 

「親に捨てられても腐らず勉強して、村のために魔法を使ってくれた。畑仕事もたくさん手伝ってくれた。お前は立派なやつだ。王都でも元気でな」

「んだ。ちゃんとメシ食うんだぞ」

「健康には気ぃつけてな」


 村人たちから一人一人言葉を贈られているうちに馬車が村の入り口に来ていた。もう行く時間だ。

 オーマは顔を見られたくなくてうつむいて村人たちに背を向ける。

 村人たちはしょうがないな、と言いたげに苦笑している。

 こういうやつなのだ。基本的に素直で大げさなことを言うくせに正面切って褒められるとうまく受け答えできなくなる。

 片手に荷物、もう片手に女衆からもらった弁当を持って馬車に乗り込む。

 御者が「いいのか」と尋ねると、オーマはこくりと頷いた。

 

「元気にやれよ!」

「達者でな!」


 空の果てまで届きそうな声援をその背に浴びたオーマはとうとう振り返った。

 

「いってきます!!!」


 村人たちは馬車が見えなくなるまで手を振り見送っていた。


―――


 それは十二年前の話。

 とある辺境の村の山の中でオーマは目を開いた。

 霞む視界の中でオーマは驚愕していた。

 

(成功したのか)


 さらに三百年前、オーマは死んだ。勇者に心臓を貫かれ、失血と猛毒で息絶えた魔王こそがオーマだ。

 オーマは勇者に『三百年後に蘇る』と言った。

 これはまるっきりの嘘ではないが、真実とも言い難い言葉だった。

 なぜなら、転生の魔術は未完成だったからだ。

 

 魔族が転生の魔術を研究していたことは事実で、オーマの在位中に術式は形になっていた。

 しかし、研究部の計算では新しい肉体に転生するまで百年はかかる見込みであり、想定通りに効果を発揮するかテストできていなかったのだ。

 加えて転生魔術は極めて発動が難しい魔術だった。熟練の魔術師しか発動できないが、そんな魔術師を使い捨てにするはずもなく、オーマは実験目的での発動を禁止していた。

 オーマが知らないところで発動した者がいるかもしれないが、仮にいたとしても結果が分かるのは百年後だ。確かめようがなかった。

 転生魔術は、万策尽きた魔術師による最後の悪いあがき程度の扱いだった。

 

 オーマは今わの際に転生術を使用した。本当に蘇れるとは思っておらず、放った言葉はただのいやがらせのつもりだった。


(くっくっく、まさか本当に成功するとはな。では有言実行……今度こそ人族を滅ぼしてやるとしよう。……滅ぼしてやりたいが、体が動かん。周りも見えん。手ぇちっちゃいしまさか我は赤子に転生したのか? 気持ち見えるようになってきた、だんだん耳も聞こえ――おい狼がいるじゃねえかやめろ我はエサじゃない待ってやめて来ないで死んじゃう!!)


 転生先を指定できないという術式の新たな欠陥が見つかった瞬間だった。

 転生直後に絶体絶命の危機に陥ったオーマだったが、気合を入れてギャン泣きしたところ薪を拾いに来た老人に拾われ事なきを得た。

 その後、辺境の中の辺境であるドゥイナ村でオーマは育てられた。精神年齢は三十路も近いのにオシメを替えられた時には心が砕け散りそうになったが、魔王の矜持でなんとかこらえた。十歳そこらの女の子ちゃんに替えられた時に魔王の矜持は爆散した。

 

 今は雌伏の時、力を蓄えるのだ。

 オーマに油断は無い。超ド級の辺境たるドゥイナ村には外界の情報があまり入ってこないので、とりあえず魔王当時の実力を取り戻すことを目標に生活する。力をつけたら村を出て、人族への反抗作戦を始めるのだ。

