お主に捧げる魔法

nixyanta

これをお主に捧げよう




「よしよし、欲しいものは買えたしそろそろ帰るのじゃ。」


 一月ひとつきぶりに街へ赴き用を足した儂は森へ帰ろうとしていた。今回は、買い物ついでに貴族からの依頼あるから、それを達成すると二月ふたつきは暮らせるのじゃ。


「ふんふふーん♪今日は良き日じゃ。儂の秘蔵の酒でも飲んでゆるりと過ごそうかの。」


 ご機嫌で歩いていた儂なのだが、近くで草が揺れる音がした。驚きのあまり、固まってしまうが一向に襲ってこない。ふむ……少しのぞいてみるかの。


「どれどれ、そこにいる奴は……む?童か。」


 そこには服とも呼べないボロ布を着ていた童がおった。動かない所を見るに、気絶しているのか、それとも空腹で動けないのか。しかし、ここで倒れたままだと獣に襲われてしまうのじゃ。童が起きるまで見ておるかの。


「それにしても、随分と貧しい暮らしをしていたのじゃな。服もそうじゃが、貧相な体つきをしておる。」


「……うっ……ごは、ん」


「起きたか。腹を空かせているのじゃな。ほれ、パンと水じゃ。一先ずはこれを食うがよい。」


 数分も待っていると盛大なお腹の音とともに童が起きた。起きた童に食料を与えると何処からそんな力が出ているのかと思うほどの勢いで食べ始めた。


「まてまて、そんなに急いで食べると喉に詰まるのじゃ……言ったそばから。ほれ、急がんでもパンは無くならん。水を飲んでからゆっくり食べるとよい。」


 案の定喉を詰まらせた童に呆れながらも食べ終わるまで待つ。パン1つにここまでがっつくとは余程貧しかったのじゃな。それに、こんな森の中でこやつ以外の生命反応が無い所を見るに……口減らしじゃろうな。


「あ、ありがとう、ございます。」


「ふむ、食べ終わったか。しておぬし、何処かで暮らしていく当てはあるのか?」


「……ない。お、お母さんとお父さんが邪魔だって。」


 儂の嫌な予想が当たってしまった。ここで儂が見捨てるとこの童は数日と持たずに死ぬ。助けた手前見捨てることなんてできんし……


「そうじゃのう……おぬし、儂の家に来るのじゃ。」


「…お母さんが知らない人の家に行くなって言ってた。」


「なぬ。しかし、儂の家に来ると飯を我慢せずにたらふく食うことが出来るのじゃぞ?」


「ごはん、いっぱい?」


「そうじゃ。もちろん、お主には手伝ってもらうこともあるがの。」


 母に捨てられたというのに、教えられたことは守ろうとするから困ったのじゃ。まぁ、飯のことに釣られたおかげで助かった。


「さて、そうと決まれば早く帰るのじゃ。夜は恐ろしい魔物もいるからの。」


「……ありがと、おばさん。」


「儂はおばさんじゃないのじゃ!」


















 儂のことをおばさんと呼んだ童にお姉さんであることを口説い程に教えながら歩いておると家についた。


「おおきい……」


「ここが儂の家じゃ。呆けてないで早く入るのじゃ。」


「あ、うん。」


 意外と大きい儂の家に呆けている童を引っ張りながら扉の前まで歩いていく。儂だけの家だから小さい家だと思っていたんじゃろうな。


「ほれ、入るぞ。」


「あ……汚い。」


「む、お主も暮らすとなると少し手狭か。後で片付けなければの。」


 確かに、儂の家は汚いが住めないと言う訳ではない。下の階は研究室だから多少汚くても儂が分かっていればいいのじゃ。


「ほれ、普段生活しているのは上の階じゃ。」


「下の階より、汚い。」


「さっきから汚い汚いと……研究してると片付ける暇がないのじゃ。」


 まぁ、最近は忙しさゆえに雑な生活しかしていなかったのもあるが、年端もない童にここまで言われるとは。まぁ良い。



「今日はもう疲れたであろう。なに、そんな不安げな顔をするでない。飯は明日以降、たらふく食えるのじゃ。今日は目一杯動いたであろう?沢山寝て、疲れを取ってからの方が飯が美味いのじゃ。」


「……うん。」


「ほれ、こっちへ来い。儂も疲れたから寝るのじゃ。」


 これからは童の分のベットも用意しなければの。二人だと少し手狭ではあるが致し方あるまい。


「ちゃんと入ったな。では、お休みなのじゃ。」


「おやすみなさい。」


 童と共に横になり目を瞑り、今後のことを考える。こやつと暮らすとなるとこれまで以上に依頼を受けなければな。なに、簡単な依頼を少しずつ受けていれば暮らしていけるじゃろう。


 しばらくすると、眠りに落ちた童がもぞもぞと動く。やはり、一人になってしまったのが寂しいのだろうか、何かを探し求めているような気がする。


「安心せい。これからは儂がそばにいてやるからの。だから、今宵から悪夢なんて見なくて良いのじゃ。」


 童を抱き寄せてからそう呟くと、儂のぬくもりに安心したのか、すやすやとまた眠った。眠っているその顔は少し嬉しそうで、


「……良い抱き枕じゃな。」


 儂もまた深い眠りに落ちていった。















 *****













「魔女さまー、起きてください!朝ですよー!」


「……なんじゃ。まだ朝早いではないか。」


「今日は街に用事があるから起こしてって魔女さまが言ったんじゃん。せっかく作ったご飯、冷めちゃうよ。」


「分かったから温かい飯を頼むじゃ。まったく、まだ早朝だというのに元気だのう。」


 あれから4年。儂よりも小さかった童は儂と同じくらいまで背が伸びており大人へと近づいている。年が経つにつれ元気が増しているのか、毎朝儂の睡眠を妨害してくるようになった。


 元気すぎるのも考えたものじゃ。しかし、こ奴には家事全般を任せていて、そのお陰で快適に暮らすことが出来ているのもまた事実。仕方なく、体を起こし飯を食うことにする。


「しかし、今日は嫌に元気じゃのう。なにか良いことでもあったのか?」


「魔女さまのお付きとはいえ、街に行くことが出来るからね。楽しみ過ぎて早く行きたいくらい。」


「お主のその無駄な元気は何処からやってくるのじゃ……はしゃいでも良いが街の人に迷惑をかけるでないぞ。」


 飯を食いながらも街へ向かうのが楽しみで楽しみで仕方がないという顔をしておる。ここで暮らしている以上街には滅多にいけないから、童には少し退屈過ぎたのかもしれぬな。


「ふむ、待ちきれないお主のために食べたら街へ向かうとするかの。」


「っ!ほんと!?魔女さまありがとう!」


「これこれ、はしゃぐでない。飯くらいゆっくり食べねばお主だけ留守番じゃ。」


 そう告げるとぴたりと動くのをやめ、静かに飯を食べ始めた。普段は生意気だが、こういう所は素直で可愛げがあるのじゃ。


 しばらく無言で飯を食べた後、童はその片付け、儂は依頼されていた物の確認など街へ向かう準備をする。


「戸締りはしたか?ではゆくぞ。」


「うん!楽しみだなぁ。」


 家を出ると先ほどまで静かだったのが嘘のようにはしゃぎだす童。その姿に苦笑しながらも今後はもう少し街へ向かう頻度を多くしても良いかと、そう思った。


















「ほれ、儂は依頼があるからこれで暇をつぶしてくるのじゃ。」


「え?で、でもこれ……」


「儂が良いと言ったら良いのじゃ。好きな物をうても良い、街をめぐっても良い。お主の気になる娘のために使っても良いぞ。」


「いないよそんな娘!でも……ありがと。」


「気にするでない。では、儂は行くからの。」


 街に到着した良いものの、儂は依頼がある。儂に付き合うと言ってもこ奴には暇だろう。そんなわけで少しばかりのお小遣いをあげたのだが驚かれた。はしゃいでる子どもを遊ばせない程金をケチるつもりはないぞ。


 童と離れ、一月ひとつき前に依頼された家へ向かう。その後はこの街の領主から厄介そうな依頼がまっておる。


「あ、魔女様!」


「久しぶりじゃの。依頼されていた品が完成したのじゃ。これでしばらくの間、けが人が出ても大丈夫じゃろう。」


「いつもありがとうございます。ここ最近は魔女様の傷薬があるお陰で亡くなる方が減ったんです。」


「それは良いことじゃ。使い方はいつものように水で薄めてから使うようにの。」


「はい!これ、依頼料です。」


「ふむ、確かに受け取った。儂は他の依頼があるゆえ行くが、これからも励むのじゃぞ。」


 この街に数人しかいない医者の一人と依頼のやり取りをした後、他の依頼を達成させるために目的地へ向かう。これでも儂はそれなりに有名な魔女。儂の薬を必要とするものは沢山おる。