 そんな思いを秘めながら勉強したり畑の世話をしたり、魔術の練習がてら畑に水を撒いたり、近くの道を整備したりと充実した日々を過ごしていると、ある日見慣れぬ男が村を訪れた。

 話を聞くと、村人が招いた王立魔術学院の職員とのことだった。

 

「オーマちゃんはいっつも魔術の勉強してるからなあ。たまに本を買ってたりしたけども、本気で勉強するなら学校に行った方がいいべ。こんなちっぽけな村にしばりつけちゃいけねえだ」

「だからって呼ぶなら教えておいてくれてもよかろうに」

「オーマちゃんなら大丈夫だあ」

「簡単に言ってくれる……だが、みっともない成績を出すわけにはいかんな」


 王立魔術学院には、僻地にいる人材を発見するために職員を派遣する制度がある。オーマは後になって知ったことだが、その制度には結構な費用がかかる。村人たちはオーマのために何年もかけて積み立てたのだ。

 人族の現状を知りつつ最新の魔術を学ぶチャンスが向こうからやってきた。逃げすわけにはいかない。

 全身全霊で試験を受けたオーマはなんとか合格し、進学を決めたのだった。


「ふふ、ふっ、この我を招くとはっ、愚かではあるが、痛っ、見る目はあるようだバっ……御者さん、も少し揺れを抑えて走ってはくれまいか」

「すんませんね、あんまり上等な馬車じゃないもんで。あんまり独りごと言ってると舌かみますよ」

「……仕方ない。気を付けよう」


 うっかり自分が魔王だと口走りそうになっていたことに背筋を冷やしつつもオーマは王都に到着するのだった。

 

―――


「皆さま、王立魔術学院へのご入学、まことにおめでとうございます。私は教育長のエゼルと申します。さっそくではありますが、本日はこの訓練場で『公開実技』を行います。訓練場はいくつかのブロックに分けられておりますので、所属を希望する学科の講師がいるブロックでご自分の能力をアピールしてください。講師の目に留まればより良い条件で学業に励むことができるでしょう。入試の成績が振るわなかった方は、これが人気学科に入る最後の機会と心得てください」


 入学式の直後、オーマたちは転移装置を通りこの訓練場へ招かれた。訓練場は一面の荒野である。魔術の的にするため設置された無数の大岩が無ければ地平線が見えただろう。

 オーマは手元の資料に目を落とす。そこには訓練場のどこに、どの学科の講師がいるか記載されていた。


 魔術学院には多くの学科がある。各学科には定員があり、入試の成績上位者から加入する学科を選ぶことができる。そのため入試の成績が中位以下だった学生が人気学科に所属できる確率は極めて低い。

 それを覆しうるのがこの『公開実技』だ。講師は自分の学科に欲しいと思った学生を勧誘することができる。勧誘されれば入試の成績が最下位だったとしてもその学科に所属できる。

 入試成績が中位以下だった学生にとっては人気学科に所属するラストチャンス。上位だった学生にとっても講師に実力をアピールし優遇されるチャンスである。エゼルの言葉にほとんどの学生が魔力をたぎらせた。

 

「やれやれ、弱者がいきり立っているな。意気込んだところで実力は変わらないというのに」


 と、余裕を見せるのはオーマ(入試成績最下位)である。

 目を血走らせた学生に大した魔力を放つ者はいない。手近なブロックでさっそく魔術を使っているが、オーマから見れば子供の遊びだ。三百年前の魔王軍の雑兵の方がよほど精強だった。

 見るべきはごく一部、落ち着いた態度の学生だ。おそらく入試成績最上位だっただろう彼女らは洗練された魔力をまとっている


「戦術科の講師がいるのはここだな?」


 オーマがのんびり歩いて辿り着いたのは、男子学生の多くが志望する戦術科の講師がいるブロックだ。その名の通り戦闘用の魔術を研究する学科であり、講師からはオーマでも侮れない実力が感じられる。