 残る依頼は、また別の医者に依頼されている薬と娼館に依頼されている避妊薬の試作品じゃな。














 受け持っていた依頼を全て片付けた後、儂は領主の館の前まで来ていた。


「止まれ!何用だ。」


「依頼を受けた魔女じゃ。領主からの手紙もある。」


「……確かに。失礼しました、領主様がお待ちです。お入りください。」


「うむ、お主こそお勤めご苦労様なのじゃ。」


「はっ!」


 ふむ、良い門番じゃ。儂のことを知らないことからするに新入りなのだろうが、期待できる。そんなことを思いながら館の中を歩き、領主がいるであろう部屋の前へ到着する。


「……お入りください。」


「相変わらず気配感知だけは凄まじいのう。」


「お褒めに預かり光栄です。貴方様もお元気そうでなにより。」


「そういうお主もな。また一段、住みやすい街になっているではないか。」


 そんな軽口を叩きながら部屋へ入り座り心地が良さそうなソファーに腰を掛ける。あえて本題には触れず軽く世間話をし、最近の状況などを把握する。しばらくしたところで、


「……さて、本題なのですが。貴方様に新たな魔法を開発してもらいたいのです。」


「ふむ。開発するのは良いが、どのような魔法なのかにもよるのじゃ。また、儂が開発した魔法で他人を不幸にすることは許さんぞ。」


「ご心配には及びません。今回開発していただきたいのは、平民がより生活しやすいような魔法を開発していただきたいのです。」


「具体的には?」


「現在存在する魔法の威力を極限まで落とした魔法……そうですね、平民に火を灯したり水を生み出したりさせたいのです。」


 話を聞くと、平民に魔法を使わせて暮らしやすくさせたいらしい。儂には、魔法の威力を落とし効率化を図ることと、文字が分からない平民でも見ただけで理解できるような書物の作成を依頼したいとのこと。


 現状、魔法は貴族のみが扱える奇跡とされている。しかし、全ての人には多い少ないはあれど魔力を身に宿していることが判明しており、学ぶことさえできれば平民でも魔法を使うことが出来る。平民でも魔法を使えるようになれば確かに日々の暮らしは良くなるが……


「お主、貴族の特権を壊すつもりか?」


「私は私の領民が安心して暮らせるためにはどんなことでもしていく所存です。それに、殺傷力が無い魔法など貴族から見ると児戯だと思われるでしょう。」


「それもそうではあるが……」


「では、”魔法”ではなく”魔術”としてはどうでしょうか。魔術は魔法の劣化版と噂を流せばよいのでは?」


「良い案じゃな。だが、開発するには少しばかり時間がかかるぞ?」


「そこらへんは問題ありません。貴方様が必要としている研究費と月に一度の経過報告でどうでしょうか。」


 破格とも思われる好待遇に驚き、この領主がそれ程までに領民を大切にしていることが伝わってくる。……これは応えてやらねばな。


「条件はそれで良いのじゃが、研究費に少しばかり色を付けてくれんか。」


「理由をお聞きしても?」


「なに、大したものではない。儂の所に食べ盛りの童がおってな。そ奴に手伝ってもらうつもりなのじゃが、報酬は必要じゃろう?」


「ふむ、分かりました。そのような条件で依頼を契約させて貰います。そうですね、まずは火と水の魔術を作成していただきたい。」


 それから、領主とは依頼の契約、領主が考えている魔術の具体的な性能を詳しく聞いてから、領主館を後にした。
















「ふむ……素晴らしい触り心地、抱き枕にするには良さそうなのだが、ちと高いな。だが最近はあ奴も抱き枕にされるのを嫌がっておるし……」


「あ、魔女さまいた!そろそろ日が暮れちゃうよ。」


「む、お主か。まだ昼だと思っていたがもう夕暮れ時なのか。仕方ない、これは検討するとして食料を買って帰るかの。」


 領主の依頼を受けた後は、裁縫店で触り心地が良いぬいぐるみを探していた。これまでは童が時々抱き枕になっていたのだが、最近は拒否されることが多い。あ奴も年頃という事なんじゃろうか。


 ぬいぐるみの購入は一月ひとつき後の経過報告の時まで考えるとして、儂と童は一月ひとつき分の食料を買い込み家へ帰っていた。


「して、久しぶりの街は楽しめたか?」


「うん!年の近い子と遊んだし、屋台のおじさんから買った串焼きも美味しかった!」


「ふふっ、それは良いことじゃ。そうじゃ、明日以降お主に手伝ってもらいたいことがあるのじゃが。」


 儂は童に、領主に依頼された魔術の研究について大まかに話した。魔法に似た存在が使えるようになると聞いた時には既に、童の目がキラキラと輝いており……


「やる!やらせて!僕も魔術?使ってみたい!」


「そうかそうか、やる気のあることは良いことじゃ。ならば、明日からお主の魔力の適性を調べて一緒に研究していこうかの。」


















「飯も食べたし、早速お主の魔力を調べていこうかの。」


「はい!魔女さま!」


「なんじゃ。」


「魔力を調べるのは良いけど、その適正?が分かったら良いことあるの?」


「そうじゃな……」


 明くる日、昼飯を食べた儂と童は庭で童の魔力適性を調べようとしていた。何故適性を調べるか不思議に思っている童に儂は調べる意味を大まかに教えることとした。


 この世界の魔法の基本属性はRGBの3種類とされている。他に複合属性として雷・氷属性、唯一の例外で誰にでも使用できる無属性などが存在している。無属性以外は魔力の波長と属性の波長が合わなければ上手く扱うことが出来ない。逆に波長が合うことで他の属性よりも少ない魔力で魔法を扱うことが出来る。これを魔力適性と呼ぶのじゃ。


「そして、魔力適性は体のある部分に表されているのじゃ。」


「体の何処かに?」


「髪じゃ。白に近いほど基本属性の適性が高くなり、黒に近いほど無属性の適性が高くなる傾向がある。お主は黒目黒髪、基本属性の適性が驚くほど低く、無属性の適性が高い。」


「それじゃ、僕は魔法を使えない?」


 花形ともとれる基本属性を使えないと知った童は悲しそうな顔をしている。いや、実際に悲しいのじゃろうな。魔法と言えば敵を燃えつくす炎、見方を癒す水、敵を惑わせる風が有名なのだから。


「お主の髪の色は純粋で混じり気の無い黒。黒髪は東の国出身の特徴じゃ。お主の親のどちらかは黒髪であろう?」


「うん、父さんが黒髪。大和っていう国から旅をしてたらしいんだ。」


「大和は東の国の名称だから納得じゃな。あそこの国の者達は身体強化の

 倍率があほみたいじゃからの。」


 しかし、大和出身の者は何度か見たことがあるがここまで黒い髪は見たことない。こ奴の無属性、その中でも身体強化を極めれば恐ろしいことになりそうじゃ。


「…………」


「……っと、話が逸れたの。お主、そこまで悲観せずとも好い。今回の研究はお主が一番適任なのじゃ。」


「僕が?」


「そうじゃ。お主が魔術を扱えるということはほぼ全ての人が魔術を扱える証明となる。」


 こ奴ほどの黒髪は滅多に表れん。こ奴が日常生活で扱える魔術を作成出来たら今回の研究は大成功じゃ。


「……僕、魔女さまの役に立てる?」


「役に立つのではない。一緒に研究してお主が扱える魔術を作るのじゃ。できた魔術は言うなれば、お主のための魔術じゃからの。」


「僕のための、魔術……うん、うん!僕、魔女さまと一緒に頑張る!」


「ふふっ、いつもの元気なお主に戻ったな。魔術だけではないぞ。お主が望むなら無属性についても教えてお主を強くしてやるのじゃ。」


「魔女さまありがとう!」


 落ち込んでいた童だったが次第に笑顔を取り戻し、儂に抱き着いてきおった。こういうことに一喜一憂するところを見るに、まだまだ子供じゃのう。


「では、早速研究していくのじゃ。」


 まったく、愛い奴め。


















 *****














「師匠?まだ寝てるんですか。もう昼ですよ。」


「……んんぅ、今月は依頼が無いからゆっくりするのじゃ。」


「いつも寝てばかりだと体に悪いですよ。」


「ならばお主が起こすのじゃ。儂はまだ眠い。」


 あれから6年。魔術の開発は2年で童が使えるようになったことで終了し、儂には多額の依頼達成金が受け渡された。それこそしばらくは遊んで暮らせるくらいに。


 魔術の書物が街で広がるとともに平民の暮らしは驚くほどよくなったのじゃ。中でも無属性魔法の広がり方が凄まじかった。それこそ、冒険者ギルドと呼ばれるものが出来るほどに。