 何人もの学生が魔術を放っているが講師はさほど反応もなく淡々と手元の採点用紙に評価を書きこんでいる。どの学生も声をかけられることはない。

 

「これでは評価する側も退屈だろう。ふふふ、真打登場というやつだ」


 評価の順番待ちをしながらつぶやくオーマだったが、幸いにも他の学生は自分の番に向けて集中していたので聞きとがめられなかった。

 そしてオーマの番が回ってくる。


「さて、派手に行くとしよう」


 オーマは複数属性の魔力を同時に練り上げる。その様子に何人もの講師の視線が集まる。

 炎属性と氷属性、水属性と雷属性、土属性と風属性……相反する属性の魔力をぶつけ合うことで、属性を持たない純粋な魔力が生まれる。それを何度も掛け合わせ、凝縮し、密度を上げていく。

 魔力はオーマの手元で握り拳ほどの大きさになった。ほんのり白く輝くそれに、オーマは指向性と『熱』の性質を与える。

 

「これは、まさか!?」

「見るが良い、これこそが最強魔術『カオスティック・ヘル・フレア』だ!!」


 一人の講師が驚きの声を上げるが、オーマは意に介さず魔術を発動させる。

 多くの属性の魔力から織りなされた圧倒的な熱エネルギーは発光を伴い解き放たれた。

 他の学生の魔術とは一線を画す白光は、魔術の的として用意されていた大岩をいくつも蒸発させた。

 

「今のは……」「あいつ、入試最下位の」「なんだよこの威力……」


 学生たちが口々につぶやく声が聞こえる。


「少しやりすぎたか? だかこれで理解できただろう? 格の違いというものを。我よりちょっと早く専門書や家庭教師をつけて勉強したからと調子に乗らないでもらいたいものだ」

 

 表面が液状化した地面の前でオーマはドヤ顔を浮かべていた。

 オーマの入試成績は最下位だったが、そのことを鼻で笑われたりしたのを根に持っていたのだ!

 打ちひしがれる同級生を見て留飲を下げたオーマだったが、複数の講師が自分に駆け寄ってきたのを認めると襟を正した。第一志望の戦術科は人気学科なので、講師に媚を売っておきたいのだ。ちなみに第二希望は農業魔術学科である。

 一番先にオーマのもとへ到着したのは大柄な男性講師だった。


「きみ、今の魔術は? カオスティック・ヘル・フレアと聞こえたが」

「ふふふ、知っているか。かつて魔王が使ったという伝説の術だ」

「ああ……驚いた」


 男性講師はぎゅっと自分の両手を握りしめながら目を伏せた。

 オーマは失敗したかなと思う。

 カオスティック・ヘル・フレアは超高難度の魔術だ。大きな学校で講師をやっている以上、プライドがあるだろう。入学直後の学生が自分以上の魔術の使い手だと分かったらきっと悔しいだろう。

 どう言い訳しようか悩んでいると、講師は絞り出すように言った。

 

「これほどの才能を持った子供が、こんなクソ魔術のために時間を割いたと思うと勿体なくてならない」

「は?」


 あまりにも予想外の言葉に思考が停止する。

 講師は痛ましいものを見るような目をオーマに向ける。眉間に皺が寄りやるせなさがにじむ。その言葉に嘘や誇張はなさそうだった。


「……クソ魔術とは、どういうことか?」


 数秒の無言が続いたのち、オーマは口を開いた。

 聞き捨てならなかった。カオスティック・ヘル・フレアは対勇者のために作った最強の攻撃魔法だ。膨大な熱と魔力衝撃による破壊力は他の追随を許さない。

 開発から数百年経った今、古臭いと言われるなら納得しよう。しかし、クソ魔術呼ばわりは聞き捨てならない。

 

「魔力消費が大きすぎるからか? 魔術の難度が高すぎて戦闘中の発動が困難だからか? 我はその点を克服しているのだから、クソと言われる筋合いはないぞ」

「ああ、口が悪かった、すまない。謝る。きみを侮る意図はない。あれほど大量の魔力を正確に操作する技術は脱帽モノだ」

 