「まったく、本当に自堕落ですよね、っと。」


「もう少し優しく運ばんか。今日はギルドへ行かんのか?」


「ギルドから働きすぎって言われましてしばらく休むことに。丁度剣のメンテナンスもしたかったので。」


「うむ、休むことは良いことじゃ。どうじゃ、お主も一緒に二度寝せんか?」


「はいはい、ご飯できたてなので食べてくださいね。」


 中でも一番変化があったのはこ奴じゃ。今年で20歳らしいこ奴は儂が見上げねばならぬくらい背が伸びた。無属性魔法を扱うようになってから瞬く間に強くなっていき、今ではギルドの看板とも言われておる。


 それなのに、どうしてか。こ奴はいまだに儂と暮らしておる。一人で暮らせて、女にも困らんだろうに、どうして儂と暮らしておるのかはなはだ不思議じゃ。


「それはそうとお主、好きな女子はおらんのか。」


「ブフッ。きゅ、急にどうしたんですか。いませんよ。」


「ふむ、お主が本気になればそこらの女子おなごなど一撃だろうに。」


「くだらないこと言ってないでご飯食べることに集中してください。」


 くだらないこととはなんじゃ。20歳にもなって儂と暮らしておる方が心配じゃろ。それとも、いつでも研究の助手がいることを喜ぶべきなのじゃろうか。



















「ふむ、避妊薬の効果が薄い、とな。」


「ええ、このままだと娼館が立ちいかなくなりそうなのです。何か良い薬は無いでしょうか。」


「残念ながら、ここしばらくその研究はしておらんかったからの。しかし、お得意であるお主の店が潰れてしまっては儂も困る。考えてみるがあまり期待するでないぞ。」


「考えてくれるだけでもありがたいのです。お願いします。」


 ある日、儂は1通の手紙が来たことから得意先の娼館へと赴いていた。この所、避妊薬の効き目がどうも薄いらしい。考えられる原因は耐性が付いたことくらいなのじゃが……一応、他の原因も探ってみるかの。


「……まだ、時間もあることじゃ。ギルドにでも行ってあ奴を待っておるか。」













「失礼するのじゃ。ギルドの図書館を借りるぞ。」


「魔女様!いらっしゃいませ!どうぞ、ごゆっくり!」


 領主監督のもと建設されたギルドには何のためか分からぬ図書館が存在しておる。勿論、立ち寄るものは滅多にいない。しかし、情報を集める際には大変役に立つのじゃ。


「どれどれ、薬草に関して書かれている書物は……これとこれとこれじゃな。」


 手に取った書物によって視界が遮られながらもなんとか座ることが出来た。さて、あ奴の仕事が終わるまでこれを読んで待ってようかの。




「あ、……さんおかえりなさい。」


「今帰りました。これ、今回の討伐部位。」


「はい、確認しました。こちら、依頼の報酬となります。あ、魔女様が図書館にいますよ。」


「師匠が?」


 ふむ、今までの避妊薬に使用していたある素材は魔力に滅法弱い、と。耐性以外で考えられるのは恐らくこれじゃろうな。良い収穫じゃ。この素材の代わりとなるものを見つけ試作していこうかの。


「師匠。」


「うん?おお、戻ったのか。」


「はい、丁度依頼が終わりまして。師匠はどうしてここに?」


「街に用事があっての。早めに終わったからお主と帰ろうと思って待っておったのじゃ。」


 待っている間に研究のための情報も手に入ったから、今日から研究開始じゃな。積んでいた書物を片付けてこ奴と帰るとするかの。


「ほれ、帰るぞ。」


「……どうして俺の背中に登るのです?」


「儂を抱えてお主が走った方が速いからの。それともなんじゃ、儂が重いとでもいうのか。」


「分かりましたよ。後、師匠は重くないので耳を引っ張らないでください。」


「うむ、分かればよいのじゃ。ほれ、走るのじゃ!」


 儂が合図すると同時にこ奴が身体強化を発動して走る。儂が歩いて帰るよりも数倍速いし、楽で良いのじゃ。今度から街に用事があった際の帰りはこ奴に任せようかの。

























「ふぅ、試作品ができたのは良いことじゃが肝心の効果がのう……今までは良かったが、今の状況で試作品を渡して失敗だったら目も当てられん。」


 避妊薬の新素材を探し、試作品を作り始めて二月ふたつき。どうにか試作品はできたものの、効果が分からないうちは娼館に卸すことができん。どうにかして効果を試したいのじゃが……


「師匠まだ起きてたんですか?そろそろ寝ないと明日起きれないですよ。」


「……こ奴がおったな。ちと悪い気もするが実験体になってもらおうかの。」


「どうかしました?」


「何でもないのじゃ。儂も寝るとするかの。」


 恨むのならばいつまでも儂と暮らしておるお主自身を恨むのじゃぞ。

















「……んん?俺、寝て?あれ、体動かない。」


「む、起きたか。意外と早かったのう。」


「師匠?何をしているんですか?」


「試作品の実験じゃ。いつまでもここで暮らしているお主には研究の助手として共に実験してもらう。」


 ある日の食事に睡眠薬と精力剤を混ぜ、こ奴を眠らせた。こ奴が眠っている間に縄で腕を縛り動けないようにしたら準備完了じゃ。後は儂が試作品を飲んで実際に実験するのじゃ。