 講師は背筋を伸ばしてオーマに向き直る。

 その姿は世間知らずの子どもに対するものではない。一人の人間として認めた相手に対する、敬意が宿った立ち姿だった。

 相手を認めているから嘘をついたり誤魔化したりしないと伝わる。

 

「その上で言おう。カオスティック・ヘル・フレアはクソ魔術だ。これを見なさい」


 講師の指先に魔力が集まる。なんてことない量の魔力だ。少なくとも先ほどのオーマと比べたら五分の一くらいだろう。

 複数属性の魔力を混ぜていることは分かるが、術式の詳細は隠蔽されておりオーマには見破れない。

 講師の指先が発光する。白い光が一本の線になって、誰もいない方向へ飛んで行き、地面に触れる。

 

 洒落にならない大爆発が起きた。

 

 訓練場の中でもはるか遠くで発生した爆発にも拘わらず、熱風がオーマの頬を撫でる。オーマのカオスティック・ヘル・フレアを見てざわついていた同級生たちはアゴが外れたみたいな顔をして絶句している。

 射程距離、破壊力ともにカオスティック・ヘル・フレアを上回っていることは明白だった。


「今のは、火属性と雷属性の複合魔術? いや、それだけにしては破壊力が高すぎる。いったい何が……」

「きみが言った二つの属性の魔力を混ぜた術だ。火と雷は一定の割合で魔力を混ぜると強力な爆発を引き起こす。さらに破壊範囲を絞る術式を併用することで範囲内へより大きな打撃を与えることが出来る」

「……待て、破壊範囲を絞ったのか? アレで?」


 光線が着弾したあたりは巨大なクレーターになっている。遠目に見てもカオスティック・ヘル・フレアより広範囲を破壊しているとわかる。

 

「ああ、そうでもしないと爆風や飛び散ったガレキで人が死ぬ」

「………………」


 オーマは二の句が継げなかった。冗談と断じるには講師の魔術は強力過ぎた。

 

「カオスティック・ヘル・フレアは六種類以上の属性を掛け合わせることで属性を打ち消し、純粋な熱エネルギーと衝撃波を引き起こす。そのため属性防御を無視して相手を攻撃できるが、それだけだ。火属性と雷属性だけ使えれば同等の熱と衝撃波を叩きだせる」


 防御魔術には物理障壁と属性防御の二種類がある。

 物理障壁は透明な壁を作る術である。汎用性は高いが、属性防御よりも消費魔力が多い。

 属性防御は特定属性の魔力を遮断する術である。指定した属性に対しては物理障壁より強固な一方、指定属性の魔力以外に対しては無防備となる。

 先ほど講師が放った魔術は火属性と雷属性を合わせた魔術だが、すさまじい爆発を引き起こした。爆発で発生する衝撃波は属性防御では防げない。

 

「かといってあれを防げる物理障壁を張るには時間がかかる。遠距離から撃たれたとしたら……」

「魔力探査の範囲と精度を高める研究は盛んだな」


 術の射程距離を伸ばす研究と、魔力探査範囲を広げる研究はいたちごっごの関係にある。探査の範囲、精度ともに三百年前とは比べ物にならない。

 カオスティック・ヘル・フレアの射程距離はせいぜい100メートル。膨大な魔力が必要なこともあり、軍事拠点のそばでは撃とうとした瞬間に気付かれる。術が完成する前に集中砲火を浴びることになるだろう。

 

「さらに言えば、魔力は混ぜ方によって特殊な反応が起きるというのは、四百年前にはもう知られていた」

「えっ」


 初耳だった。

 ……そういえば、魔王時代は魔力が有り余っていたし、自分たちの研究が最も進んでいると思っていた。人族も魔術の研究をしていると知っていたが『人族の分際でw』と鼻で笑った覚えがある。