「なに、お主はただ黙って実験体になっておればよい。」


「黙ってって……ちょ、何で服を脱いでるんです!?」


「なんでって、ナニをするからに決まっておろう。」


 突然服を脱いだ儂に動揺しているあ奴を見ると少し気分が良い。生憎、こんな貧相な体でも反応してくれているからの。


「では、始めるのじゃ。お主は黙って与えられる快感に身を委ねるがよい。」








「んっ……はぁ、はぁ、これで試作品の効果が分かるのは数日後じゃ。お主も実験に付き合ってくれて感謝するのじゃ。」


「…………」


 実験のためのナニが終わった。かなり多めだったことからも、結果ははっきりと分かりそうじゃ。後は、試作品を飲んだ時の感覚や副作用をまとめるとするかのう。


「ふんふふーん♪」


「……もう我慢しませんからね。」


「ん、なんじゃ?……え?お、お主、どうやって縄を──」


「師匠が本気にさせたんですから、最後まで責任、とってください。」


「ちょ、ちょっと待つのじゃ。儂にはこれからすることが──」






「も、もう無理なのじゃ。それ以上は入らな──」





「んっ、少し休ませ……ぁっ」








「悪かったのじゃ……もう、ゆるして。」


「────────────」


 あ奴に散々イジメられた儂は最早意識を失う直前だった。やっと、行為が終了し、あ奴が何かを話した後に頭を撫でられた儂は幸福感を覚えながら意識を失った。



















「やり過ぎじゃ馬鹿者!」


「やり過ぎって……仕掛けたのは師匠でしょうに。」


「そ、それはそうじゃが。お主があれ程のケダモノだと知っておったら仕掛けておらん。」


「自業自得では?」


「それはそれじゃ!!」


 明くる日、儂をイジメたこ奴には説教をするが、こ奴は儂が悪いの一点張りで話が進まない。平行線をたどる説教に疲れた儂は、諦めて試作品のデータを纏めることにする。


「まったく……」


「……イジメられてた師匠、かわいかったですよ?」


「誰もそんなこと聞いていないのじゃ!!」



 ちなみに試作品はしっかりと効果があったのじゃ。娼館からは新作を提供したことを感謝された。


 自身の研究が上手くいって良かったと思えばよいのか、少し悲しいと言えばよいのか。
















 *****














 あれから、何年もあ奴と過ごした。あ奴と過ごす日々はこれまでの単純だった日々の何千倍も楽しく、幸せだった。


 じゃが、儂は不老不死であ奴には寿命がある。年を経ても老いることのない儂とは別に、あ奴は年々年老いていった。


 最初は、疲れやすくなっていた。そして、走ることが難しくなり、最後には歩くことさえも杖が無くては難しくなっていた。


 そして今は、ベットの上で最後の時を迎えようとしておる。


「師匠、今までありがとうございました。」


「急に何を言い出すのじゃ。」


「師匠に拾われてから、俺の世界は色づき始めたんです。師匠に拾われ、師匠と生活するのがそれまでの俺では考えられないほど幸せだったんです。」


「……やめるのじゃ。」


「本当は、師匠に抱き枕にされるのが嬉しかったんです。恥ずかしくもありましたが人の、何より師匠の温もりを感じることができて安心しました。それに……ごほっ」


「……もう良いから。なにも喋らないで……」


 これ以上は聞きたくなかった。これが本当に最後だと思いたくなくて。こ奴と一緒に過ごせる時間が終わることに目を背けたくて。


「師匠は俺に生きるための力を教えてくれました。ギルドを通して街に貢献できたのも師匠のお陰です。」


「……聞きたくないのじゃ。」


「全部、師匠が俺にくれたんです。師匠がいたから楽しかった。幸せだった。」


「…………」


「ごほっ…師匠は、俺といて幸せでしたか?」


「し、幸せだったのじゃ!だ、だから、もう喋らないで安静に─」


「分かるんです。もうすぐだって。だから、今のうちに師匠に伝えたくて。」


「い、いやじゃ。お主はこれからも儂と一緒に、い、っしょに─」


 一緒に過ごしたい。声が震えてしまいその言葉が出ない。お主のいない日々をどう過ごせばよいのか忘れてしまったのじゃ。だから、これからも


「そんなに泣かないでくださいよ。未練が残っちゃうじゃないですか。」


「泣いてなど……」


「意地っ張りですね。……そうだ、師匠。一つお願いしてくれませんか。」


「な、なんじゃ。お主の願いならいくらでも叶えてやるのじゃ。」


「もし、もしも来世があるのなら。その時はまた、俺と一緒に過ごしてくれませんか。」


「そ、それは……」


 そのお願いは儂にとって残酷過ぎた。まだ、こ奴と一緒に過ごしていたい。願うならば来世も。しかし、片方しか選ぶことが出来ない。儂は


「……わ、わかったのじゃ。」


「師匠。」


「ただし!お主から儂に会いに来ること!これを約束せい。」


「…勿論です。」


 儂は笑った。泣きながら笑った。こ奴とは約束したのじゃ。一時の別れに悲しみなんて不要じゃ。


「師匠、最後に少しだけ。」


「なんじゃ、まだ何かあるのか?」


 こ奴のお願いを少しでも聞き取るために儂はベットに体を近づける。


「あっ……」


「あなたでよかった。」


 頭を撫でられて、そう告げられた。次第に頭を撫でていた手が力なく落ちていき、



 彼は死んだ。





















 彼が死んでから半年が過ぎた。儂は、何をする気力もなくて、寝て、起きて、食料が無いときは街に買いに行くのを繰り返していた。


 彼のことを思い出しては枕を濡らし、彼がいない空間に寂しさを覚えた。そんな日ばかりが続いていた。


 ある日、食料が無くなったため街で買い物をしていた。


「……」


 こんなものでいいだろうか。無くなったらまた買いに来れば良い。そう思い誰もいない家に帰ろうとしていた。


 ふと、視界の隅に見慣れない、花のようなものが映った。


「これは……」


 目に入ったものは東の国・大和の伝統的なお祭りを描いたものだった。夜の空に火で作られた花が咲く祭り。その美しさと儚さが儂の足を止めた。


 しかし、何よりも儂の足を止めさせたのは、


「……作らなきゃ。」


 儂は、急いで家へ戻った。今までのどの研究よりも大事な研究をしなければ。

















 彼が死んでから1年が経った。半年前から始めていた研究がようやく完了した。後は、研究結果を見せるだけだ。


 夜になり、彼に供える花を持って彼のもとへ向かう。


「……見ていておくれ。」


 彼の墓に白いカーネーションを置き、ある魔法を夜空に放つ。




「儂は、わしは!まってるから!いつまでもお主を待ってるから!」





「だから……だから、ゆっくりしてね。」


 夜空に咲いたのは1輪の大きな花。少しでも彼に届くように、彼が見つけられるように。





「あなたにこの魔法を捧げます…………”ハナビ”」



─fin.

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