 魔王、油断しまくりであった。


「総括しよう。大量の魔力を使えば強いだろうという雑な考えと、多くの属性を同時に扱えることをひけらかしたい自己顕示欲が入り混じった、究極の自己満足魔術。それがカオスティック・ヘル・フレアだ」


 オーマは崩れ落ちた。あまり大げさなリアクションをとると魔王バレするかと思ったが、そんな考えが消し飛ぶほどの精神ダメージを受けた。

 

 ――言い訳をさせてほしい。勇者はいろいろな属性に耐性がある装備を身に着けていたし、物理障壁も一流だったから破壊力が必要だったんだ。生半可な術だと防がれると思って、とにかく高難度の術を使えば行けるだろうと思ったんだ。魔族的には高難度=高威力という認識だったんだ。魔族は脳筋なんだ。滅べばいいよあんな種族。

 

 地面に両手をついてうなだれるオーマを見て、講師は己の不用意さを悔やんだ。

 魔術学院には成人してから入学する学生も多いが、オーマは見た目通りの十二歳である。

 子供がドヤ顔で超高難度の魔術を使ったところ、公衆の面前で『それはクソ魔術だよ』とつまびらかに説明された。その屈辱は察して余りある。

 きっと古い書物を見つけたか、イタズラ半分で教えた大人がいるのだろう。使えるようになるまでそれなり以上の時間を費やし、努力したはずだ。それをクソ呼ばわりされて全否定されたらつらい気持ちにもなるだろう。

 オーマに対しては見当はずれでこそあるが、講師は思いやりも持ち合わせていた。

 なんとか話題を逸らし気分を変えてもらおうと周囲を探る。すると視界の端にちょうどいいものが映った。講師も屈んでオーマの肩を叩く。

 

「ああ、あれを見なさい。魔術学院卒業生で構成された戦闘部隊による演武だ。我々は魔王の復活に備えて研鑽を続けている。なかなかの見ものだぞ」


 ド派手な攻撃魔術が飛び交うの光景は一見の価値がある。戦闘用魔術を学ぶ学生にとっては良い目標になり、非戦闘系の学生にとっては魔王が復活しても大丈夫だと安心する材料になる。落ち込んだ気分を変えるにはちょうどいい。

 オーマははっとして起き上がる。


(そうだ。我は魔術学院に学びに来たのだ。我の魔力操作技術はこの時代でも通じるはずだ。ここで学んだ技術で人族を打ち倒してやろう)


 気を取り直す。

 魔王時代の自分の至らなさに打ちのめされたが、考えようによっては悪い状況ではない。むしろ、人族に喧嘩を売る前に気付くことができたのは幸いだった。

 今のオーマは学生だ。自分の無知を知ったのだから、これからいくらでも調べ、学べばいい。それが許される立場だ。

 手始めに人族の戦闘部隊とやらを見てやろう。先輩のお手並み拝見というやつだ。

 そんな気持ちで演武の会場に向かう。


 降り注ぐ火山弾を見た。

 大岩を吹き飛ばす暴風雪を見た。

 数えるのが馬鹿らしくなる本数の光線が大地を引き裂くのを見た。

 

「………………なんだこれは。天変地異か?」


 オーマは呆然とした。

 どれかひとつをとっても魔王時代のオーマでも防げない威力と規模だった。それを放つ人族が十名ほどいて、今も落雷が降り注いだり突然地面が風化したりする。その光景は、攻撃魔術を通り越して天災を想起させる。

 

「みんな、腕を上げたな。私も誇らしい」


 横で腕を組んで頷く講師を呆然と眺める。

 魔術講師は魔術を教える職業であって、魔術を使う職業ではない。もちろん使えるに越したことはないが、手本を示す程度で十分だ。

 なのに、この講師を見ていると、卒業生という連中より強い気がしてならない。


「……魔王とは、あれほどの術がないと倒せない存在なのか?」


 確実にオーバーキルである。当の魔王が思うのだから間違いない。

 だからこそ聞きたかった。なんのつもりであんな災害級の魔術を作ったのか。


「正直なところを言うと、分からない。分からないが、魔王の力を間近で見て唯一生き残った勇者様が『決して油断するな』と言い遺し亡くなった。魔王が人族優勢だった戦況を覆したことは各国の記録に残っているのだ。全ての国々は団結し、生き残った魔族を駆逐し魔王の復活に備えている」


 魔王は人族共通のトラウマなのだ、と講師は締めくくった。

 勇者が魔王を倒さなければ人族は魔族との戦争に敗北しただろう。絶滅してもおかしくなかった。

 魔王討伐以降、人族同士の諍いが起きても小競り合い程度。深刻な殺し合いには至らない。大戦争を起こせば疲弊したところで魔王が復活し滅ぼされる気がするからだ。

 魔王はいつ蘇ってもおかしくない。各国は連絡を密に取り合い魔王復活に備えている。こうして学生の前で行う演武はただのパフォーマンスで、本当にえげつない実戦用魔術は魔王に利用されることを警戒し軍事機密となっている。


「さて、本題に移ろうか。魔術のチョイスこそ残念だったが、きみの魔力量と魔力操作技術は目を見張るものがある。資料の確保も困難な辺境で独学し入試を突破した熱意と学力は有望と言う他ない。きみならばどこの学科でも喜んで受け入れるだろう。もちろん、我が戦術科でも歓迎しよう。希望の学科を宣言するのだ」


 気付けば多くの学科の講師たちが集まっていた。

 戦術科、術式開発科、兵器開発科などの人気学科の講師たちが自身に満ちた笑顔を向ける。自分たちの学科が選ばれるだろうと疑ってもいない表情だ。

 一方、生活術科や製造術科といった不人気な学科の講師は人気学科の後ろでちらちら視線を送るに留まる。学生の成績や研究成果が優れているほど学科の待遇が良くなる。彼らにとっても優秀な学生の確保は死活問題なのだ。

 しかし、自分たちの学科が不人気であると自覚しているので、人気学科の講師を押しのけて前にでることができない。最前列に立って無視されたらさすがに傷付く。

 あまたの講師たちの視線を受けながらオーマは高らかに宣言した。

 

「農業魔術学科の先生はいらっしゃいますか! あと、農業器具の開発とかできる学科の先生がいたらお話を伺いたいです!! 土壌改良にも興味があります!!!」


 時が止まった。人気学科の講師たちは真っ白になった。

 彼らは自分たちの学科が人気であると自覚している。人気相応の授業と成果を心がけ日々努力している。あっさりと袖にされた事実は衝撃だった。

 

「農業魔術学科の講師はわたしです。イオ・バマスといいます。あの、本当に良いのですか? わたしは魔術の農業利用はこれから重要性を増していくと思っていますが、さほど人気がない学科ですよ? 卒業しても就職先は限られてしまいますし、大規模な攻撃魔術を使っていたあなたなら戦術科に進んだ方が良いのでは……?」

「そ、そうだ。クソ魔術とはいえカオスティック・ヘル・フレアは高難度の大規模魔術。あれを覚えてきたきみが農学を志しているとは……」

「アレは害獣を蹴散らすために覚えただけです。旅の人にとにかく大規模でド派手な魔術はないかって聞いたら教えてくれました」

「ぐはっ!?」


 オーマの嘘っぱちに戦術科の講師は傷付いた。自分たちが研究を重ねた魔術より伝説的クソ魔術こそがオーマの求めるだったと聞いてショックだったのだ!

 なお、魔物や獣は勘が鋭いので、大規模な攻撃魔術の気配を感じると『あそこは危険だ』と察して近寄らなくなる。

 

「でもたまに強い魔物が山から降りてくるので、コスパの良い戦闘魔術も知りたいです」

「そ、そうか。うむ、いつでも聴きに来ると良い」


 戦術科の講師へのフォローも忘れない。

 なお、この言葉は半分くらい本当である。カオスティック・ヘル・フレアにビビッて逃げる魔物が大半だが、オーマがいない隙を狙う狡猾な魔物もいる。そういった害獣を効率的に仕留められる方法も知っておきたい。

 もう半分は、魔王バレした時に備えておきたいという気持ちである。もしもバレた時、まったく無知な状態では逃げることすら不可能だ。

 

 ――あんなバケモノ魔術師軍団、相手にしてられるか。個人でどうにかなるレベルじゃない。

 ていうか魔王やってたのだってたまたま強かったからだし。一人じゃ人族の軍団に対抗しきれないから魔族をまとめていただけだし。魔族は絶滅したっぽいけどそれはどうでもいいし。今は人族だし。

 

 かつてオーマが魔王として人族と戦っていた理由は極めてシンプルだ。

 『生き残るため』である。

 人族と魔族は体の構造からして相容れなかった。生息域が重なってしまった以上、少なくとも片方は絶滅することを定められていた。魔王が生まれた時には魔族の領地に人族が攻め込んでいた。

 だから戦った。一人で人族の軍隊と戦い続けることは非現実的だったので、力で魔族をまとめて対抗した。

 魔王が負けた後、魔族は絶滅したらしいが、それは恨んでいない。そもそも魔族のために戦っていたわけではないし、仮に魔王が勇者に勝っていれば魔王は人族を絶滅させただろう。お互い様だ。

 

 それはそうと負けたことは悔しいし志半ばで殺されたことはムカつくので仕返ししてやろうと思っていたが、人族は予想以上に進歩していた。

 昔は個人の実力差が大きかった。魔王に致命傷を与えられるような術を使える者はごく少数で、術の射程距離が短く予兆も大きかったので容易く対処できた。状況によっては魔王単独で国を落とすことすら可能だった。

 今は違う。勇者以上の攻撃力と射程距離を持つ魔術師がワンサカいる。仮にオーマが最新の魔術を覚えたとしても、探知困難な距離から飽和攻撃されたらすぐ負ける。

 

 復活した魔族の王として勝ち目のない戦いに挑むか、辺境生まれの学生として大切に育ててくれた故郷の人々に報いるか。

 天秤にかけるまでもなくオーマは学生であることを選んだ。そもそも魔族が絶滅しているのに王も何もない。

 

「僕の故郷は辺境の農村なんです。近所の人たちも総出でカンパして本を買ってくれたり、僕に魔術の勉強をさせてくれました。だからここで最新の農業を学び、故郷のみんなの力になりたいんです」


 オーマは瞳を輝かせて勤勉な学生らしく言い放った。

 農業魔術学科のイオは目を潤ませる。農業魔術学科は人気がない学科なので、嫌々配属される学生が多いのだ。真剣な学生というだけで感動的だった。

 

 この日、本当の意味で魔王は死んだ。 

 表向き魔王が復活しなかった世界で、こっそり復活していた魔王が各国へ食料供給というライフラインを握り世界を支配する。

 そんな未来を妄想しながら、今日もオーマは勉学に励むのであった。

 

 

 

 

 

 後日、戦術科を蹴って農業魔術学科に進んだオーマが気に食わなかった高位貴族がオーマたちの畑に手を出そうとした。

 事前にその情報を掴んでいたオーマは貴族とその取り巻きを張り倒した。刻んで堆肥にしてやろうかと思ったが、堆肥の質が落ちそうだったのでやめた。

 この一件でオーマについたあだ名が『農学科の魔王』である。

 

 あだ名を聞いたオーマが『バレたのか!?』と肝を冷やしたことは言うまでもない。

 

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